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「じゃあ秋亜人は、好きな人と、ずっと離れずに居られる自信があるんだ」
 言いながら凱は再び顔を上げ、秋亜人の顔を一瞥する。
「えっ? そ、そりゃあ・・・・多分な」
 言いよどんで、秋亜人は凱から目を逸らした。
「世の中、いつ何が起こるか判らないし、絶対なんて誰にも言えないことなんじゃない? 一緒に居
たいと思う気持ちが強いほど、不安になったりするんじゃないかな。まして彼女達は同性だろ? い
つかはって思ってしまうのは仕方のないことだろうし」
「凱は・・・・一緒に居たい人と離れずに居られる自信ないのか?」
「・・・・どうだろう。自信を持っていたいけど、自信って言うより、希望になっちゃうかな」
 お互いに、その相手が誰とは言わず、訊ねもしない。秋亜人が凱を見つめると、同じように凱も彼
を見つめた。
「俺は、二人が本当に一緒に居たいなら、きっと大丈夫だと思うぜ」
「僕もそう思いたい・・・・でもね、自殺は絶対駄目だとは思えないな。もし、一番大切な人が死んだら、
きっと後を追うと思う。それ以上生きていても、仕方がないから」
 その言葉に、秋亜人は絶句した。
 もしその相手が自分だとしたら、それはあまりに行き過ぎのように思うし、それが自分以外の誰か
だとしても、秋亜人は心穏やかではいられないと思ったのだ。そしてどちらにしても彼の理解する域
を越えている考えであり、彼の思考はそこで停止してしまった。
「俺・・・・考えられないや、凱が死ぬことも、自分が死ぬことも。やっぱり何があっても、死ねないよ・・・・」
「僕も、秋亜人がいない自分は考えられないんだ」
 途端に秋亜人はむず痒いものが胸の辺りに込み上げるのを覚える。
「お前、またそーゆうキザなこと言って・・・・俺そーゆうの苦手だ。どうせ後追い自殺なんて出来ないし」
 込み上げるものが喉を締め付け、頬や目の辺りを熱くする。ぼそぼそと、声が上手く出ずに、言葉が
半分口の中にこもった。
「秋亜人はそれでいいんだよ。何があっても、秋亜人には死んで欲しくない」
 急に凱の言葉に重みが加わったように思えて、秋亜人は凱の顔を見直す。凱は視線が合うと、少し
恥ずかし気に笑って、目を逸らした。
「・・・・ってね、つい悪いことばっかり考えちゃうの、僕の悪い癖だね」
「そうだよ、二人ともずっと年取ってさ、きっとうちのじっちゃんと師匠みたいになって、孫に昔話するよう
になるんだろうぜ。想像出来ないけどさ」
 唐突な考えに、二人はくすくすと笑い合った。
 寄り添った体の間にある空気の熱さが、心に染みて安らぎを与える。
――――秋亜人、お前が死ぬ時は、僕の死ぬ時だ。
    でも、その逆は成り立たない。成り立っちゃいけないんだ――――
 凱のそんな心の声が聞こえたような気がした。
――――じゃあ凱、俺が生きている限り、先に死んだりするなよな――――
 その想いを口にすることが出来ないまま、秋亜人は穏やかな沈黙に身を置いていた。
 秋亜人は、再び月を見た。
 月はゆっくりと地球の自転に合わせて動いてゆく。やがて月に映った影は、少しずつ月の上から外れ
てゆく。
「今さ、月の丁度反対側に太陽があるんだな」
「今、秋亜人から見て月の反対側に、僕がいるよ」
 振り返ると、月明かりが作る秋亜人の影が、凱に重なっていた。
「じゃあこうすれば・・・・」
 凱にも月の光が届くようにと、秋亜人は体を仰向けに倒そうとした。その途端、体の重心がベッドの端
から外れ、転がり落ちそうになる。
「どわっ!!」
 必死に手は近くの物を掴み、片足は床に伸びて辛うじて全身が落ちるのを防いだ。
「あー、びっくりした」
 下半身を支えているのは床に着いた足であるが、上半身を引き留めているのは、秋亜人の手が咄嗟
に掴んだ凱の腕であった。
「大丈夫? 秋亜人」
「あ、ああ、ごめん・・・・」
 思い切り強く握ってしまったので、痛くはなかっただろうかと気にしながら、秋亜人は落ちかけていた体
をベッドの上に戻した。そのまま凱の腕を両腕で抱えるようにする。その手に自分の片手を合わせて、軽
く握った。
「痛くなかった?」
「全然平気だよ」
「お前、指も腕も細いのに、強いよな」
 凱の形のいい手は触り心地が良くて、秋亜人は無意識のうちに自分の手の中で弄んでいた。その手に
されるがままになっていた凱は、しばらくして手に力を込めて秋亜人の手を握り返した。