■Cityscapes■ −1− 
 18年の永きに亙って、親友であり、義兄弟であった二人の関係が、たった一日で全て
変わることは不可能であろう。
 クリスマスイブの夜、お互いの想いを確認しあった時には、雄一郎も祐介を抱き締める
ことは出来たが、さすがにその先へと進むまでは、頭の方がついていかなかった。と言う
よりもその時は、失わずにすんだことへの安堵で一杯になり、その存在を感じているだけ
で充分な心持ちだったのだ。
 年末には一日だけではあったが、雄一郎の自宅に祐介も泊まり、穏やかな時を共に過
ごすことが出来た。
 年明けからは祐介が捜査にかかりきりになり、何日も会えない日が続いていた。雄一
郎も仕事に復帰し、表面上は以前の生活が戻ってきている。
 仕事始めで出勤した日、昇進試験の推薦があったことを知らされた。試験まで、もう間
近い。
 祐介に会いたかった。以前は何ヶ月も顔を見ることなく過ごしていた。声を聞くこともなく、
平気だったのに、今は何故か無性に会いたい。会って声を聞いて、その息遣いを感じたい。
 この年になっても、自分の体の奥深く渦巻く衝動が、これ程までに強く、我が身を掻き立
てることに、驚きすら覚える。生きていると実感し、人生のリズムのように感じたそれが、若
さというものを年令ではなく人に与えているのだと思う。
 道は歩いていけばいつか目的地に辿り着く。少し遠回りをしてしまっても、その道乗りで
得たものは、今の自分に至るまでの、必要な過程であったと思えば、悔やむこともない。
 本当に俺は生まれ変わったな、と思い、雄一郎は我知らず口元に笑みを浮かべた。


 冬の街は、枯れた樹木の寒々しさを補うかのように、次々と人々の気分を盛り上げようとす
る飾り付けに覆われていく。クリスマスに始まり、正月の松の内が明けると、早々と2月のバレ
ンタインディに照準を合わせ、それは3月のホワイトディへと引き継がれる。それが終われば
4月、新学期や新年度を迎えると共に、春を迎えて自然からの恩恵にあずかる事が出来るよ
うになるのだが。
 2月の始め、街はまだ冬の只中にあり、バレンタインに向けて、人々の購買意欲を盛り上げ
ようとする街頭のディスプレイも、何がそんなに目出度いのかと、かえって白けるような気分に
なる人も多いのではないだろうか。
 少なくとも去年までの自分はそうだったと、合田雄一郎は思った。
 現金なもので、恋をしていると自覚してからの自分は、見る物聞く物全てに対し、今までと
は全く違う感慨を抱くようになってしまった。
 冷たく乾いた風が頬を切りつける中、ショーウィンドウを見るともなしに眺めながら、ゆっくり
と歩く。平日とは言え、夜の銀座は様々な服装の人々が行き交い、歩道を真っ直ぐに歩き続
けるのが時折困難になることもあった。
 思い起こしてみれば、知り合ってから結婚するまで、貴代子からは毎年チョコレートなどを
貰っていたのだった。彼女は兄である祐介と自分に、いつも同じ物をプレゼントしてくれてい
た。
 今の時期に、男が贈り物を買うのはおかしいだろうか。別にバレンタインに限ったことではな
く、プレゼントをあげることはあってもいいだろうと思い、雄一郎はデパートの中に入った。
 好きな人の為に何かを贈ろうと考えることは、それだけで自分に幸せを与えてくれるものだ
と、今更ながら初めて気付いたのだった。何か理由が必要なのであれば、恋人達に祝福をも
たらす聖バレンタインの日であったとしても、良いのではないだろうか。
 自分の想い人の面影を思い浮かべながら、あれにしようかこれにするかと、悩む時間さえ嬉
しく感じた。今頃気が付くなんて、本当に自分はドン臭いなと笑う。
 何度か売り場を往復して、ようやく決めたものを買い求めた。
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