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「光が光って見えるのは、影があるからなんだって・・・・」
「何だよ、それ」
「どっかで聞いたか読んだかした話。光が強ければ強いほど、影も濃くなる。でも、光があって影が
出来るのは、そこに何かが存在するからだよね。太陽と月の間に地球が在るみたいに・・・・太陽の
光の届かない宇宙が、星の明かりでも暗闇のままなのは、間に距離と時間が在るからだし」
「いきなりむずかしい話するなよなー。何が何だか訳解らねぇよ」
 握られたままの手を凱の顔に向けて突き出し、秋亜人は少し唇を尖らせる。凱はくすっと笑って、
秋亜人の手を押し戻しながら言った。
「何となく、そう思っただけ。光と影は表裏一体・・・・光の後には必ず影があるんだってね・・・・何だか、
哲学みたいだろ?」
「俺、そういうこと考えられないもんなー・・・・ま、俺の分も凱が考えててくれや」
「そうだね。それじゃあまたこんな風に聞いてくれる?」
「たまにはな。いつもじゃあ困るけど」
「うん・・・・そのうち、いつかね。僕だって、いつもこんなことばっかり考えてるわけじゃないし」
「そうだな、いつもは技のこととか考えてるもんな」
 そう言って秋亜人はにやりと笑う。
「秋亜人は何を考えてるのさ」
 やり返そうと笑いながら、凱は秋亜人の顔を覗き込む。秋亜人は少し真顔になって、凱を睨み返し
た。
「俺だって、色々考えることくらいあるぜ」
「何食べようかなーとか、あの子かわいいなーとか?」
「もっと強くなりてぇなーとか」
 少し拗ねたように、言葉を続ける。
「凱と、ずっと一緒に居たいなーとか」
「・・・・うん・・・・」
 一度表情をなくした凱は、それから切な気に目を細め、ようやく口元に微笑みを刻んで頷いた。
 重ねていた手を再び掴んで引き寄せる。片側の頬を枕に埋め、握った手を折るように額に当て、
目を閉じた。
「秋亜人、・・・・」
「・・・・何?」
 凱が力を抜いて離した秋亜人の手は、凱の額にかかる前髪を一房取って、指の間に滑らせた。
「・・・・やっぱり、秋亜人ってすごいな・・・・」
「何で?」
 それには答えず、凱は秋亜人の目を見て微笑んだ。
――――お前はいつも、僕が本当に欲しいものを、いとも容易く差し出してくれるんだ・・・・――――
 それは初めて出逢った時からの想い。何かが足りなかった自分を満たしてくれた彼は、いつでも
彼自身は何の意識もせずに、自分の望むものを与えてくれている。
――――お前の存在がどんなに僕を救っているか、お前には判るかい?――――
「好きだよ」
 自然に、言葉が口をついて出た。予想通り、秋亜人は少し驚いて、凱の髪から手を離す。凱は自分
の手に視線を移して、秋亜人の声を待った。
 今更のことかも知れない。しかしはっきりと告げた事などなかったし、今言っておきたい衝動にから
れたのだった。たとえ秋亜人にどう思われようとも。
「・・・・それって、俺のこと、を・・・・?」
「うん・・・・」
「・・・・本当に?」
「うん・・・・?」
 凱は再び秋亜人を見詰めた。表情の選択に迷ったような秋亜人の顔は、やがてゆっくりと微笑みを
形作る。
「そっか・・・・あ、あの・・・・」
 言い淀む秋亜人に、凱は慌てて言った。
「その、何となく言っておきたかっただけなんだ。秋亜人は別に、気にしなくてもいい。ただ、僕はそう
思っているから・・・・」
 申し訳なさそうな凱の様子に、秋亜人は一旦止まって、小さく笑う。
「いや、違うんだ、何だかさ・・・・今まで、好きって言葉で言っちゃいけないと思ってたんだ、俺。でもお
前が言ったらすごく自然で、当たり前に聞こえて、驚いて・・・・嬉しかった。だから・・・・きっと、俺もお前
のこと、好きだ」