『想いは言葉に乗せて』


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五*文化祭(後編)



     **:**:**

 それから文化祭に向けて、忙しくなってきた。
 自分の作品もあげなくてはいけなかったし、クラスでする催しも役割分担をさせられていたので、やらなくてはならなかった。
 作品はどうにかぎりぎりで間に合い、美術部員の人たちと一緒に指定されたところに飾りに行く。巡はクラスの準備で忙しいらしく、最近は美術部に顔を出してこない。

「えーっと、皆本くんの絵は……ああ、サイズがかなり大きいからここね」

 長谷川部長の指示の元、壁に貼られた方眼紙に鉛筆で印をつけながら作品を飾っていく。
 巡の作品を残して、全員の絵が飾られた。

「皆本くんのは自分でやるって言っていたから、ここだって分かりやすいように書いておきましょうか」

 部長はそういうと、鉛筆で
「皆本専用」
とでかでかと書いておいた。それがおかしくて、つい笑ってしまう。

「下瀬さん、皆本くんに会う予定は?」

 ここ数日、行きも帰りも会うことがない。普段から一緒に帰るという約束をしているわけではない。

「会わないと思いますけど」
「そう。ま、分かるでしょ」

 わたしたちはもう一度、展示された作品を遠くから見て、バランスを確認してから解散した。

 クラスに戻ると、明日の準備に教室内は慌ただしい空気を醸していた。
 わたしたちのクラスは自分たちの教室を使って、喫茶室をすることになっていた。最初はメイド喫茶にしよう、執事喫茶がいいと言っていたのだけど、予算の関係上、みんなが家からエプロンを持ち寄って普通にコーヒーと紅茶を出す喫茶店となったのだ。文化祭を見に来て、意外にお茶を飲む場所がないからそれはいいかもしれない、とわたしたちはやる気になっていた。
 教室を半分にして、喫茶スペースとバックヤードに分ける。仕切り板はないからどこからかカーテンを調達してきて、分ける。机を並べるだけだとつまらないからと家庭科室からテーブルクロスを借りてきて、それだけでは味気ないから飾りをつけようとなり、わたしはその係になっていた。だけどわたしが絵を展示している間にあっという間に教室内は飾り付けが終わっていたようで、すっかり別世界になっている。黒板には
「一年二組喫茶室」
と書かれている。

「下瀬さん」

 同じ準備係の子に声を掛けられた。

「明日の予定なんだけど……」
「いつでも空いてるよ」

 時間ごとにローテーションを組んで、給仕をすることになっていた。美術部の絵はあのまま展示しておいてだれかが見ておくということはしなくてもいいみたいだから、終日フリーだ。

「それじゃあ、この時間をお願いしていい?」

 ローテーション表は思ったより空いていて、鉛筆でこことここと指し示される。

「うん、いいよ」

 わたしは忘れないようにとポケットからメモ用紙を取り出し、時間を書く。

「ありがとう、助かるわ」

 その子はお礼を言うと、慌ただしく離れていった。そして別の子をつかまえて、聞いている。
 大変そうだなぁ、なんて人ごとのように見ていたら。

「お、下瀬。いいところにいた!」

 にやにやした顔の男子が数名、わたしの前に現れた。

「これ着て、これつけて給仕してくれよなっ!」

 家からそれぞれがエプロンを持ってくることと言われていたのに、渡されたのは……。

「なにこれ?」

 布きれを広げると、男子は見て分かることを口にする。

「エプロン」
「エプロンは分かるよ! こっちのことを聞いてるのよ!」
「カチューシャ」

 わたしは思わず、眉間にしわを寄せる。エプロンもどこから調達してきたのか、やたらにレースのついた白いもの。それに合わせるかのように、白いカチューシャ。

「どうしたのよ、これ」
「うちのねーちゃんから借りてきた」

 意味が分からない。

「だから、家からエプロンは持ってこなくていいからな!」

 というなり、わたしにエプロンを押しつけて、男子たちは去って行った。
 ……ちょっと待って。どうしてこんなにかわいらしいエプロンをつけないといけないわけ? もしかして、このエプロンのせいでローテーション表に名前が埋まってなかったの? なんだかはめられたような気がしたけど、返すにも返せなくて、わたしは仕方なく、かばんにしまう。
 これ以上、この場にいたらなんだかとんでもないことに巻き込まれそうで、早々に退散することにした。わたしは半ば、逃げるようにして学校を後にして、家に帰った。いつもだったら巡がついてくるのに、ここ数日、巡がいない。なんだか物足りなさを感じながら、家に帰った。

     **:**:**

 登校して、開会宣言が行われ、文化祭が始まった。
 わたしの当番はもう少し後だったので、気になっていた巡の絵を見に行くことにした。
 会場は体育館にあり、行くと人はほとんどいなかった。入口に受付があり、そこに何人か座っている。わたしは小さく会釈をして、中に入る。
 他のクラブの出品も気になったけど、巡の絵に直行することにした。
 入ってすぐの場所には生け花が飾られていて、そのブロックを抜けて角を曲がると美術部のゾーンだ。足早に向かい、角を曲がって──息が止まった。
 巡の絵が横長だということは知っていた。昨日、場所決めをした時も部長がメジャーで測って線を引いて確認をしていたから、ずいぶんと長い絵を描いたんだなと思っていた。
 昨日は空いていたところに、黒い背景に浮かび上がるような天女がいた。
 ああ、これはかぐや姫の一場面だ。
 かぐや姫が実は月に住んでいる者で罪を償うために地球にやってきて刑期が終わったので迎えが来て、月に帰って行くところだ。
 古典で習った竹取物語ではかぐや姫は牛車に乗って月に帰って行くと書いてあったような気がしたのだが、巡の絵は違っていた。
 左上に満月が描かれていて、それに向かってかぐや姫と思われる天女が飛んでいるのだが、視線は月を見てなくて、うつむいて地上をじっとにらんでいる。髪と着物をたなびかせ、そこから虹を放っている。かぐや姫の見ている先は夜だが、後ろは打って変わって、青空が広がっている。よく見ると、かぐや姫が羽織っている着物は青空と一体化していた。巡の絵は水彩画の特徴である透明感がよく出ていて、キレイだ。
 わたしにはない巡の不思議な発想に、しばらくの間、息をするのも忘れて見入っていた。

「やっぱり、一番に見に来たんだ」

 巡に声を掛けられ、驚いて飛び上がる。

「どうだ?」
「──びっくりした」
「実物より美人だろ?」

 そういって、巡はかぐや姫を指さす。

「これって」
「奏乃にモデルになってもらっただろう?」

 ああ、それで下を向いて視線は前を見ろって──。

「ちょっと待って。今、すっごく失礼なことを言わなかった?」
「失礼ではないだろ。事実だ」

 童顔なわたしがモデルとは思えないほど、かぐや姫は美人に描かれている。反論出来ない。
 わたしは無言でその場を離れた。巡は当たり前のようについてくる。
 ふと時計を見ると、一回目の喫茶室の時間だった。

「わたし、クラスの用事があるから!」

 巡にそれだけ告げると、四階の教室に駆け上がる。バックヤードに入り、自分の荷物を探し出してエプロンをつける。カチューシャをつけることに躊躇しつつそっと表をのぞき見ると、給仕している女の子全員がつけていた。お客さんもそこそこ入っていて、いいスタートを切っているようだ。カチューシャをつけて、思い切って表に出る。

「じゃあ、交代、よろしくね」

 戸惑いつつ、交代する。
 喫茶室とは言っても、裏でやることは大したことではない。最初は注文を受けたらコーヒー豆をひいて出そうと言っていたのだが、まず、それができる人が皆無だったこと、文化祭とはいえ、明らかな赤字は良くないということ、そして最大の問題は衛生面だった。それに、人によって味が違うのも問題で、最終的には業務用の希釈しないタイプのアイスコーヒーとアイスティを紙コップに注いで出すということに落ち着いた。それだけだと子どもが来たときに困るからと、りんごジュースも追加になった。なので、喫茶室といいつつ、メニューは三つ。注文を受けてバックヤードに通し、裏で紙コップに注いでわたしたちが出す、という流れになる。
 シロップとミルクとレモンはバックヤードで管理している。なので、わたしたちの仕事は楽なはずだったのだ。しかし……。
 わたしが交代で入った時は和やかな空気が流れていた。クラシック音楽が流れる中、お客さんたちはのんびりとくつろいでいたのだ。それがいつからか流れが変わってきて、妙に人が増えてきた。
 校舎の最上階である四階の中途半端な位置の喫茶室だから人はそんなに来ないだろうと思っていたのだ。それなのに、教室の外まで行列が出来るほどの混みようになってきた。
 バックヤードにしまいこんでいた椅子を持ち出し、出来るだけ多くの人に入ってもらえるようにしたのだが、それでも次から次へと人がひっきりなしに訪れる。
 笑顔がだんだんと引きつってくる。
 一時間のノルマをこなした後、ぐったりと疲れてしまっていた。

「思ったより出てるから、追加で買いだしに行かないとなくなっちゃうわね」

 なんて裏で話をしている。

「じゃあ、おれが行ってくる」
「うん、よろしくね」

 わたしが次に担当する時間は、文化祭が終わる一時間前。それまでにどこかで体力を回復しよう。
 エプロンを取り、かばんに詰め込んで美術室に避難することにした。

「あ、下瀬さん」

 バックヤードから出ようとしたら、声を掛けられた。

「人手が足りないから、手伝ってくれない?」

 あの人のすごさを知っているだけに、嫌だなんて言えない。

「お昼を食べたら戻ってくるで……いいかな?」

 少し休憩を入れないと、ばててしまう。

「あ、ほんと。助かった。それでいいよ。じゃあ、よろしくね」

 にっこりと微笑まれ、やっぱり嫌なんて言えない。
 ぐったりとしながら美術室へ向かい、少し時間は早いけど、端っこでお昼を広げて食べる。
 なんであんなに賑わっているのだろう、そんなことを思いながら、わたしはお昼ご飯を食べた。



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