W. Nel cor piu non mi sento / 1  
−10− 
 夢から醒めた時に、自分が達してしまっていることに気付き、身体の熱さに汗が噴き出すの
を感じた。深く息を取りながら、身体に残る快感の余韻を、少しでも晴らそうと試みる。
 途端に、先程までの夢が鮮明に脳裏に浮かび上がった。あまりにも衝撃的な内容であり、自
分に対して嫌悪よりも憐憫の情を抱いた。
 思い出しただけで、体が震える。それほど夢の内容は強烈で、更には生々しい感覚のもの
だった。自分の身体が感じてしまっていることに、今更驚くことはない。しかし、こんな夢を見て
しまうことは、予想外であった。
 唯一の慰めは、ここが自分の部屋で、夢の中での相手にすぐに顔を合わせるわけではない、
ということだった。
 決して、こんなことは起こるはずがない。だがそのことを、自分が心の中で望んでいるという事
実に行き当たり、速水は途方に暮れた。
 たかが夢だと、笑って済ませられないことに、彼は気付いていた。
 本当は判っていたのだ。自分が深町に、抱かれたいと思っていることなど。
 判っていても、どうすることも出来はしない。眉をしかめながら起き上がり、着替える為にベッド
から下り立った。


 ここ数日、自宅から基地まで通勤するという、不慣れな行動を余儀なくされていた。とは言え、
大した仕事があるわけでもない。普段より数倍つまらない作業を、時間をたっぷりかけて片付け
ていく。ただ体を遊ばせておく訳にはいかないからという、それだけの意味しかないようなものだ。
 こんな毎日だから、あんな夢まで見るのだと、何となく腹立たしく思うが、それも今年は今日で
終わる。明日からは短いが年末年始休暇だ。しかし余計に欲求不満に陥りそうだと、気が滅入る
速水だった。
 仕事納めに、『たつなみ』の主立った者が集められた。深町とは久し振りに顔を合わせたような
気がする。彼は『たつなみ』の引き上げに関してあちこちに動き回っていた。
「年明けには必ず何とかする。大丈夫だ、『たつなみ』は外海じゃなく、すぐそこにいるんだからな。
・・・今年は本当に大変な年だったが・・・とりあえず、ご苦労だった。だがまだ終わった訳じゃない。
来年も頼むぞ。お疲れさん、良い年を――――」
 全員が一斉に礼をして、公務を終えた。
「じゃあ渡瀬、後はよろしくな」
「ハ、えーでは忘年会です、一応謹慎中なので目立たないように。着替えた後は各自現地集合と
いうことで、場所は――――」


 いつもなら二次会三次会と続く所だが、今年はそういう訳にもいかず、ほとんどの者は早々と席を
立った。適当な所で切り上げて、お開きにする。
 それでなくとも気が乗らない速水は、早く帰りたくてたまらなかった。しかし他ならぬ深町が、なか
なかそれを許そうとしない。彼に強く言われては、口では文句を言いつつも、結局従わざるを得ない
自分が、今は尚更哀れだった。
 人からわがままを言われるのは大抵拒み、嫌う性格の自分だが、一人だけにはどんなわがままも
聞いてやりたくなってしまう。彼のわがままだけは、内心喜んで受け入れてしまう。どんな理不尽な
ことでも、きっと受け入れてしまうだろう。今までと同じように、これからもずっと。



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