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「退院したばかりだというのに、無茶をするな」
 招き入れることへの言い訳のように、そんなことを言ってドアを開ける。そのまま背を向け
ようとする祐介の腕を掴み、雄一郎はその体を引き寄せた。
「すまなかった。祐介・・・俺を赦してくれ」
「・・・何のことだ」
 小さく答えて顔を背ける祐介に、その両肩を押さえ込むように掴んで、体を正面に向け直
させる。
「俺は、あんたを傷付けた。どんなに酷い仕打ちをしたか、今は判る。俺はずっと、あんたの
ことだけ考えてきた・・・」
「待ってくれ・・・!雄一郎・・・」
 まるで目の前の男が、全く見知らぬ者に変わってしまったかのような恐怖におののく。だ
が少なくとも、赦してくれと言った彼は、自分との訣別に訪れたわけではないのだからと、
心を落ち着かせようとした。うつむいたまま、何とかこの体勢から逃れようと声を出す。
「こんな所で言い合いをしたくない。とにかく上がれよ」
「ああ・・・すまん」
 言われてようやく我に返ったように、雄一郎は掴んでいた手を放した。
 部屋に入った二人の間に、不自然な沈黙が流れる。
 食卓の椅子に腰を下ろした雄一郎は、さすがに退院したばかりの体が辛い様子で、肩で
大きく一つ息を取る。
「酒は出さないからな」
 彼の体を気遣ってそう言うと、祐介は紅茶を入れ始めた。平静を装いながら、その中で緊
張と興奮が渦巻き、胸の辺りがざわついているのに、雄一郎は気付かないのだろうかと思う。
 手元に集中する振りをしながら、自分を見つめる彼の視線を、痛いほど感じている。
 何もないんだが、とカップを差し出した。ありがとう、と小さく答えるのに、白い湯気が揺れ
る。あまり美味く入れられなかったかなと、急に気になってきた。
「プレゼント、ありがとう。有り難く、使わせてもらうよ」
 とりあえず言っておかなければと思い、そう口にする祐介に、雄一郎は軽く首を振って受け
流した。
「どうしても、早くあんたの顔が見たかった。自分で出した答えが正しかったか、確かめるた
めに、来た・・・」


 それまでの期待と不安に押し潰されそうな気分は、祐介の顔を見たとたんにまるで霧が晴
れるように落ち着いた。そして自分の予想が外れていなかったことに安堵し、目の前にいる
存在が現実のものであることを確認し、もう自分の前から消え去ることがないように、その
肩を掴ん
でいた。戸惑いを見せる祐介に、ようやく自分がその思いばかりを先走らせていたことに気
付き、焦らなくても今、祐介と共に居るのだという事実に、雄一郎はやっと祐介の気持ちを
慮る余裕を持つに至ったのだった。
 改めてじっくりと祐介の顔を見つめる。何度も思い浮かべていた顔と違わず、少しやつれた
様子ではあったが、誰よりも綺麗だ、と思う。誰よりも心地好く、そして誰よりも求めて止まな
い存在だった。
 認めてしまえば、簡単な事だった。自分のこの人生は、祐介がいたからこそのものであっ
たし、これから先も彼の為にあるのだ。
 生まれかわったのだ、と言ってもいい程の自分の変貌に、祐介は恐らく戸惑っているのだ
ろう。18年間続けてきた関係が変わることへの、恐れもあるのかも知れない。
 自分の目を見ようとしない様子に、その内にある恐れと戸惑いを、雄一郎は感じ取っていた。
「病院で、言われて初めて・・・何もかも判った気がする。あんたの気持ちも、自分の気持ちも。
こんなになるまで、気付かん俺もアホだと思うが・・・」
「雄一郎・・・俺が言ったことは、忘れてくれ。気が動転して、おかしなことを言ってしまったんだ」
「嘘付け。あれは、あんたの本心だったはずだ」
 その言葉に、心なしか頬に朱をのぼらせ、祐介は初めて雄一郎を睨み付けた。
「・・・同情なら、やめてくれ」
 そしてすぐに目を逸らす祐介が、自分の思いに負い目を感じているのだと気付く。
「同情でこんなこと言わん。なぁ、祐介。起きてしまったことは、もう無かったことには出来ん。
俺もあんたも、取り返しのつかない過ちを犯してきたのだと思うし、俺はもうこれ以上、自分
の気持ちを偽りたくない。俺には・・・あんたしかおらん」
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