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U. O cessate di piagarmi / 2 
 薄々感付いてはいたが、そんな噂が流れるとなると、話は別である。しかし、人々が速水と海江
田を結び付けたがる気持ちも、判らないではなかった。それほど、仲の良い様子を見掛けることが
あるのだった。
――――速水の奴、いつまでも独りでいやがるから、こんな噂が立つんだ、まったく――――
 その張本人が帰艦してきたらしく、ハッチから下りて来たのとばったり出会う。敬礼に応えながら
、いつもよりまじまじと、速水の顔を眺めてしまう。
 実際深町も、これ程の器量良しにはついぞお目に掛かったことがない。だがそれだけだ。他は
何等変わらぬ男であるのに、男がいたというのは一体どういう訳なのだ。
「あの・・・どうかしましたか?」
 不思議そうに見つめ返す視線に、慌てて顔を背けた。
「いや、何でもない。ご苦労」
 一瞬、速水の瞳に力が込められたように感じて、深町は振り返る。しかし速水は既に居住区の
方へと歩き出していた。


 深町に見据えられる度に、速水は痛い程その視線を感じていた。
 深町の視線には容赦するということがない。自分の隠している何もかもが、見透かされてしまう
ように思える。それに逆らわんとして、速水もつい眼光がきつくなってしまう。
 もちろんその為だけでなく、自分の深町を見る目には、特別な想いが込められているのだが。
 その日も、帰るなり睨まれて、それがいつもより更に鋭いものだったので、速水は内心戦々恐々
としながら、平静を装って見つめ返した。
 しかし深町は、顔を背けてしまった。何かまずかっただろうか、と思うが心当たりもなく、気まずく
なるのを避けてその場を立ち去った。
 それ以上、どうすることも出来ない。自分の視線の意味を悟られることはなく、深町も自分を睨む
ことしか出来ない。それだけで充分だった。
 自分が情けなくなる程、深町に惹かれていた。だからこそ、表面上は深町に対して素っ気なくな
らざるを得ない。
 そんな想いを胸の奥に押し込めて、副長である自分の役を務め始めた。


 出航後、僚艦の「やまなみ」がソ連原潜と衝突し、圧壊沈没したのを、「たつなみ」は成す術もなく
見届けたのだった。


 自分が、貧血を起こしかけているのを必死に堪えながら、速水は強張った表情で深町の方を見
た。
 「やまなみ」の艦長は、深町の同期でもある海江田四郎―――である。その艦の圧壊音を、どう
受け止めれば良いというのだろうか。
 深町は当然のように、記録と計器の確認を求め、ソ連原潜の位置をはじき出させた。するべきこ
とはやっておかなければならない。それは速水にも判っている。しかし――――
 視界がどんどんと暗くなり、耳鳴りが増して音が遠くなる。耐え難い吐き気に、速水はその場にしゃ
がみ込んだ。

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