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V. Lasciatemi morire! / 1  
 海江田が上陸して総理との面談を果たし、条約を締結した後。
『たつなみ』は、『サザンクロス』に入渠している『やまと』を米原潜から護衛する任についている。
そんな中、速水は過去に交わした海江田との会話を思い出していた。
 速水の父の教え子でもあった海江田と、何度か親しく話し合うことがあった。その中でも、特に
印象深い会話であった。
 それは、海江田の父の法事があった時だったと思われる。その頃速水は大学生で、自衛隊に
行くかどうか決めかねていた頃だった。
「君は、自分の死に方を考えたことがあるか?」
 そんな話を切り出されて、速水は内心戸惑いつつ答えた。
「死に方ですか?・・・いえ・・・」
「そうか。こんな話をすると変に思うかも知れんが、しかし一度は考えておいた方が良いものだぞ。
いつ何が起こるか判らんからな、遺書ぐらいは書いておくものだ」
「あぁ、死に方って、そういう意味ですか・・・」
 相変わらず不思議な人だと思う。穏やかな口調で、他愛のない話題のように、そんな話をする。
「自分の意に添わない葬儀など、されたくはないからな。と言っても、普通あまり葬儀に注文など
持っていないだろうが・・・遺志というものは、若い内には遺せないことが多いだろう?そういうの
は嫌だと思わないか?」
「はぁ・・・あまり考えたことがないんですけど、でも事故で死ぬこともあるんですよね・・・心残りが
あるのは、嫌ですね」
「うん、まぁそれだけでなくても、自分の理想の死に方を決めておくのは、みっともない死に方をし
なくて済むようになるものだよ」
「死に方、ですか・・・自分の理想の、となると、結構判りませんね。海江田さんは・・・何かそういう
の、あるんですか?」
「うん・・・まぁね」
 海江田は、本当は普段から言っておくべきかも知れないが、そのうちに、と言って、曖昧に笑っ
た。
 それから十年以上経っている。しかし今の海江田の行動は、死に方を決めている者にしか出
来ないだろうと、速水は思った。
 自分も、海江田の見ていたものが知りたくて、海自に入った。だが結局海江田の道を知ること
はなく、未だ死に方も決めてはいない。
 海江田のように、何事かを成す力は、自分にはないのだと、見極めている。
「副長、メシ食って来い。今のうちだ」
 先に食事を済ませてきた深町が、速水の肩を叩く。
「はい・・・では10分で戻ります」
 次第に緊張と慌ただしさの増す艦内の空気に、食欲など殆ど失せていたが、確かに今食べて
おくしかないだろう。
 深町の背中がある。幅も厚みも、人一倍はあるその背中に、海江田とは全く違う、計り知れな
い力の大きさを感じていた。深町は、死に方を決める必要のない人間なのだと思う。そして、そん
な深町にどうしようもなく惹かれている自分を、持て余し始めている速水だった。


「こちら『たつなみ』、第二護衛艦群応答せよ」
 通信士の声が、次第に上擦ってくる。冷たい海水の為に、誰もが歯を食いしばり、絞り出すよう
に声を発する。誰もが、大声で叫び出したいのを必死に堪えていた。
『はるな』がこの海域に来ていなかったら。口には出さなくとも、そんな思いが乗員の間に広がっ
ていた。そして。
「―――――――・・・・・・な、こちら『はるな』」
 スピーカーから、雑音混じりのその声が、天からの救いのように届けられる。歓声を抑えながら、
通信士が交信を確保する。通信室からの報告を受けた速水は、振り返って深町に伝えた。
「艦長、洋上とコンタクトとれました!」
 深町は頷いて、マイクを手に取った。


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