■Cityscapes■  −3−  

 渋谷で乗客の数が一気に増える。奥に入ろうとする乗客に背を押されて、ぐらついた体を
立て直そうと窓に手を突く。眠っている祐介に触れないように、慎重に体勢を整えた。
 間もなく用賀という所で、祐介の肩を揺すった。
「着くぞ・・・・平気か?」
「ああ・・・・ありがとう」
 電車がホームに入り減速したところで、祐介は立ち上がった。
 停車する時のブレーキが予想よりも強く、車両は大きく揺れた。立ち上がったばかりの祐介
がバランスを崩しそうになるのを、咄嗟に差し出した腕で支える。一瞬雄一郎の腕にすがった
祐介は、慌ててその腕を離した。
「あっ・・・・ごめん」
「いや、大丈夫か?」
 開いたドアから、他の乗降客の流れに沿ってホームに降りる。祐介は少し覚束ない足取り
で、目元をこすりながら小さく欠伸を漏らしていた。
「終バス、まだあるんか?」
「ん・・・・いや、もう終わってるな。歩いても帰れるぞ」
「いや、タクシーにしよう。少しでも休んだ方がええ」
 先に歩き出す雄一郎に、祐介は大人しくついていった。
 官舎の前までタクシーで乗り付ける。雄一郎は祐介を先に降ろして、会計を済ませた。
 階段を上がり、ドアの鍵を開けて中に入る。明かりを点けて、ヒーターのスイッチを入れた
祐介の身体を、後ろから抱き締めた。
「祐介・・・・会いたかった」
「うん・・・・すまない、全然連絡出来なくて」
「そんなん、お互い様や。俺も丁度時間空いたから・・・・」
 俯いてる祐介は、何故かその腕から逃れようと身を捩った。怪訝な顔をする雄一郎の胸
を更に腕で押し退けようとしながら、小さく詫びる。
「・・・・3日、風呂入ってないんだ。今日はそれで帰ってきて・・・・」
「何だ、それくらい俺もしょっちゅうや。疲れてるんやろ?俺入れてくるから、座っとけ」
 コートを脱がせてやりながら、身体を離そうとする祐介の腕を掴み、頬に軽く口付けた。驚
く顔に、笑って見せる。祐介を近くに感じることが、その体臭を嗅ぐことさえ嬉しいのだと、彼
には判らないのだろうか。
 湯を溜めている間、祐介のいれた紅茶を飲みながら、雄一郎は先程買ったプレゼントを取
り出した。
「バレンタインには早いんだけど、これをあんたに、と思って・・・・」
「え?・・・・ありがとう。開けていいか?」
「確か使ってなかったと思って。今年の冬はまだまだ冷えるしな」
 深緑色のカシミアのマフラーに、祐介は手触りを楽しみながら微笑んだ。
「・・・・ありがとう。でも、バレンタインなんて・・・・」
「おかしいか?元々は大切な人に花や贈り物をあげる日なんやろ?だからいいかと思って。
当日に会えるとも限らんしな」
「ああ・・・・」
 祐介は目元を両手で覆って、俯いた。顔を上げようとしない祐介に、雄一郎は彼の肩に手
を置いて訊ねる。
「どうした?・・・・具合悪いんか?」
「・・・・違う・・・・ちょっと、気が緩んだ・・・・ごめん、風呂入ってくる」
 そう言うと、素早く席を立って行ってしまった。

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