Divertimento  V −3−  
 翌日手塚は昼休みに2年の荒井から、昨日の件について話を訊き出した。
 荒井自身も、一方的にやられた自分が悔しくて、越前がカタをつけると言うのなら、
それを応援したいという心境らしい。以前は目の敵にしていたはずだが、荒井なりに
越前の気持ちが判るのだろう。
「あいつを訴えて出場停止にしたって、全然こっちの悔しさは晴らせませんよ。部長、
俺は越前に任せたい。それじゃ駄目っスか?」
「・・・・お前が訴えないと言うなら、仕方ないだろう」
「ありがとうございます!」
 越前の方は、部活が始まる前に、部室へ来た所を捕まえた。1年がコートの準備へ
と向かう中、話があると引き止めたのだ。
 既に着替え終わってトレードマークの帽子を目深に被り、越前は少し不貞腐れた様
子で立っていた。
「・・・・俺に何か言いたい事はないのか?」
 黙り込んでいる越前の表情を窺おうと、腰を折って顔を覗き込んだ。
「どう見ても、転んで出来た怪我じゃないな、これは」
「・・・・転んだんっス」
 これだけは譲れないとばかりに、睨み返してきた。
「まったく、それしか言えないのかお前は」
 上体を起こし、腕を組みながら背を向ける。すると越前は手塚の腕を掴んで、必死に
言い募ってきた。
「テニスで!・・・・きっとあーいうヤツは、テニスでやっつけてやらないと、こたえないん
ス。だから俺が・・・・」
「・・・・お前が、あの亜久津とかいう奴と対戦出来るかどうか、そして勝てるかどうかは
・・・・」
「決まってる!俺が絶対に勝ちます。だから・・・・」
 手塚は一つため息をついて、向き直った。越前の頭に手を載せ、軽くポンと叩く。
「判った。お前に任せたぞ、越前」
 すると越前はパッと顔を輝かせると、帽子を取りながら手塚に飛びついた。
「Thank you so much! 部長」
 首に回された腕に体重がかかり、手塚はたまらず前のめりになった。
 右耳の近くの頬に、熱くて柔らかいものが触れたと思ったら、チュ、と軽い音がしてす
ぐ離れていく。
 今のは何だと思う前に、越前は「じゃあ失礼します」とお辞儀をして、部室から出て行っ
てしまった。
 手塚はしばし茫然と立ち尽くす。今の感触はもしかして、いやもしかしなくても・・・・
キス。
 頬にするのは単なる挨拶だ、越前は帰国子女だから、体に習慣として染み付いてい
て、ついやってしまっただけなのだ。
 だから何もうろたえることはない・・・・そう自分に言い聞かせようとする手塚だったが。
 頬に触れた瞬間、電気が流れたのかと思った。今もまだ、全身に広がった痺れるよう
な感覚が収まらない。
 今の自分の顔は、誰にも見せられない程赤くなっているだろう。
 参ったな、と手で顔を覆う。こんなに動揺させられたのは、生まれて初めてだぞ、越前。
 きっとあの奔放な存在に、これからももっと振り回されていくのだろうなと、深くため息
をついた。
・・・すいません、しつこく続きます・・・
ていうか自分でも思わぬ方向に話が・・・
02.02.11.波崎とんび