【そら】01


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「ここを開けるんだ! この家はすでに差し押さえられているんだ。おとなしく出てこい!」

 わたしは十八になる弟のうみと末っ子で十二の妹のゆきと抱き合い、自室のベッドの上で震えていた。下の階の玄関で、借金取りがいつものように扉を叩いている。外から分からないようにうっすらとカーテンを開け、外の様子を見た。
 屋敷の閉まっているはずの門がすーっと開き、見たことのない鮮やかなブルーの車が滑るように入ってきた。遠目からも見てとれるエンブレムを見て、眉をひそめた。借金取りの親玉が出てきたのだろう。
 小さくため息をつき、カーテンを閉じた。
 電気をつけていない部屋は、昼間なのに薄暗い。明かりをつけるわけにもいかず、うみとゆきを抱きしめる。

「そら姉」

 わたしと同じ伽羅色の髪を短く刈り込んでいる『うみ』は紺碧のような澄んだ瞳をこちらに向け、不安そうな表情を向ける。末っ子の『ゆき』は名前の通り、透き通るような白い肌に白い髪をしていて、瞳はザクロのような美しい紅い瞳をしている。

「このままここにいても……」

 うみの言葉にうなずく。

「それは分かっているわ。だけど……父さんと義母さんが戻ってくるまでは」

 ゆきは下で扉をたたく音と吐き出される汚い言葉に震えている。

「ゆき、大丈夫よ。心配しないで、ね」

 不安な面持ちのゆきを抱きしめる。
 ゆきはまだ小学生。なんでこんなことになっているのか、なにが起こっているのか分かっていないはず。だけどなにか恐ろしいことが起こっていることだけは分かっている。
 そっと耳をすませていると、扉をたたく音と怒声の隙間をぬって聞き覚えのあるエンジン音が聞こえてきた。どうやら父と義母が帰ってきたようだ。わたしは少し表情を明るくし、ふたりにそのことを告げる。
 玄関で借金取りともみ合っている声が聞こえてきたが、わたしは一刻も早く父と義母の顔が見たくて、下の階の応接室にうみとゆきを連れて降りる。
 わたしたちが応接室で待っていると、ほどなくして疲れ切った表情の父と義母が戻ってきた。

「お帰りなさい」

 父は少し表情を緩め、わたしたち三人を見る。義母は父の後ろに立ち、わたしたちをあからさまに侮蔑のこもった瞳で見つめている。まるで、こんな状況に陥った原因がわたしたちにあるかのように。

「すまない」

 父はそう一言言い、ぐったりとソファに身体を預ける。そして両手をきつく握り、額に乗せる。
 その姿は、なにかに向けて懺悔しているように見えた。父の様子を義母は冷めた瞳で見つめている。
 こんこん、と応接室の扉を叩く音がした。

「お入りになってください」

 義母は急に猫なで声で応接室の外にそう言い、自らが扉を開く。扉の向こうには恰幅が良く、かなり脂ぎったはげ頭の男が立っていた。少し動くだけでも汗が噴き出るらしく、額の汗をハンカチで拭きながら男は入室してくる。着ているスーツは仕立てがよいのは分かるが、男の汗でぐっしょりと湿っぽそうだ。

「ほう、これはこれは……」

 入室してきた男はわたしたち三人を細い瞳をますます細くしてなめるように視線を這わしてくる。そして、わたしに視線を止めた。

「その珍しい色の髪のお嬢さんひとりでいいよ」

 父と義母の瞳に複雑な色が浮かぶ。父の瞳には安堵と後悔と悔しさと、義母の瞳には安堵と歓喜の色が見てとれた。

「そら、こちらに来なさい」

 父に呼ばれ、わたしはうみとゆきをふたり残し、父の元へと行く。

「おまえは、この人に買われたのだよ」
「父さん、買われたってどういうことだよっ!?」

 うみが驚いたように父に突っかかる。

「言葉のままだよ。借金を帳消しにしてくれるばかりか、運用資金も提供してくれると津久井さんは言ってくれた。そのお金でそらは買われたのだよ」

 その金額がどれだけのものかはわたしには分からない。そして金額がわたしひとり、という人間に対して安いのか高いのか──分かるわけなかった。

「それってようするに、人身売買──」

 うみの言葉に父はぱしっ、と鋭い音を立て、頬を殴る。その音に父もうみも、そしてわたしたちもはっとしてふたりを見る。
 温厚な父がまさかうみを叩くとは思ってもいなかった。
 その場の空気が凍ったかのような緊張感が漂っていた。
 しかし、その緊張感を破ったのは、わたしを買ったという津久井ののんきな声だった。

「そう言うわけで、そこの──」

 ぶよぶよな指にごつごつとした大きな宝石が光る指輪をいくつもした短い指をわたしに向ける。

「津久井さま、そらでございます」

 義母の猫なで声にわたしは吐き気を覚えた。……気持ちが悪い。この人は、いつもこうだ。自分より
「上」
と認めた人間には、こうして猫なで声で近寄り、ご機嫌を伺うのだ。わたしやうみ、ゆきなんて人間と思ってない癖に……。

「そらか。オレとともに来い」

 津久井に来るように促されたが、わたしの足はその場に縫い付けられたかのように動くことができないでいた。そんなわたしを見かねた義母は小さく舌打ちをしてぐいぐいと背中を押し、津久井の目の前まで連れてこられた。

「どうぞ、こんなのでよければ連れて行ってください」

 わたしが見たことのない笑顔で義母はにこにこと津久井を見ている。津久井は黄色く濁った眼で義母をにらみ、ごつごつの指輪がはまった手で乱暴に義母の身体を押し、わたしの腕を引っ張り腰を抱く。嫌悪を感じたが、わたしは極力その気持ちを表に出さないようにつとめる。予想通り、津久井の着ているスーツは汗でじっとりとしていて、さわるとぐちょり、と音がしそうなほど湿っていた。むわっと津久井からなんとも言えないにおいが漂ってくる。わたしはできるだけ息をするときににおいを吸いこまないように気をつけながら呼吸をした。
 わたしが買われることでうみとゆきが救われるのなら……我慢すればいいだけの話だ。

「そら姉!」

 うみの切ない叫びが聞こえるが、わたしは振り返らない。振り返ったら……泣いてしまいそうだった。ゆきは先ほどからショックで一言も言葉を発していない。もしかしたらこのまま声が出なくなる可能性があるかもしれない。あの子は、それほどまでに繊細で神経質な子なのだ。それだけが心配だった。だけど、一番仲の良いうみがいるから、ゆきは大丈夫よね?

「そら……すまない」

 応接室を出るとき、父の囁くようなつぶやきがわたしの耳を打った。

     ◇   ◇

 気持ちだけふたりを気にしながら、わたしは半ば津久井に引きずられるようにして玄関にたどり着き、先ほど窓越しに見えた鮮やかなブルーの車の後部座席に押し込まれるようにして入れられる。津久井は大きな身体を無理やりドアに押し込み、続いて入ってくる。
 そして運転席に座っている男に車を出すように指示を出す。運転席に座っている男は無言でうなずき、ゆっくりと車を出す。

「ふふふ、久しぶりの上玉だね」

 津久井はわたしをなめるように上から下まで見て、懐から取り出したナイフで着ている服を切り裂いていく。

「やめてください!」

 わたしは抵抗するが、それが無意味なことを知っている。だけどこうしないことにはいくら買われた身とはいえ、我慢するのは無理というものだ。

「おまえは自分の立場が分かってないな。オレに買われたんだ。オレの好きにしていいんだ」

 津久井は舌なめずりをしてわたしの服をナイフで切り裂く作業を続ける。
 左手でわたしのブラウスをつかみ、慣れた手つきで下から上へと切り裂いていく。
 前を開けられ、下に来ているキャミソールにも手をかけられ、わざと少しずつ切り裂いていく。津久井はわたしの反応を見て楽しんでいるようだ。わたしはできるだけ表情を出さないように冷たい視線で津久井を見つめる。

「ふふふ、そんな瞳で見られたら、ぞくぞくするね……」

 はあはあと鼻息荒く、津久井はナイフで服を切り裂いていく。わたしの着ていたキャミソールは見る影もなくぼろぼろに切り裂かれ、ブラジャーが所在なさげに見えている。
 津久井はブラジャーの肩ひもに手をかけ、ナイフでぴん、と断ち切る。反対の肩ひもも同じように断ち切る。そして、胸の谷間にあるブラジャーの間にナイフをかけ、力を込めて切り裂く。音もなくわたしの胸を隠していたブラジャーは外れ、肌があらわになる。
 さすがにわたしは怖くなり、なにひとつ覆い隠すものがなくなった胸を腕で隠しながら後ずさる。
 津久井はその様子を見て、楽しそうにナイフをしまい、舌なめずりしながらわたしに迫ってくる。

「そうそう、そうやって逃げてくれないと……ね」

 にやにやしながら津久井はわたしに迫ってくる。狭い車内だから、すぐにわたしの後ろに扉がぶつかる。
 本当ならここでこのドアを開けて外に飛び出て逃げたいところだが……それをすると、うみとゆきが困る。あのふたりにこんな思い、させたくない。
 わたしひとりが我慢することで助かるのなら、いくらでも我慢しよう。
 ぜえぜえと肩で息をしながら津久井は迫ってくる。胸を隠している腕を掴まれ、津久井の前にあらわになる。目の色が変わった……ような気がした。そしていきなり胸にしゃぶりつき、吸いつく。
 気持ちが悪い……!
 べとべとの頬を胸に押し当てられ、思ったよりも冷たい舌でわたしの身体がなめまわされる。胸の先を口に含まれ、転がすようにべろべろとなめている。わたしは力いっぱい抵抗したが、津久井はそんなのお構いなしに荒い息の下、まるで飴をなめるかのようにわたしの胸をなめている。
 初めての感触にわたしは気が遠くなる。ああ、このまま気絶した方がわたしは幸せなのかもしれない。と思うものの、人間、そう簡単には意識を失うようにできていないらしい。

「ぐふっ、服を着ているときは分からなかったけど、思ったより胸があるな。ぐふぐふ、柔らかいし、ぐふ、なかなか美味しい」

 津久井は喜んでいるようだ。気持ち悪さに抵抗するが、津久井はなにか勘違いしているようで歓喜の声をあげてやめようとしない。そればかりか両手を使ってわたしの腕の自由を奪っていたのを片手に直して空いた手で胸をもみ始めてしまった。
 ぶよぶよの手だがごつごつした指輪がたくさんはまっているせいもあり、そして乱暴に扱うものだから痛い。あまりの痛さにわたしは顔をゆがめる。
 津久井はますます勘違いしてわたしの胸の先をつまみ、指先でもてあそぶ。痛い。津久井はしつこいくらいわたしの胸で遊んでいた。
 車が静かに止まり、運転手が遠慮がちに屋敷に着いたことを告げる。津久井は濁った目で運転手を見て、ドアを開けるように促す。
 わたしの腕は津久井に繋がれたまま、上半身はぼろぼろのブラウスを引っかけたままの恰好で車の外に連れ出され、そのまま屋敷に連れて行かれた。

 メイドがわたしのあまりのひどい恰好に眉をひそめながら玄関を開けてくれる。そしてそのまま中に入ろうとしたところ、目の前に見知らぬ男が立っていた。
 栗色の癖のある髪に赤い唇。茶色の瞳の奥には闇を隠し持っているかのような底が見えない暗闇を抱えている男。

「おや、これは新井さま。わざわざこちらまでご足労いただかなくてもご連絡いただければ伺いましたのに」

 津久井の声が義母と同じような猫なで声に変わる。

「あなたがなかなかいいものを仕入れた、とうかがいましてね。一時も早く見たくて……おや、それがそうですか?」

 新井と呼ばれた男は暗闇を抱えた茶色の瞳を向ける。ぞくり、と鳥肌が立つ。

「僕がそれを買いましょう」

 新井はにやり、と笑いかける。背筋が凍る笑み、というのはこういうのを言うのか。無駄な抵抗であると分かっていながらいやいや、と首を振る。

「いくら新井さんでも、買ってきたばかりのこの商品をお売りすることは……できませんね」

 津久井はまるで買ってきたばかりのおもちゃを横取りされそうな口調で拒否をする。

「あなたの手あかがまだあまりついていない段階で……僕はそれがほしいのですよ。一目で気に入りました。そうですね、あなたの言い値の一割増しで買い取りましょう」

 新井の言葉に津久井の瞳がきらり、と光る。

「それでは……」

 そう提示した金額は、たぶんわたしを買い取った倍以上の金額。新井もそれを知りながら大きくうなずき、スーツの内ポケットから小切手を取り出し提示された金額の一割増しの数字を書いて津久井に向かって宙に放つ。
 津久井はその小切手を受け取るために今までずっと掴んでいたわたしの両手を乱暴に離し、ひらひらと舞う小切手を追いかける。その隙に新井は嫌な笑みをわたしに向け、かろうじてかかっていた切り裂かれたブラウスを乱暴にはぎとり、抱き寄せる。
 わたしの手を後ろ手に縛って抱きすくめるとその赤い唇の口角をあげ、唇をふさぐ。冷たい唇の感触にわたしは身じろぎする。ただただ、気持ちが悪い。
 新井は乱暴に唇を離すと満足そうな表情でわたしの瞳を覗き込み、そのまま抱きかかえるかのようにして入ってきたばかりの玄関を出る。
 津久井に乗せられた車とは違うが同じ車種の後部座席にやはり押し込められ、新井も同じように乗り込む。そしてドアが閉まるか閉まらないかというのに乱暴にわたしの履いているスカートと下着を脱がせる。
 それと同時に車が動きだしてしまった。そしていきなりわたしの下半身に顔をうずめる。

「いやっ! やめてっ!」

 わたしは羞恥と初めての感覚に身をよじる。

「その年にもなって……まだ処女なのか」

 股の間からうれしそうな新井のくぐもった声が聞こえてくる。わたしは必死になって足を閉じようとするが、両ひざを手で押さえられ、閉じることができない。
 気持ちが悪いのに、心も拒否しているというのに、新井の冷たい唇から与えられる甘いしびれに耐えられなくてわたしは唇をかむ。

「気持ちがいいのなら気持ちがいいと素直に言えよ」

 恥ずかしさと屈辱にわたしの顔は赤くなる。絶対にそんなこと……言うわけがない。
 わたしは必死に新井の頭をはずそうとするが腕に力を入れる度に甘いしびれを与えられ、力を奪われる。
 そしてわたしの股に今まで感じたことのない痛みを感じる。

「っ!」

 ぐにぐにとわたしの中でなにかが暴れている感覚が、する。
 そしてそのなにかはいきなり引き抜かれ、新井の顔がわたしの股から離れた。と思っていたら、おもむろにベルトをはずし、履いているものを脱ぎ棄てる。
 目の前にはじめて見るものを見せつけ、新井はわたしの下半身にそれを押し当て、一気にそれを差し込んできた。

「!」

 脳天をかち割られたような、身体を縦真っ二つに引き裂かれたような痛みを感じる。

「くっ……。まだ……早かったか」

 新井は少し荒い息の下そういうと、いきなりわたしの腰をつかみ、わたしにつきさしたものを乱暴に抜き差しし始めた。新井が動く度にわたしの身体は引き裂かれそうになる。
 狭い車内に新井の息遣いだけが聞こえてくる。そして、苦しそうな表情をして、新井はわたしの中になにかを解き放った。