X. Se tu della mia morte / 2   
−14− 
 来週もきっと来るからと言い置いて、病室を後にする。
 受付に寄ると、話があると呼び止められた。担当医だという男が、応接室のような部屋に
招き入れる。
「失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「はぁ、深町と言いますが。速水の、前の上司です」
「そうですか・・・速水さんは、あなたを頼ってらっしゃるようですから、お話しします。一応来
週退院はさせますが、いつまた危険な状態になるとも限りません。私としては、大きな病院
で、精密検査を受けて欲しいのですが・・・」
「速水の親御さんも、実家に戻るようにと言っておるのですが・・・あの、手術の方は・・・」
「ええ、現段階では成功です。しかし、経過を見るしかないのですが、他にも悪くする要因が
あるように思われるものですから」
 深町は、寄せていた眉を一層きつくしかめて、テーブルの上を見つめていた。速水が何と
言おうと、連れて帰るしかないと、そう決心する。
「実は・・・速水さんが、うわ言であなたのお名前を、呼んでらっしゃったものですから、お話し
しておきたかったのです。他に頼る方もいらっしゃらないようですので・・・自分が言うのも何
ですが、お力を貸して下さい」
「はい、もちろんそのつもりです」


 次の週に再び病院を訪れた深町は、受付で引き返すことになった。速水は既に退院した
という。住所を尋ねて、病院を出た。
 タクシーを拾って、その住所を告げる。やがて、小さなアパートの前に着いた。
 呼び鈴を押すが、返答は無い。ドアノブに手をかけると、鍵は掛かっていなかった。
「速水!帰ってるのか?・・・入るぞ!」
 部屋に入ると、荷物が置かれていた。しかし、どこにも速水の姿はない。
 小さなテーブルの上に、道路地図が開かれて置いてあった。
 隅の方に、この街が載っており、全体の半分近くは海を表す水色になっている。海岸線を
目で追って、それから鉄道の線と駅名を覚える。
 この場所に、いるかも知れないし、全く違う場所なのかも知れない。しかし、深町はある場
所を、心の中で定めた。
 あいつは必ずここに行ったのだ。そして、俺が追いかけるのを待っている。間違いない。


 速水は、海を見ていた。
 この辺りの海岸は、どこも景色が良いが、ここもなかなかの眺めだった。
 あずまやのベンチに座って、目を閉じる。
 波の音が、聞こえてくるようだった。それは時折起こる耳鳴りだったのかも知れない。それ
とも、昔聞いていた、海にいる時の音を聞いていたのかも知れなかった。海で死にたいと、何
度か思ったこともある。
 深町はどうしただろうか。
 彼が来るよりも早く病院を出て、家を空けてきたのは、もちろん彼に会わない為だった。そ
れでも、もしかしたら探しに追いかけて来てくれるのではないかと、手掛かりを残す自分が哀
れだった。
 十年離れていたのに、お互いにいい年になったというのに、やはり会ってしまえば愛しさが
つのる。
 そして、速水はもう、いつ死ぬことになっても構わないと、心から思ったのだった。
 車の音に気付いて、目を開ける。通り過ぎずに、敷地の中へと乗り入れた車に、胸の高鳴り
を覚え、深く息を取る。
 どう言えば、判ってもらえるだろうか。
 自分がこんなにも、幸せでたまらないことを。

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次で最終回になります。
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