『想いは言葉に乗せて』


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十*初デート(後編)



「お帰りなさい」

 時間的にはクラブ活動を済ませて帰ってくるのとあまり普段と変わらない時間。

「どこに行ってたの?」
「たまには外に出てスケッチをしようかなって。二・三週間ほど、週に三日くらい、出てくるから」

 わたしの言葉に、お母さんはあまりいい顔をしない。

「気をつけてね」
「うん、先輩と一緒だから、大丈夫だよ」
「あら、巡くんとじゃないの?」

 言った後にしまったかなと思ったけど、一人で行くと言ったら外出の許可を得られない気がしたので、ごまかしながら説明をする。

「うん。巡はほら、美術部の副部長だから。別の先輩と」

 納得したのかどうかは分からないけど、お母さんは渋い表情をしながら、仕方がないわねとつぶやいた。

「巡くんならしっかりしてるから安心なんだけど……」

 どうやらお母さんは巡のことを信頼しているらしい。去年の絵画コンクールの件があって以来、なにかと頼っている部分もある。

「そうそう、今度、巡くんをおうちに招待してちょうだい。お母さん、男の子も欲しかったのよね。あんなかっこいい子なら、大歓迎よ」

 弾む声に思わず、眉間にしわを寄せてしまう。

「……巡ってそんなにかっこいい?」

 いつもわたしのことを馬鹿にしたように見ている表情か、真剣なすごく怖い表情しかしらないわたしは、思わず、そんなことを聞いてしまう。

「もー、奏乃は見る目がないわね。あの子は今もいい男だけど、将来、さらにいい男になるわよぉ」

 見た目がたとえ合格であっても、中身があれじゃあなぁ。なんてわたしは思う。

「もう少ししたらご飯にするわよ」
「はーい」

 お父さんは帰りが遅いことが多いので、一緒に夕食を食べることが少ない。なのでお母さんと二人で食べることが多い。

「巡くんみたいな子と一緒にご飯を食べたら、楽しいだろうなぁ」
「……おかーさん、そんなに巡のこと、好きなの?」

 お母さんはふふふ、と笑ってわたしを見る。

「あら、なに? 妬いてるの?」
「なに言ってるの、お母さん……。巡はお兄ちゃんみたいな人だよ。すぐにわたしのことをからかうし、過保護だし。妬くなんて、あり得ないから」

 お母さんは意味深に笑っている。

「まー、もったいない。お母さん、巡くんのファンだわ。こんなおばさんだけど、ファン一号になってもいいかしら?」

 呆れてなにも言えない。

「巡本人に聞いてよ」
「そうするわ。早いところ、巡くんを連れてきてよ」

 ……なんなのよ、もう。お母さんの年甲斐のないはしゃぎように、ため息しか出ない。

「お母さんが直接、誘ったら?」

 巡がうちに来られても、なんだか困る。

「あら、やだ。恥ずかしいじゃない」

 お母さんの恥ずかしいの基準がよく分からない。ファン一号になってもいいかってのは聞けて、どうして誘えないのだろう。
 お母さんに付き合うのに疲れて、わたしは黙々と残りのご飯を食べて、部屋に戻った。
 部屋に戻ると、携帯電話が光っていた。慌てて見ると、友和からのメールだった。
『今日はありがとう。木曜日か金曜日、また行ってほしいところがあるんだけど、どうだろう?』
 どちらも用事がなかったので、そう返事をした。返事が返ってくるのを待つ間に、お風呂に入ることにした。ゆっくりと湯船に浸かる。今日見たことを思い出していた。
 練習風景のスケッチ。いつもと変わらないことだったけど、描く対象が違っていた。なにかに引っかかりを覚える。
 のんびり入りすぎて、のぼせてきた。ふらふらになりながらお風呂を上がり、髪の毛を乾かして部屋に戻る。
 メールの返事が来ていたので見ると、金曜日がいいと書かれていた。
『金曜日ですね、了解です。また、今日と同じくらいの時間に、練習場に行きます』
 メールの返事はすぐに返ってきた。
『交通費は出すから、指定の駅まで来て欲しい』
 ということは、少し遠出になるのか。駅に向かうには家の横を通るから、着替えて荷物を置いて行きたい。だけど……。
『帰りの時間、遅くなりますよね?』
 授業が終わってすぐに家に帰ったとしても、駅にたどり着くのは十六時を過ぎるような気がする。駅から指定の駅がどこか分からないけど、早くて十六時半。そこから練習場に行ってスケッチを今日くらいの時間で済ませたとしても……家に帰り着くのは十八時を過ぎてしまう。
『門限とか、ある?』
 あると言えば、ある。だけど基本、そんなに遅くなることはない。
『遅くなると親に怒られます』
『そうだよな、分かった』
 それからぷっつりと友和からのメールが途絶えた。
 わたしは気にすることなく、宿題に取りかかった。すぐに終わり、友だちから借りていた漫画を取り出して、読む。絵が気になって、話に集中出来ない。デッサンが狂っていたりあり得ない動きにいらだちを覚える。半分ほど読んだところに、メールが来た。
『キャプテンに相談した。金曜日の件はなしで。その代わり、土曜日、朝から出かけよう』
 突然の友和の提案に、心臓がばくばく言い始める。それってある意味、デート?
『分かりました』
『朝、早いけど八時に駅で待ち合わせにしよう。交通費もお昼も気にしなくていいよ』
 お昼も一緒なんて、完全にデートじゃないの!
 土曜日はまだ先だというのに、わたしはすでにそわそわし始めてしまった。
 なにを着ていこう、伸びてきた髪もどうしようなんて気にし始めると、落ち着かない。
 そんな感じで土曜日を迎えた。

     **:**:**

 服は数日悩んで、結局、ジーンズに赤地に花柄の七分袖のチュニックというラフな格好にした。サッカーを見に行くのに、めかし込んでいったらおかしいと思ったから。練習場に来ている人たちを見て、かわいい服を着ている人たちは浮いて見えた。出来るだけ目立たない方がいいような気がしたから、普段、練習場に行くときとあまり変わらない服にした。

「お母さん、今日は帰りが夕方になると思う」
「あら、どこに行くの?」
「よくわかんない」

 実はどこに行くというのを知らされていない。お昼を食べるってことは、もしかしたら帰りが遅くなる可能性もあるわけで、幅を持たせて夕方と言っておいた方がいいような気がする。

「気をつけてね」
「はーい」

 それだけ返事をして、わたしは駅へと向かう。
 駅に着くと、すでに友和は来ていた。片手を軽く上げ、近寄ってくる。

「じゃあ、行こうか」

 すでに切符は買ってくれていたようで、手渡された。わたしはクロッキー帳を抱えて、友和の後ろについて行く。

「付き合ってるって言いながら、いっつも練習場で会うことしかしてなくてごめんな」

 ホームへの階段を上がりながら、友和はそう言ってきた。最近の友和はわたしに
「ごめん」
と謝ることばかりだ。

「気にしないでください。わたし、フィールドを走り回っている友和を見てるの、好きだから」

 偽りのない本心を告げたら、友和は苦笑した。

「ほんと、奏乃は絵を描くのが好きなんだな。おれよりももしかして、好き?」

 顔は笑っているのに目が笑ってない友和にちょっと驚く。

「……おれも小さい男だよな。絵に嫉妬するなんて」

 友和もすぐに気がついたらしく、弁解している。だけど、真剣に悩んでしまった。どちらがなくなったら辛いだろうって。
 そもそもが比べられる物ではない。ナンセンス過ぎる。

「どちらも大切ですよ」
「……否定しないんだ」
「だって、比べられないですよ。どっちも大切ですから」

 そう言ったら、友和は淋しそうに笑った。それを見て、きゅっと胸が締め付けられる。
 こういうとき、嘘でも友和が大切って言うべきだったのだろうか。だけどそれがたとえ友和を喜ばせる嘘であったとしても、わたしにはつけなかった。
 わたしたちは電車に揺られ、目的の駅にたどり着いた。思っていたより遠くて、夕方までに家に帰れるのかなと心配になる。

「遠くになって、ごめんな。駅からすぐの場所みたいだから」

 すでに時間は九時を過ぎていた。わたしたちは改札を通り、目的の練習場へと向かう。そこはすぐに分かった。

「おれも相手を偵察したいから、一緒に見に行くよ」

 またこの間のように一人で行くのならかなり心細いと思っていたけど、そうではないと知って安心した。
 ここの練習場は友和たちが借りているところよりも広くて、サッカーだけではなく、様々なスポーツができる場所のようだった。フィールドにはたくさんの人が準備運動がしていた。

「人数は百人以上いるらしい。かなりの強豪で、去年は優勝したチームだ」

 これだけ人がいれば、上手い人との差が激しそうだ。
 準備運動が終わると、広いフィールドにちりぢりになり、練習が始まった。シュートをひたすらやっているグループ、ドリブルをやっているグループ。ボールを左右の足で蹴って落とさないようにしているグループ。ヘディングだけをしているグループなんてのもある。

「やっぱり、基礎練習をすっごいしてるんだな」

 わたしたちはゆっくりとフィールドを見て回り、わたしは時々足を止めて、ささっと気になるところを描いていく。

「あ……」

 ぐるりと一周回り、元のシュートをしている場所に戻ってきてなにげなく視線を向けた先にいた人に思わず、目が奪われる。
 見た目はなんてことはない、どこにでもいるような黒い短髪の男性。だけどその動きは他の人たちとはまったく違って、無駄がない。ぼんやりしていたら見逃してしまいそうな最低限の動きだけして、シュートをしていく。

「ああ、あの人だ。キャプテンがよく見てこいって言ってた人だな」

 その言葉はよく分かる。見ようによってはなんだかめんどくさそうになにげなくボールを蹴っているんだけど、それは違う。無駄な動きがないからそう見えるのだ。
 わたしは夢中になって動きを描き写す。今まで見たことのない動きをする人だけど、基本のフォームはきっちり守っている。
 気がついたら、ホイッスルがなり、休憩を告げる。

「あ……すみません」

 夢中になって、友和がいることをすっかり忘れていた。

「気にしなくていいよ」

 わたしたちはゆっくりと移動して、練習場から出る。

「あれ? もういいんですか?」

 まだもう少し見るのかと思っていたのに、友和は駅に向かって歩き始めた。

「スケッチはちょっとした口実。おれたち、つきあい始めて一度もデートしたことがないだろう? ずっと申し訳ないと思っていて」

 その一言に、自分の頬が赤く染まったのを自覚した。耳まで熱い。

「じゃあ、行こうか」

 改めてデートなんて言われると、恥ずかしい。
 わたしたちは水族館に行き、そこでもさんざんスケッチをして、友和に少しだけ、呆れられてしまった。


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