【まこと】~現実世界~(後編)


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 ボクはますます、オンラインゲームにのめりこんだ。ようやくレベルも上がった。ギルドの人たちも祝福してくれた。
『マコト、素敵』
 カレンちゃんもそう言ってくれた。ボクはうれしくて、もっと上を目指そうと思った。
『みんな、聞いてほしいんだ』
 このギルド、昼も夜もいつでも人がいるけれど、やはり夜の方が人数が多い。ほぼ全員がそろっているのを確認して、ボクは思っていたことをギルドメンバーに告げた。
『俺たちのレベルも上がってきた。装備もだいぶ整ってきた』
 ボクの言葉にギルドのメンバーも同意してくれる。この様子だと、ボクの決意も受け入れられるような気がした。思い切って発言した。
『俺はもっと上を目指したい』
 ボクの言葉に、チャットはしーんと止まる。少し緊張しつつ、
『城取りをしようと思うんだ』
 ボクの発言に、さーっと引いていく音がした、ような気がした。
 なんだ? ボクは……なにか言ってはいけないことを言ったのか?
『自分たちの実力を試したいと思わないのか?』
 ボクの言葉にいつもお調子者のアレンが発言する。
『オレ、おまえは戦争は絶対にしないと思ったから……このギルドに入ったんだ』
 アレンは絶対に賛成してくれると思っていたから……。ボクは目の前が真っ暗になった。
『戦争するのなら、ギルドやめるわ』
 その言葉をきっかけに、ギルドの半分のメンバーが離脱してしまった。そのシステムメッセージを見て……茫然とした。
 嘘だろう。上を目指すには……城をとらないと……。
 このゲームには普通に狩りをしてキャラクターを育てて行く、というのも大きな目的でもあるのだが、オンラインゲームの醍醐味の対戦というのもあった。
 この世界の中にはいくつかお城があって、城主になることができる。しかし、その城も数に限りがある。城主になるのは、城主になりたい人同士が争い、勝ったものが城主になる。城主になるのにも条件があり、ギルド長でなくてはなれない。ボクはこのゲームを始めた当初から城主になりたいとは思っていた。しかし、初めてすぐのころは、とてもではないけれど城主になれるほど強くもなく、経済的にも厳しかった。
 ボクは気の合う仲間を集めてギルドを作って狩りを楽しもうと心に決めていた。そうすることで、当初の目的である『城主になる』はあきらめられるかと……思っていた。
 だけど。ボクは強くなり、人望も厚く、この世界では名前が売れてきた。このままギルド長で終わることに……ボクは不満を抱いた。
 ボクは強い。そしてみんなの助けがあれば、城を取ることができる。そう確信して、みんなに告げたのに。こんなに簡単にみんな離脱してしまうものなのか?
『マコト、アタシはどこまでもついていくよ』
 止まっていたチャットに、そう発言があった。名前を見たら、カレンちゃんだった。
 やっぱりボクのカレンちゃんだ。ボクの下半身に血液が集まるのを感じた。
 股間に手を持っていきたい衝動に駆られつつ、ボクは右手でマウスを握り、発言した。
『カレンちゃん、ありがとう』
 残っていた人たちは、ボクの城取りを支持すると言ってくれた。
『ありがとう、みんな』
 うれしくて少し涙が出た。画面が涙で少し見にくかった。
 そして、残っているみんなで狩りに出かけた。
 ボクは城取りのために準備を始めた。城主ギルドのことも調べた。そして、ボクたちでも奪えそうな城を見つけて、戦争を仕掛けることにした。
 人数はボクたちの方が圧倒的に少なかったけれど、少数精鋭だ。ボクたちは意を決して、城を攻めることにした。
 卑怯とののしられてもいい、ボクたちは人数的に不利なのもあったので奇襲をかけることにした。
 城を取って二週間はどこからも攻められることはない、というシステムになっていた。
 最近では城取りもあまり活発に行われていないのも知っていたので、その期間が終わった瞬間に攻撃をかけることにした。
 もちろん、向こうも攻められる危険があるのは分かっているだろうからそれなりに準備はしているだろうけれど、守備期間が終わった瞬間に布告して攻めることにした。まさかその瞬間に攻撃を受けるとは向こうも思っていないだろう。そして、その守備期間が終了する時間、その城主ギルドの人数が少ないのもボクは知っていた。
 ボクたちは城の近くに待機した。守備期間終了一分前にボクたちは城の前に移動した。手元の時計を見て、秒針を見つめる。ボクはカウントダウンを行った。

『3』

『2』

『1』

『0』

 0になった瞬間、ボクは布告する。
 システムメッセージに
『城主争奪戦、開始!』
 と出る。
 その文字に興奮した。
『行くぞ!』
 ボクの掛け声にギルドのみんなは『おー!』と雄叫びをあげる。
 城の中の様子はわからないけれど、気配がない。もしかしたらだれもいないのかもしれない。
 城門もあっさり敗れた。中に入る。城内の地図は入手していたので、どこになにがあるかわかっている。
 やはり、だれもいないようだ。ボクはまっすぐに城の中心部に向かう。中心部にある宝玉を奪うと城主になれる。
 中心部に行きつく。

「!」

 宝玉が置かれている宝玉の間の前に、城主連中がいた。
『奇襲とは汚いな』
『ふん、覚悟しろ!』
 ボクはそう発言して、城主にきりかかる。城主連中は城主を護衛している。
 ボクのギルドのメンバーはボクを護衛しつつ、城主連中に攻撃をかける。
 向こうにはどうやらヒーラーはいないようだ。しかし、ダメージが痛い魔法使いが多数いるようだ。
 あらかじめわかっていたので、ギルドのメンバーは魔法使いを先に倒していく。
 ボクは準備していた体力回復剤をおしみなく使い、城主に攻撃を仕掛ける。ギルドメンバーもよく頑張ってくれていて、残すところ城主のみとなった。渾身の一撃を込めて武器を振りおろした。城主は音もなく地面に横たわる。

「やった……」

 思わず、つぶやいていた。
 扉を開けて、宝玉を手にしようとしたその時。
 どがどがどがっ!
 とボクの背中に大量の矢が刺さった。そして、無情にも……ボクは地面に転がっていた。なにが起こったのか、さっぱりわからなかった。
 視点を変えて、後ろを見る。そこには……このギルドの弓兵隊が全員そろっていた。

「な、なんで……?」

 今日はいないと聞いていたのに。
『撤退しろ!』
 こいつらが出てきたら、もう勝ち目がない。今日はあきらめるしかないようだ。撤退指示を出し、ボクも泣く泣く街へ戻る。
『後もうちょっとだったのに!』
 ギルドメンバーが悔しそうにそう発言する。
『次がある。今度、頑張ろう』
 ボクは次のターゲットを決めた。
『二十時間後に守備期間が終わる城がある。次はそこを狙おう』
 ボクの発言にみんなうなずく。
『今日はお疲れさま。次に備えてみんな休んで』
 ギルドメンバーは次々とログアウトしていく。ため息をついてみんながいなくなったのを確認して、ログアウトした。


 こうして次々と城を攻めて行った。
 最初はうまくいき、宝玉を手にできそうな瞬間になってどっと城主側が攻めてくるという状態が続いた。
 おかしい。どう考えても内通者がいるとしか思えない。
 ギルドメンバーを疑いたくなかったけれど……こうも続くと疑ってしまう。
 どんどん目減りしていくボクの資金。城が手に入れば回収できると思っていたからおしみなく使っていたけれど……。
『今日、城が取れなかったら、もう城取りはやめよう』
 疲弊していくみんなにも申し訳が立たない。ボクの発言にみんな無言だ。
『今日こそ行くぞ!』
『おお!』
 いつものように守備期間が終わった瞬間に布告して、攻める。
 いつものようにスムーズに進む。宝玉の間の前に、いつものように城主がいる。ボクは、いつもと違う指示を出した。
『魔法使い排除部隊、撤退して』
『なんで!?』
『いいから撤退して後ろに待機。後から来る部隊に備えて。入ってきたら排除に徹して』
 ボクの不可解な指示に魔法部隊排除部隊は撤退する。
『ヒーラー部隊は回復に専念して』
『どういうこと?』
『いいから指示に従って』
 いつものように城主に攻撃を仕掛ける。なにか秘策があるわけではない。
 城主部隊は当たり前だけどボクに攻撃を集中してくる。体力回復剤とヒーラーの体力回復を受けながら城主だけを攻撃する。
 ぎりぎりのところで城主を倒すことができた。しかし、城主側は攻撃の手を緩めてくれない。それでも宝玉の間の扉を開き、中に入る。
『俺以外、全員撤退して』
 ボクの意味不明な指示に、動揺が走る。

『どういうこと?』

『こちら、意味不明な撤退指示が入りました』

 その発言に、チャットが止まる。発言者の名前を見ると……。

「カ……カレンちゃん?」

 まさかの名前を見て、ボクの時は止まる。目の前が真っ暗になった。
 今日のこの意味不明な指示でもしかしたら内通者がわかるかもしれないと思っていたけれど……。
 まさか……。

『オレ、しくじった』

 またもや本来発せられる場所ではないところに、カレンちゃんの発言が見えた。
 オレ……?
 目の前にいたカレンちゃんの姿がふっと消えた。ギルドメンバー一覧を見ると、カレンちゃんはINしていない状態になっていた。
 逃げた。
 茫然としていたボクに城主側は容赦なく攻撃してくる。そして、気がついたら……地面に転がっていた。
『撤退!』
 ギルドメンバーは次々と街に帰還した。ボクも街に戻った。

   ◇   ◇

『マコト、話があるんだ』
 ギルドのだれからともなくそう発言された。
『おれたち、マコトについていこうと思ってた』
 ボクは続く言葉が予想できた。
『でももう……限界だ』
 そして次々とギルドメンバーは離脱していく。
 画面がにじんで見えた。今日で……終わりだったんだ。城取りはもうやらない、ってみんなに告げたじゃないか。
 ギルドメンバーは、ボクとカレンちゃんを残して……全員いなくなってしまった。城取りから撤退するタイミングが遅かった……というのか?
 そして……一番信頼していたカレンちゃんが……内通者だったなんて。
 ボクは茫然自失として、ログアウトした。
 そして、普段はあまり見ることのないこのゲームの裏掲示板を見に行った。そこには……ボクの悪口がたくさん書かれていた。
『女キャラだと甘いマコト』
『やつの指示は支離滅裂』
『このゲームやってるリアル女なんているわけないだろう』
『股間のスティック握った手でマウス触ってるんだぜ、マコト』
 とにかく散々なことが書かれていた。
 ……一部あたっていたのが余計に癪に障った。なんだよ、悪いかよ!?
『カレンちゃんにお熱なマコト。中身男なのにな』
 ボクはその書きこみに、凍った。
『ニートだからな』
『一緒のギルドにいるだけで臭ってきそうだ』
 ボクは耐えられなくなって、ブラウザを閉じてパソコンの電源を落とした。
 信じていた人たちの裏切り……。ボクにはゲームしかないのに。ゲームにさえも居場所はないのか。
 ボクはふと、左手の白い札を見た。