■Cityscapes■  -2-  

 一月の半ば、とある衝撃的なニュースが舞い込んだ。毎日ビール社長の城山が、自宅の玄
関先で何者かに射殺されたというものだった。
 最悪の事態に、最早どうすることも出来ない自分の立場が、昇進を目指すことを決めた最大
の理由であったかも知れない。短い期間ではあったが、行動を共にした人物の死は、予想以
上に自分の胸に深い悲しみをもたらした。
 それは恐らく、祐介も同じであったのだろう。雄一郎よりも、一層事件に近く関わっていただけ
に、彼の受けた衝撃の大きさは、いかばかりであっただろうか。
 事件の後に何度か電話をしてみたのだが、祐介は庁舎の方に泊まり込んでいるらしかった。
その後雄一郎も別の事件の捜査に追われ、連絡が取れないまま、一ヶ月近くが経とうとしてい
る。
 ようやく捜査が終わり、明日は非番であった。買い物を済ませてから、雄一郎はそのまま足を
延ばして、日比谷公園の方へと向かう。
 本庁に勤務していた頃は、よく公園を抜けて銀座へ出てきたものだった。そして祐介と歩いた
時、話に聞いた窓の明かりを探す。公園を歩きながら、検察庁の庁舎を見上げると、その中に
祐介の勤務している部屋の窓が見えるのだ。
 果たしてその窓に明かりは灯っており、彼がそこに居るであろうことを示していた。もう二十二
時になろうとしている時刻、祐介はまだ仕事をしているのだ。
 公園から庁舎側へ架かる歩道橋の階段に立ち、雄一郎はしばらくその窓を見上げていた。そ
して心の中で、頑張れよと語りかける。
 足元から身体に染み込む寒さに、さすがにこれ以上ここに立つことを諦め、踵を返して歩道を
駅の方へ向かって歩き出す。もう一度だけと思って振り返ると、先程まで点いていたはずの明
かりがない。もしかして、と歩道橋まで戻り、橋の上から改めてその窓を探す。やはり祐介の部
屋の明かりは消えていた。
 会えるかも知れない。その予感に、胸の高鳴りを覚え、ドキドキしている自分に苦笑する。
 階段の上で、人影を待つ。しばらくして、通用口から出てきた人影が駅に向かって歩き出すの
を認めた。急いで階段を走り降り、その人影の背中に声を掛けた。
「・・・・祐介!」
 呼ばれた彼は驚いたように振り返った。ポカンとして立ち尽くす彼に近寄り、雄一郎は照れた
ように笑った。
「お疲れ。仕事、終わったんか?」
「ああ・・・・君は?何でここに・・・・」
「通りかかったから。家、帰るんだろ?今日、泊まってもいいか?」
 並んで歩きながら、祐介の様子を窺う。疲れの見える顔で、寒そうにコートの襟を合わせて
首を竦めていた。
「いいけど、何もないぞ」
「別に構わん。・・・・まだ当分かかりそうなのか?」
「そうだな・・・・でも、休みがないわけじゃない」
 心配そうな雄一郎に、気遣いは無用というように笑ってみせる。
 地下鉄の駅の灯りの下では、余計に顔色が悪く見えるのだとしても、とても元気そうには見えな
かった。
 一駅で乗り換えた半蔵門線は、所々座席が空いている程度の混み具合だった。ドアの近くに立
ち続けようとする祐介の肩を押し、空席の方へと移動する。
「座っとけよ。着いたら起こしたるから」
「・・・・すまん、ありがとう」
 一瞬何か言いた気な瞳を向けたが、祐介は素直にその言葉に従った。雄一郎は彼の座った前
に、吊り革を掴んで立つ。
 目を閉じて俯いた祐介の頭を見下ろしながら、長い間会いたいと願っていたその存在を間近に
感じ、胸の中が熱くなるような喜びを噛み締めていた。
 自分は嬉しいのだが、しかし祐介はどう思っているのだろう。

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