X. Se tu della mia morte.    貴女が私の死の栄光を / 1  
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 深町が肩章を金色のものに替えた頃。
 髪にも大分白いものが増えてはいたが、まだまだ老け込むような体ではなかった。息子も高校
3年になる。もう一頑張り、という所だろう。
 そんなある日、久しく訪れたことのなかった速水の実家に、ふと足を向けたのは、彼の誕生日が
今頃であったことを思い出した為だった。
 彼と離れて、十年近くになる。彼の安否を知りたいと願う気持ちが、もう他の何もどうでも良いほ
どに強くなっていたのだろう。
 速水の家には、父親と兄夫婦が居た。母は数年前に他界していた。
 母親が亡くなった時には、速水も戻ったと言う。しかしそれきりまた顔を出すことはないらしい。
「戻るようには言ってあるのです。それに・・・実は最近、身体を悪くしたようで・・・こちらの病院に
移った方が、どれだけ良いかと、言ってもなかなか首を縦に振らんのです。・・・深町さん、もしよろ
しかったら、一度健次に会ってやって頂けませんか。あなたから言って下されば、気持ちも変わる
かも知れません」
 深町の親と同じような年の父親が、そう言って頭を下げた。


 次の休みに深町は、朝早く発って速水の住む街に向かった。
 教えられた病院に辿り着く。いざ目の前まで来てしまうと、どう会えばいいのか判らずに立ち竦ん
でしまう。しばらく逡巡した後、腹を決めて歩き出した。
 病室を尋ねる。看護婦に、家族の方かと返されて、返答に詰まる。それ以上は訊かれずに、部屋
の番号を教えられた。
 四人部屋の、閉じた扉の前に立つ。名札を確認して、小さく深呼吸をする。病院特有の匂いが、
胸に不快に積もってゆく。
 ノックをして、扉を開けた。
 手前の二人が、深町に視線を向けた。軽く会釈をし、中に入る。窓際の片方は、空いていた。もう
片方の、カーテンに隠れたベッドに歩み寄る。
 ベージュ色のカーテンを、手で開けた。
「・・・速水・・・」
 小さく息を呑む。驚きに見開かれた瞳、咄嗟に口元を覆った白い指。
 横たわったままの速水に、荷物を置いて傍らの丸椅子に腰を下ろして、言葉を待った。
 速水は手で顔を隠したまま、小さな声で言った。
「何で来たんですか」
 白くて細い腕を掴んで、引き寄せる。
「顔ぐらい、見せてくれても良かろう?」
 伏せていた目をゆっくりと上げて、速水は顔を向けた。
 まるで時間を止めていたかのようだった。少しやつれて、肌も生気を失っているのは、年齢の為
か、それとも病の為か。
 しかし、深町を見つめる瞳は、変わっていない。はにかむような微笑みも。
「手術して間もないんで、このままですみませんが・・・」
「いや、それより・・・具合の方はどうなんだ?」
「さあ・・・しばらくは、様子を見ないと」
「そんなに・・・悪いのか?」
 深町に掴まれていた腕を取り返して、速水は視線を逸らせた。
「俺は、実家には戻りませんから。どうせうちの親に頼まれているんでしょ」
「何故だ、こんな所に独りじゃ・・・大変だろう。親御さんも心配して言ってるんだぞ」
「戻ったって・・・しょうがないでしょう。ここの暮らしも、気に入ってますから」
「お前・・・」
 胸が詰まって、深町は唇を噛んだ。自分の悪い予感は、当たっていたようだ。
「それは・・・俺のせいか?俺がいる為か」
 掠れかかった声で、呟くように言う。速水は哀し気な瞳を向けた。
「そんなこと、言わないで下さい・・・これは俺の勝手ですから・・・」
 ゆっくりと片手を上げて、深町の頬に触れる。
「しばらく見ない間に、随分老けましたね・・・」
 その手を両手で握り締めて、深町は淋しく微笑んだ。

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