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T. Sento nel core / 2 
 梅雨の半ば、昼間の雨が上がって蒸した夜。
 上陸後の仕事を終えて、共に休暇に入った二人は、基地の中を並んで歩いていた。深町の
車で、市内の彼の住む官舎に、速水を伴って帰り、少し酒でも飲もうということになっていた。
 深町の艦の士官は度々こうして彼の家に招かれた。特に速水のような独り者は。
 深町には、少し年下の妻と、小学生になる息子がいた。美人で気立ての良い妻は、彼の留
守をしっかりと守っている。離婚率の高い潜水艦乗りの中では、人の羨む家庭であった。
 車に乗り込み、エンジンを始動させながら、深町は切り出した。
「お前さ、結婚する気はないのか?」
「・・・え、そうですね・・・今の所は、・・・」
 シートベルトを締めながら、予想していた問いに用意していた言葉を返す。
「相手がおらんのなら、見合いの話もあるんだが」
「いえ、・・・見合いはするつもりはありません」
「そうか・・・お前もそろそろ、親御さんがうるさいんじゃないのか?」
「そうですね・・・」
 基地の門をくぐり公道に出て、しばらく沈黙が続いた。
 速水は、自分が結婚に積極的になれない理由を、深町に話すべきか迷った。あまり他人に
話せる事柄ではなかったが、しかし心のどこかで深町には聞いてもらいたいという思いが働い
ていた。
「・・・実は昔、好きな人に死なれたんです」
 自然に口が言葉を紡ぎ、速水はその自分の声を他人のもののように聞いた。
 車が信号で止まる。車内に街灯の光が差し込むのに、顔を見られまいと俯いた。深町はやや
あって、口を開く。
「・・・その人が忘れられん、か・・・まぁ、そういうこともあるな・・・」
 速水は、最後に好きになった、そして思いを通わせながらも死に別れた、その人の顔を思い
浮かべた。
 初めは、まさか自分が男性を好きになるとは、思いもよらないことだった。
 しかし結果的には、彼を忘れることが出来ずに、今まで独りで過ごしてきた。ここ数年は、既
に自分には縁などないのだと、諦めてしまっている。元来、対人関係で自分から動いたことなど
なかったのだ。
 そのまま俯いていると、深町が少し顔を向けたのを感じた。
「・・・泣いてるのか?」
 さり気なく掛けられた言葉が、一瞬信じられずに思わず顔を上げた。
 信号が変わり、再び車が動き出す。前を向いた深町の横顔を、ちらりと横目で盗み見ながら、
つとめて明るく言った。
「どうして?泣いてなんかいませんよ。そんな風に見えました?」
「いや、・・・別に・・・」
 それきり口を噤む深町の、胸の内を計りかねて速水は気を揉ませた。そして、ゆっくりと体の中
に暖かいものが染み透ってゆくのを感じた。
 こんなにも暖かく、優しい言葉を深町から聞くとは思わなかった。それは驚きよりも、こみ上げ
る嬉しさを速水の胸に与えた。


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