◇ ◇
新井は目的地に着くまでわたしの中に何度も何度も熱い塊を放ち続けた。わたしの下半身は壊れてしまったかのように感覚がなくなった。
それでもどこかにたどり着き、裸のまま車から放り出され、無理やり歩かされた。
そしてどこかの部屋に押し込められ、そこでも新井の気が済むまで抱かれた。
どうしてよいのか分からず、なされるがままになっているしかなかった。
この人はいつまでこうして抱くのだろうか? されている行為よりも興味はそちらに向いていた。
そうとでも思わないと、今無理やりされている行為に耐えられそうになかったのだ。
いつまで経っても止まらない行為に半ば呆れ、ずきずきと痛む下半身が思考を奪っていく。
そしてようやく気がすんだと思ったら今度は新井はとんでもないことを要求してきた。
できない、と首を振ると無理やり口に突っ込んできた。いろんなにおいがして、吐きそうになった。新井の言われるがままに涙を流しながら行為を行う。
経験はなかったが知識はそれなりにあったので今までの行為がなにで今させられていることがなにかも分かったが、正直言って、こんな形で知りたくなかった。
新井はわたしの中にあんなに吐き出したというのに、口の中にも白い欲望を吐き出してきた。
気持ち悪くて吐き出そうとしたら新井は飲みこむように指示をしてくる。新井を睨みつけながら吐き気を覚えながら飲みこむ。
そこでようやく、新井は解放してくれた。
一刻もはやくべとべとになった身体を洗い流したくてシャワーを浴びたくて場所を聞く。
新井はぶっきらぼうに部屋の中のことを説明してくれた。
「おまえは私に買われたのだ。私の許可なくしてはここから出ることもなにかすることもできない」
シャワーに向かおうとしたら、新井に乱暴に腕を掴まれた。
「おまえは今の話を聞いていたのか?」
こくり、とうなずく。
「それなら勝手にシャワーに行こうとするな。きちんと許可を取ってからにしろ」
「そんな……!」
「口答えする元気がまだあるのか。……まだ身体に教え足りないと」
新井は乱暴に床の上に押し倒し、いきなり差し込んでくる。
応える元気もなく、なすがままになる。
新井は欲望を解き放ち、わたしを乱暴に起こしてそのままシャワーに連れてこられる。
そしてここでも立ったまま後ろから入れられる。頭からシャワーを浴びながら、後ろから犯される。心が壊れてしまえばどんなに楽なのだろう。
わたしはぼんやりとそう考えていた。
◇ ◇
新井は寝ても覚めてもわたしの側から離れることはなかった。ひどい時は食事の時もつながったままで取らされた。
これだけしていればいつか必ずこの男の子どもを身ごもることになるだろう。そう思うと……ぞっとした。こんな男の子どもなど、産みたくない。
うみとゆきと別れてからどれくらい経ったのか、すでに時間の感覚が分からなくなっていた。
この穢れた身体を壊したい衝動に幾度となく駆られた。しかし、常に新井がいるため、なにもすることができなかった。
月の物が来ていても新井は関係なくシーツを真っ赤に染めながら抱く。この男のどこにこんな物が隠されているのか……それが不思議でならなかった。
◇ ◇
そもそもわたしがこんな状況に陥ってしまったのには、父の事業の失敗が原因だった。
わたしの父・宇田川しんいちろうは代々続く貿易商の仕事をしていて、仕事柄、世界のあちこちに商売に行き、その先々で愛人を作り、子どもがいた。
わたしが知る限りでは二十人近い子どもがいるらしく、その養育費も大変だったがこの不況下で商売はうまく行っていなかったようだ。父は下半身は強いが頭の方が少し弱かったようで、義母に実権を奪われているような状態でもあったようだ。
世界のあちこちに子どもがいたが、父の手元にはわたしを含めて五人の子どもだけいた。
義母の実子で二十四歳になる長兄・『りく』はそんな父が嫌になり家出、二十二になる異母姉・『なぎ』は二年前にすでに結婚して家を出ていた。
二十になったばかりのわたし『そら』と母は一緒だが父の違う十八歳の弟『うみ』、そして『なぎ』ともまた母が違う十二歳の『ゆき』と父と義母の五人であの屋敷に暮らしていた。
そしてわたしは、そんな父の借金のかたに身を売られたのだ。
父がきちんと下半身を引き締め、商売に精を出していれば……わたしはこんな状況下にいなかったのだ。
しかし、父を恨むことはできなかった。あんな父でも、わたしたち子どもにはとても優しかったのだ。
恨みの気持ちがまったくないわけではなかったが、あの父もさみしかったのだ。
義母との冷めた関係も知っていたし、父のゆるい下半身をいさめない義母も悪いのだ。父が母と会っていなければわたしは今、こうして息をしていないのだ。そこは感謝するべきかどうかは難しいところだが、あまり考えすぎるとよくないことに気がつき、考えるのをやめた。
◇ ◇
新井は部屋にこもり、寝ても覚めてもわたしを抱いた。
この人がなんの仕事をしているのか知らなかったが、人間とは思えないその元気なさまにこちらが死んでしまいそうだった。
ここに来て二回目の月の物が来た日、新井は冷たい視線を向けた。
「そういえば、おまえには白い髪をした珍しい妹がいたよな」
舌なめずりしそうな表情で見下ろしている。
「あの娘もさぞかし美味しいんだろうな……」
赤い唇をちろり、となめている。こいつは……やばい。
妹を守らなくては。そう思うと新井に無我夢中ですがりつき、彼が喜ぶことを奉仕する。
「そうだ。そうやって私を飽きさせるな」
新井は苦しそうに行為を受けている。彼のいきり立ったものを上から腰を落とし、うずめる。彼の身体に慣らされてしまったわたしは、それだけで息が上がる。彼の上で腰を振り、いかに早くいかせるか、を身体で考える。
彼の息が上がり、切ない表情を向ける。同時に頂上に上り詰めるように自分の身体を調整してこすりつける。
新井はわたしの中に欲望を解き放ち、それと同時にわたしも上り詰める。しかし、間髪いれずにその余韻を残しながらもまた腰を振る。彼はそうすることで喜ぶのだ。
余韻を楽しむ間もないまま、何度も何度も彼を喜ばせる。
妹には髪の毛一本さえも触れさせない。
強い決意を持って、新井に抱かれる。飽きたなんて言わせない。言われるがままに抱かれる。
今のところ、新井がわたしに飽きている様子はない。そればかりか、ますますわたしに溺れているようだ。
月の物が止まると妹に悪の手が伸びるからそれだけはないように祈りながら。
◇ ◇
ここに来て何度目の月の物だろう。重い腰をさすりながら夜中に目が覚めた。隣ではすやすやと安心しきった表情で眠っている新井がいる。
この屋敷に来て、服が与えられていなかった。仮に与えられていたとしても、着る間がほぼなかった。それほどにずっと新井にもてあそばれていた。
そして、与えられた服はどれも洋服としての役割を果たさないような透けた布でできた卑猥なデザインのものばかりだった。
それを羽織り、トイレへと向かった。
当初はこのトイレに行く、という行為さえ許可を得なければならなかったのだが、今では許可がなくても行けるようになっていた。音を立てないようにそっとトイレに向かい、用を済ます。閉塞的な空間で大きくため息をつき、部屋に戻ろうとドアノブを握り、開いた。
視界に、黄色い光があふれる。
眩しくて顔に手をあて、瞳を細める。
「お待ちしておりましたよ、宇田川そらさん」
聞き覚えのないテノールの声がいきなり耳を打つ。警戒して後ずさるがなぜかそこには先ほどまでなかったはずの冷たいコンクリートの壁が当たり前のようにあった。
「お入りなさい」
男の命令口調に仕方がなく足を踏み出し中に入る。
こつこつ、と足音をさせ、暗闇の中から人が現れた。
少し長めの黒い髪、長いまつげに彩られた切れ長の瞳は茶色く、黒ぶち眼鏡が知的に見せている。少し神経質そうな細くて長い指で、顔にかかった髪をかきあげた。
「だれ……あなたは?」
「僕は羽深(はぶか)しぐれ。時雨堂(しぐれどう)の店主です」
その言葉にかぶるようなタイミングでちりん、と涼しい鈴の音が聞こえる。
「おや、今日は許可が出るのが早いですね。あぁ……闇が近すぎて怖がっているのですね」
羽深と名乗った男はもう一度神経質そうな細くて長い指で前髪をかきあげ、そのまま滑るように懐に手を入れた。そして、手には白い札が握られていた。
「あなたに、この白い札を差し上げます。いいですか、これはご自分にしか使えないものですよ。間違っても……妹さんに使おう、だなんて思わないことです」
「な……に?」
羽深は暗い笑顔でわたしを見て、左手を握るとその白い札を押し付けてきた。
「いやっ!」
わたしは羽深の手を振り払ったが、すでに遅かったようだ。左手のひらには白い札が張り付いていた。
「いいですか、その白い札は……現実世界に嫌気がさした時、使うのですよ。枕の下に入れて眠れば……くくく。あなたを理想の世界にいざなってくれますよ」
羽深は楽しそうに笑っている。
「いいですか。あなたの大切な妹さんに……使ってはだめですよ?」
羽深は念を押すようにそう言ってくる。それはまるで……むしろそう使え、と言っているようなものではないか。
「これを使ったら……わたしはどうなるのですか?」
疑問に思ったことを口にする。
「知りたいですか?」
羽深は面白そうに茶色の瞳を細め、見つめる。素直にこくり、とうなずく。
「それはお教えすることはできません」
羽深はくすくすと楽しそうに笑っている。その笑い声にカーッと頭に血が上り、気がついたら羽深を組み敷いていた。
「おや、今回の方はずいぶんと積極的ですね」
わたしの下にいながらも羽深は余裕そうな笑みを浮かべている。
ちりん
先ほども鳴った鈴が再度鳴る。
「分かりましたよ。せっかくこれから楽しめると思ったのですが。残念です、宇田川そらさん」
羽深は言葉通りに少し残念そうな表情をして少し反動をつけて上半身を起こす。そして上に乗っているわたしに触れることなくすり抜けるようにして立ちあがった。
「あなたもそこにいつまでも座っていないで。ほら、立ち上がりなさい」
わたしは床に座り込んでしまっていた。しぶしぶ立ち上がり、羽深を睨みつける。
「この札を使ったらどうなるのか、さあ、教えなさい」
羽深は困ったように眼鏡のフレームを神経質そうな細い指でつまみ上げ、大きく息を吐く。
「あなたには本当にその白い札は必要なさそうですね」
現実から逃げたところでなにひとつ変わらないのだ。逃げたところで、ゆきが今度は犠牲になるだけ。そんなこと、許されるわけがないのだ。
「ねぇ、あなた、わたしの今現在置かれている状況、知っているんでしょう?」
羽深はうっすらと笑みを浮かべている。この顔は……知っている。わたしと新井のあのただれた日々を知っているのだ。
今更ながら自分の恰好を思い出し、羞恥で顔が赤くなるのが分かった。羽深から身体を隠すように身体を抱く。
「あの人も本当に趣味が悪い」
羽深は笑顔だったが、眼鏡の奥の瞳は笑っていなかった。
「その札は……現実世界のあなたの身体を深い眠りにつかせるのです」
「その間、わたしはどうなるの?」
「夢の世界で、あなたは……理想の人生を送ることができるのです」
それでは──この札を。
「あなたの考えていることは分かっています。その札を新井に使おう、と思っているのでしょう? やめておきなさい、あの男にはその札は使えない」
考えを見透かされ、ぎくり、と身体がこわばる。札を使って深い眠りにつかせた隙に逃げようと思っていたのに。
「たとえあの男に使えたとしても、逃げることは無駄ですよ」
わたしの心を見透かすような瞳で羽深は見つめている。
「あの男にその札を使うと、あなたはきっと、一生後悔することになる」
「どういう……意味?」
羽深の発言の意図がまったく分からず、わたしは一歩前に足を踏み出す。
「さて、そちらの扉からお帰りいただきましょう」
羽深はわたしの横をすり抜け、扉を開ける。そして強引にその扉の中に押し込められた。
開かれた扉から漏れる黄色い光にわたしは飲みこまれ……すべてが黄色い光につつみこまれた。
わたしは眩しくて、両手で顔を覆い、光の洪水から身を守った。