Intervallo   −幕間−  
 どうして俺は女に生まれなかったのだろう
 俺が女だったらこの人の子供を生めたのに
 俺にはこの人を手に入れるすべが何一つない


           これ以上そばに居たら
           きっとあなたが欲しくなる


     俺の想いが
     あなたの邪魔になる


        だから
        こうするしかないんだ


  あなたのために
  そして自分自身のために






                    さようなら





                           『死は愛を完結させる唯一の方法だ』
                           Death is the only way to end love.



 確かに、俺には速水を引き留める資格はなかった。俺を諦めろと言ったのは、他ならぬ自分
だった。しかし、この腹立たしさは、どうしたものか。
 あいつは、俺から離れてどうするつもりなのか。愛していると言いながら、何故離れて行くの
か。
 ばかやろう。
 その言葉は、あいつに向けたものなのか、自分に向けたものなのか、俺にも判らない。ただ、
それだけを繰り返し呟いた。


 速水は辞表を出して、それきり姿を消した。実家にも戻っていないらしい。誰にも何も言わず
に、まるで蒸発してしまったように――――
 不意に冷たいものが胸の内をすべり落ちた。
 まるで死にに行く猫のようだと、気が付いた途端に、その可能性を否定しきれずに、みるみる
内に暗く冷たい霧が胸中に広がる。
 そんな事をするはずがないと、思いながらも一度生じた不安は容易に拭い去る事が出来ない。
 親兄弟には、行き先くらいは告げているのだろう。いよいよ心配になったら、何としてでも聞き
出して確かめれば良い。しかしそれは、自分には許されない事だった。それは俺が、あいつに
負けるようなもので、どう弁明しようとしても、決して納得のいく行為ではなかった。
 あいつが自分から命を絶つはずがない。そう言い聞かせようとしても、この不安はあいつの姿
を目にしない限り、俺の中から消える事はないだろう。
 会ったら絶対に言ってやる。
 ばかやろう、心配かけんな。
 お前の事を、忘れたことはなかったよ。本望だろう。
 速水の存在を忘れられない自分は、少しだけ、哀れに思えた。たとえ再会する事があっても、
そんな台詞は決して口にしないだろうという事も、判っていた。


 そして、俺はとうとう、昇進の辞令を辞退せずに、艦を降りる事を決めた。


――――――――――――――――――――――――


 人間は、どこでも何をしても生きていけるものだと、改めて感じる。
 何をしようというつもりもなく、ただただ知らない街で独りで生きていきたくて、月並みかとも思
えたが、西よりは北だと思って、この小さな町に来た。知り合いも親戚も大抵関東より西方に住
んでいるので、知り合いに会う可能性はほとんどないだろう。
 元々、東北や北海道の方には、逃れてきた人々が多いのだと聞いたことがある。自分がこの
地に来たのは、当然のように思える。
 その為か、土地の人の温かさが、余計に胸に染みた。何も訊かずに、受け入れてくれる。いた
わり合う、優しい心遣いが、何よりも有り難かった。この穏やかさ、静けさが、自分の必要として
いたものだった。
 このまま、穏やかに死にたいと思う。本当は、早く死んでしまいたかった。早く、死なせて欲しい
と、願っていた。
 ただ一人の愛する人に。そのことを願わないように、こうして彼から離れた。何もかも捨てるこ
と、それは、死を選ぶことに等しい。
 一度だけ抱いた相手のことを、彼は少しでも覚えていてくれるだろうか。


 自分が死ぬことが、すべての解放になる筈だった。
 自分もあの人も、それで自由になると思ったのだ。






         X. Se tu della mia morte.    貴女が私の死の栄光を
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