W. Nel cor piu non mi sento / 3   
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−12−  
 深町の横で、彼の体温を感じ、鼓動を聞く。不思議なほど、彼の身体を自然に求めていた。
 体を潜り込ませて、自分から彼のものに奉仕する。深町の昂ぶりを慈しむうちに、自分の身体
も高まるのを感じた。
 深町に促されて、顔を上げる。肌の上を探り始める手に、徐々に流されてゆく自分に、眉をひそ
めた。
 深町の優しい手の動きが、余計に速水にはたまらなかった。哀しみを胸の隅に追いやって、今
は彼のみを求める。
 彼の指が最奥に伸ばされ、試すように探られる。
「・・・痛いか・・・・」
「少し・・・・」
 堪えられない痛みではない。深町を迎えながら、両手で彼の腕を掴む。強張りそうになる体の
力を抜き、深町が動き出すのにつれて、痛みの為だけではない声を上げ始めた。


「大丈夫か?」
「・・・・はい・・・・」
 深町が前髪を梳き上げるのに、薄く目を開けて微笑んだ。その指はゆっくりと頬をなぞり、離れ
ていった。速水に腕枕をしてやりながら、深町は仰向けに寝そべった。
「しかし・・・・俺なんかのどこがいいのかねぇ」
「・・・・さぁ、俺にも判りません・・・・」
 速水はくすりと笑って、深町の肩に手を添えた。
「でも、好きなものは好きなんです・・・・しょうがないでしょ」
「お前なぁ・・・・こんなこと言うのも何だが、俺のことなんかさっさと忘れて、身を固めた方がいい
ぞ」
「それが出来れば苦労はしませんよ。言われるまでもなく」
 深町は少しだけため息をもらして、速水の頭を抱え込むように腕を回した。
「子供が欲しいとは、思わないのか?俺は見たいぞ、お前の子なら、きっと綺麗で聡い子だろう
からな。子孫を残すのも、人としての義務の一つだ」
「・・・そんな・・・考えたこと、ありませんでした・・・」
「お前なら、判るだろ・・・・何を選ばなければならないか。どうしなければならないか・・・・」
「・・・判ってます・・・判っている、つもりです・・・でも・・・っ」
 顔に熱が上がり、喉の痛みに声を遮られる。堪え切れずに溢れた涙を、指で拭った。
「大丈夫だ、お前にはまだ、時間がある・・・」
「・・・そう、ですね・・・・」
 応えながらも速水は、自分には既に先がないように思われた。追い詰められて、これ以上身
動きが取れない。このまま凍り付いてしまっても、一向に構わないように思えた。


「・・・・おい、速水、起きろ。おい」
 そのまま眠ってしまっていたのに気付き、慌てて体を起こす。
「ほら、シャワー浴びてこい」
「・・・・はい・・・・」
 先に起きていた深町は、既に身支度をほとんど整えていた。
 大きく息を吐いて、ベッドから降り立つ。何はともあれ、シャワーを浴びなければならない。例
えそれが、胸の中にある氷塊を、消し去ることにはならないとしても。
 身支度を済ませて、鏡の中の自分を見つめる。いつもと変わりのない姿に、どうやら戻れたよ
うだった。
「お待たせしました」
「ん・・・・おう」
 立ち上がった深町に、顔を覗き込まれる。口元に浮かべた笑みに微笑み返すと、軽く頭に手
を乗せられて優しく叩かれた。
「どっかでメシ食ってこうな」
「はい」
 何となく、言葉が出なかった。礼を言うのも謝るのも、どちらも合わないように思えた。今は何
も言うことが出来なかった。
 心の中で、ありがとうとごめんなさいを繰り返す。
 もう、どうなってもいい。
 これから先、自分がどうなろうと、構わない――――
 それでも、この人と離れずにいることだけが、今の自分には確かなことだった。



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                                      1992/12/27  波崎 とんび


もはや私の心には感じない(うつろの心)

     Nel cor piu non mi sento    もはや私の心には
     brillar la gioventu;         青春の輝きが感じられない。
     cagion del mio tormento     私の苦しみの源、
     amor sei corpa tu.         愛よ、お前のせいだ。

     Mi pizzici mi stuzzichi       お前は私を抓り突っつき
     mi pungichi mi mastichi      突き刺し噛み砕く。
     che cosa e questo ahime?    これは一体何だろう、ああ。
     Pieta pieta pieta!          憐れんでおくれ、
     amore e un certo che      愛とは私を絶望させる
     che disperar mi fa!        何ものかだ。


                                     初版発行:平成4年12月29日