Divertimento  V  
 気が付けば、否が応でも視界に飛び込んできて、自分の心をあっさりと奪ってゆく。
 その存在を、愛しいと感じたのは、いつからだったのだろう――――


 本来ならば夏の合宿まで、1年が試合などに出ることはない。その不文律を破って、
越前のランキング戦参加を決めたのは、他でもない手塚自身だった。それは、最初単
なる好奇心に過ぎなかった。
 竜崎先生の認める実力を持ち、2年を手玉に取りその才能の片鱗を覗かせた、彼。
 乾が興味を持っていたようなので、同じブロックに入れてみると、海堂、乾と二人の
レギュラーを下してみせた。全勝でレギュラーの座を獲得した越前は、その後の地区
予選でも勝ち続ける。彼の実力は本物だと・・・・誰もが認めざるを得ない。
 そして彼の本当の実力が、どれほどのものなのか、確かめたくなった。
 それには、自分が対戦するのが一番手っ取り早い。
 部長として、いやそれ以前に一部員としても、こんな申し出をしたのは初めてだった。
 顧問の竜崎に、越前との試合の許可を得てから、手塚は越前に話を切り出した。


「眼の怪我の方は、その後どうだ?」
「もう何ともないっス」
「そうか・・・・」
 部活終了後の部室に残っているのは、二人だけだった。帰り支度の済んでいた越前
に、後で話があるからと残ってもらったのだ。
「で、何スか?話って」
 明らかに怪訝そうな顔をして、越前は手塚の前に立って言った。
「ああ・・・・お前に、頼みたいことがあるんだが」
 そして、次の日曜に自分と試合をして欲しいということ、場所は用意するので迎えに
行く旨を話す。越前は最初意外というように目を見張ったが、すぐに了解とばかりに、
にやりと笑った。
「いいっスよ・・・・二人だけでですか?」
「ああ。別に隠すことでもないが。ギャラリーは必要ないだろう」
「そうっスね」
 彼がすんなりと了解したことに、内心ほっと胸を撫で下ろす。きっと彼も、自分との対
戦を望んでいるのではないかという、希望的な推測は、あながち外れでもなさそうで
あった。
「話はそれだけだ。引き止めて悪かった」
「部長は、まだ帰らないんスか?」
「いや、もう帰るが・・・・」
「じゃあ途中まで一緒に行きましょ」
 そう言うと、まだ着替えの済んでいない手塚を待つように、越前はベンチに腰を下ろ
した。
 手塚が制服に着替えている間、しばらく沈黙が続く。
 いつもは桃城と行動を共にしているらしい越前は、もしかして見た目の印象よりもずっ
と人懐っこいのだろうか。それに実際に兄弟のいる桃城が、越前を弟のように構ってい
るのは、自然な成り行きかも知れない。
 兄弟という、自分の持っていない縁について、手塚は思いを巡らせる。こんな弟がい
たら・・・・どうなのだろう。
「待たせたな」
「いえ」
 部室を出て、鍵をかけている間も、越前は少し離れて手塚を見ていた。そして校門の
方へと、並んで歩き出す。
「部長って、ダブルスはやったことあるんスか?」
「いや・・・・昔少しやらされたが、ここではないな」
「ふぅん・・・・やっぱり苦手?」
「お前ほどではないと思うが」
 あ、ひどーい、と越前はおどけた声を出す。誰とでも、屈託なく話せるのは、やはり彼の
魅力の一つなのだろう。普通の1年は、部の先輩、特に部長と、こんな風に話は出来な
いものだ。
「やっぱり昔からやってるんスね。幾つから始めたんスか?」
「ああ、小学校に入った頃からだったかな。本格的に始めたのは」
 そんな話をしながら、しばらくゆっくりと歩いていた。
 もっとお互いに黙ってしまい、話は弾まないのではないかと思っていたが、それは杞憂
に過ぎなかったようだ。
 隣りを歩く越前の、自分の肩くらいまでしか届かない小さな頭を見ていると、なるほど他
のレギュラー達が可愛がるのも無理はないように思う。
 手塚は駅へ、越前はまだ先へと行く先の分かれる交差点で。
「じゃあな」
「っした!」
 ぺこりと頭を下げ、踵を返す越前に、つい言葉が口を突いて出た。
「気を付けて帰れよ」
 すると越前が振り返って、軽く手を振る。
「部長もね!」
 笑顔を残して遠ざかる小さな後ろ姿に、我知らず口元に微笑みを浮かべていた。
 まったく、面白いヤツだ。
 心なしか騒がしい胸の鼓動は、彼との対戦への期待からくるものだと、その時の手塚は
思っていた。
すいません、続きます・・・前に書いたものと、微妙にリンク。
今度のは手塚サイド、という感じですね。さて、どこまで書ける
やら・・・いつまでも恋人未満ですみません。ちゃんとその先も
書くつもりではおりますので・・・気長にお待ち下さいませ(^^;
2002.02.07. 波崎とんび