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 食事を終えると、二人は続けて風呂に入り、9時頃には凱の部屋へ上がってしまった。冷蔵庫の中
の物はもちろん、後から美奈が自室に入ってから取りに行くつもりで。
「秋亜人、そろそろ始まるよ」
 部屋の南側のガラス戸から、ほぼ南中に近い満月が覗いている。その左下から、ゆっくりと影が広
がってゆくのだ。
「一番欠けるのは、11時過ぎだよな」
「ああ、今回のは七割方欠けるんだよね」
 二人は、特に凱は、星を見るのが好きな方であった。凱に言わせると、満天の星空を見上げている
と、宇宙の広さが感じられるようで、胸がドキドキして苦しくなり、大きく膨らんではじけてしまうのでは
ないかと思えるのが、気持ちが良いらしい。
 秋亜人も、何だかワクワクするのが良いと思っていたが、半分近くは凱に付き合ってのことだった。
しかし、そうやって凱に付き合うのも悪くないと思っているのも事実である。
 やがて美奈が自室に入るのを確かめると、少しばかりのつまみと共にビールの缶を開けた。
「んじゃま、とりあえず二日後に控えた遼西高校入学式の前祝いで、乾杯!」
 そう言って秋亜人はぐいと一口、飲み下した。凱も恐る恐る口を付ける。少しばかり口に含んで飲み
下す顔を、秋亜人は興味深く覗き込んだ。
「思ってたより・・・・変な味じゃ、ないんだね」
「あったり前だろー、不味いやつを好んで飲む奴はいないよ」
 笑いながら、秋亜人はのう350ml缶を飲み終えそうな勢いだ。
「何か食いながら飲まないと、体に悪いんだぜ」
 と言いつつ、彼の口は愉しげに話をする合間にビールを飲むのに終始していた。中学三年間の様々
な想い出、新しい学校への期待、他の高校に進んだ友人達の話・・・・どれも凱の共有するものばかり
であり、相槌を打ったり短く答えるだけで、聞き役に回っていても少しも苦ではなく、むしろそうしている
のが心地好いくらいであった。
「あ、大分欠けてきたな。凱、双眼鏡は?」
「はい、これ」
 と、既に用意しておいたものを手渡す。
「凱、お前、手まで真っ赤っか」
「あれ、ほんとだ、すごいや」
 ビールは缶に半分ほど残っていたが、凱はこれ以上ないくらいに全身を赤く染めていた。ほんのりど
ころではない。元が色白であるだけに、余計純粋に赤く染まる。
 秋亜人は笑い声を必死に抑えながら言った。
「ま、酒は飲んで顔に出ないより、出た方がいいって言うしな。それにしても・・・・顔とか手の平、すっ
げー熱くない?」
「熱いっていうか、腫れてるみたいに、脈打ってるのが判るよ・・・・こんなになるとは思わなかった・・・・」
「ま、体質だよな。女だったら、それもかわいーって言われるんだぜ」
「そんなこと言うなよ、仕方がないだろっ」
「ごめんごめん。気を取り直して、月見ようぜ、月っ」
 秋亜人はさっさと立ってガラス戸を開け、ベランダに出て双眼鏡を構えた。
「凱、影になってる所も、うすーく見えるぜ。何か変な感じ。あれが地球の影なんだな」
 凱は少し体がだるくなってきていたが、月を見たい気持ちが勝り、ゆっくりと立ち上がってベランダに
出た。
「結構欠けたな」
「ああ。ほら、見てみろよ」
 双眼鏡を渡されて、構える。視野が定まりにくくて、手すりに肘をついて支えた。
 視界に大きく、眩い月の姿が映し出される。月面の海やクレーターも綺麗に見え、そして月の満ち欠
けとは明らかに違う色の影の部分と、その境があまりはっきりしたものでないのを、しっかりと目に焼き
付ける。秋亜人の言った通り、この地球の姿を一部ではあるが映している光景は、普段意識出来ない
地球の大きさや宇宙の広さを、理解と言うよりは体感するものであった。
 そして、今この夜の世界では太陽の姿は見えないが、太陽があればこそ月が光り、そこにこの夜が
影を落としているのだと、何故かとても当たり前のことに改めて気が付いたような思いがした。