Divertimento  V −2−  
 試合をしている間、手塚は久しく感じることのなかった、対戦による興奮と高まる期待
感に、感動すら覚えるほどの喜びを噛み締めていた。
 予想以上に、越前は良く喰らいついてきた。
 こんなに楽しんでテニスをしたのは、いつ以来だろうか。
 間違いなく、越前はこれからもまだまだ伸びる。負けず嫌いの彼は、きっと自分に追い
着き追い越そうとしてくるだろう。それが楽しみだった。
 自分が青学の部長であり、夢である全国制覇を目指そうとする今、越前という才能が
ここに存在することに、神に感謝するような思いを抱いた。
 マッチポイントを迎え、少し惜しいような気持ちすら覚える。
 もっと打ち合っていたい・・・・しかし、そう思っているのは、自分だけかも知れない。
 最後のポイントが決まった瞬間、がっくりと膝をついた越前の瞳は、愕然とした様子で
見開かれていた。
 まだまだこれからだ。お前の越えるべき目標は、もっと高い所にあるのだから。
 そう言うつもりで声を掛けると、越前はまだ茫然とした顔付きのまま、立ち上がって深く
お辞儀をした。
「ありがとうございました」
 二人で後片付けをしている間、越前は一言も発しなかった。
 なかなか自分の身支度を整えようとしない越前に、どうかしたのかと訊ねる。
「すいません・・・・あの、俺もう少し残ってていいっスか?ここ・・・・」
「ああ。最後に外の管理人に声を掛ければ大丈夫だ」
 透明な瞳からは、何の感情も窺い知ることは出来なかった。しかしその頬を染めるも
のは、決してショックや敗北感からくるものではないことが判る。
 胸の内に吹き荒れる歓喜の渦を、抑えきれなくて居ても立ってもいられない・・・・そん
な風に見えた。


 コートを出て駅の方へ向かって歩き出すと、大石が横に並んだ。
「来ていたのか・・・・」
「ああ。さすがに越前だな。いい試合だった!」
「・・・・そうだな」
 言葉少なに歩き、電車に乗る。最初は好ゲームを観て興奮している様子の大石も、時
間が経つにつれて心配性の顔を覗かせてきた。
「越前は、乗り越えてくれるだろうか・・・・」
 完膚なきまでの敗北を喫し、そのまま自信を失って脱落していく者は多い。
 しかし、手塚には判っていた。自分を見つめる越前の眼は、敗者のそれではなかった。
 先程のコートが車窓から見下ろせる。壁打ちをしている白い帽子姿が見えた。
「あいつは、強くなるぞ、大石」
 あくまで更なる上を目指す、挑戦者の瞳で、自分を睨みつけてきたから。
 これからが楽しみだ・・・・手塚は心の中でほくそえんでいた。


 越前の中に眠っていた闘志に火を点けたのは、確かに手塚自身であったから、越前か
ら常に刺すような視線を感じるのは、無理もないことだった。明らかに、彼は自分をライバ
ル視している。越えるべき目標として、その存在を意識しているというのが、痛い程判った。
 自分が何かと注目をされる存在であり、常に自分に向けられる視線があることは承知し
ていたし、それにもいい加減慣れてきたはずだった。
 だが、越前の視線は、他の者とは違う、強烈な何かを秘めていた。
 普通であれば、特に気にする必要もないものとして意識の外に追いやることが出来るの
だが、彼の視線だけは、いつまでも自分の意識のすみに存在し続けていた。
 都大会の前半が終了し、翌日の日曜はテニス部は一日オフを取った。月曜から今週中は、
授業が短縮で行われる為、部活の時間が長く取れる。
 手塚はその日、6月の体育祭についての生徒会役員委員会の為に、部を欠席していた。
 委員会が終わって帰ろうとすると、先に部の終わっていた大石が待っていた。
「何かあったのか?大石」
「ああ、実はな・・・・」
 そして山吹中の3年が来て、越前と荒井が負傷させられた事を知らされる。手塚は全部聞
き終えてから訊ねた。
「竜崎先生は、何とおっしゃってた」
「それが・・・・越前は何を訊いても転んだだけだって言うし、荒井や加藤も先生には何も言
わないんだ。だから、一応お前に知らせて、後は任せるとおっしゃってて・・・・」
「そうか・・・・」
 手塚は腕を組んで、目をつむった。
 越前が自分で、テニスでカタをつけたいと思っている気持ちは判る。そして他の者もそれを
望んでいる以上、当事者の中にこれを事件として発覚されることに賛成する者はいないだろ
う。
「一応話は聞いてみよう。すまなかったな、大石」
「いや、仕方ないさ」


まだ続く・・・無駄に長くてスミマセン。部長を
書こう、と思ったらあれもこれも書きたくなって
しまうのですよね・・・次では何とか・・・!
02.02.10. 波崎とんび