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 祐介は力なく首を振り、両手で顔を覆った。
「そんな事言われても・・・一体どうしたいと言うんだ。俺はもう、あんな思いをしたくはない。
過ちを犯してきたからこそ、もう終わらせるべきなんだ・・・」
「終わらせるって・・・何をだ。今までの俺らの関係か。確かに義兄弟ゆう関係は、もうとっく
に成り立ってないしな」
「・・・そうだ。だからもう・・・会わない方がいいんだ」
 雄一郎は立ち上がって、祐介の腕を掴んだ。そのまま強引に、体ごと引き上げて立たせ
る。身をよじって逃れようとするのを、両腕でがっちりと掴まえた。
「本当にそう思うんやったら、何で泣くんや」
 掴まえる腕を振りほどこうともがく祐介に、放すまいと雄一郎も更に力を込める。二人の体
がテーブルにぶつかって、大きな音をたてた。
「何をする・・・放してくれ」
 荒くなる息を抑えながら、祐介は非難の声を上げた。乱れた前髪の下から睨み付ける瞳
は、溜まった涙が光り、爆発しそうな憤りを秘めて揺れていた。それを目にすると、雄一郎
の中で怒りにも似た衝動が涌き起こり、力任せに片腕を背中にねじり上げて祐介の動きを
封じた。
 息のぶつかる距離で睨み返しながら、体の中に生じた熱の激しさにめまいすら覚え、思
わず笑い出す。
「すまん祐介、俺もうおかしくなりそうや。あんたのこと、手放すくらいやったら、死んだ方が
マシや。どうしたら俺のこと赦してくれる。どう言えば俺を受け入れてくれる。頼む、教えてく
れ、祐介・・・」
 雄一郎は掴み上げていた腕を放すと、そのまま祐介の体を抱き締めた。


 目を閉じると、目尻から溜まっていた涙がこぼれ落ちた。腕ごと抱き締められている為に、
全く身動きが取れない。しかし先程までと違い、今体を包み込む抱擁は、暖かく優しいもの
だった。
 怒りも怖れも消えて、祐介はようやく肩の力を抜くことが出来た。
「雄一郎、・・・苦しいんだ、腕を緩めてくれ」
 両腕を相手の体に差し延べるように動かす。やっと彼の背に届く指先に思いを込めて、祐
介はその肩に顔をうずめながら言う。
「何も・・・君ばかりが赦しを請う話じゃない。俺が一番悪かったのだと思うし・・・君の方こそ、
俺のことを受け入れてくれるというのか」
 その言葉に、俯いたままの頭を抱えながら、雄一郎は腕の中の彼がまだ気付いていない
のだという事に思い至る。
「なぁ、よう聞いてくれ、祐介。俺は祐介のこと、誰よりも大事や。・・・あ、愛してる。祐介は、
俺のことどう思ってる」
 ゆっくりと腕を放した祐介は、呆然と目を見開いたまま、その場に立ち尽くす。
 いきなり望んでいた言葉を差し出されても、俄かにその事実を受け止める事が出来ず、
混乱するばかりだった。
 本当に自分が、彼に愛していると言われたのか。自分にはそんな価値などないと思えたし、
何よりも現実のものとは思えず、耳に届いた言葉を認めたくとも容易ではなかった。
 崩れるように膝をつき、床に座り込んでしまう祐介を、慌てて抱き留める雄一郎には、そん
な混乱は理解出来ないのかも知れない。
 体を支えてくれる腕に縋り付きながら、一生言うことの叶わぬものと思っていた言葉を口
にする。積年の想いの痛みが、涙となってあふれ出した。
「雄一郎・・・愛している・・・」
「ありがとう、祐介・・・」
 心底幸せそうに微笑む雄一郎に、祐介の心も平静を取り戻した。
 もう泣くな、と頬を伝う涙、拭われて、祐介はやっと少しだけ微笑んだ。

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