『眠り王子─スウィーツ帝国の逆襲─』


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《第三話・どちらを選ぶ?編》六*二人が離れていくのは嫌っ!





 琳子はがくりと項垂れた。

「ここ、ようやく見つけたのに……」
「さっきの電話、なんて?」

 悠太は琳子が話していた内容でなんとなくは把握していたが、念のためにと聞いてみた。

「この部屋のオーナーが変わるから出て行けって言われました」
「ここって部屋ごとにオーナーが違うの? 分譲タイプの賃貸って感じはしないんだけど」
「はい、分譲タイプの賃貸ではないはずです」
「それなのに?」
「嫌がらせだな。昨日の件でって感じか」
「…………」

 まさかここまでしてくるとは思わなかった琳子は、大きくため息を吐いた。

「あ! もしかして!」

 悠太はなにか思い当たることがあるのか、そう言うとスマホを取り出して、電話を掛け始めた。

「もしもし? 今、大丈夫ですか? ん、ちょうどよかったって?」

 琳子と樹はどこに掛けているのか分からず、黙って成り行きを見ていた。

「あー、それなら良かった。うん、ボク、まだ食べてないし! うん、うん、よろしくね」

 悠太は晴れやかな表情をして、電話を切った。

「悠太?」
「うん、一郷さんところ」

 一郷さんといえば、いちご狩りに行った悠太の親戚という人だったはずだが、どうしてそこへ? と思っていると。

「なんでだ?」
「あちらの考えを読んだらさ、琳子さんの実家にも妨害してくるだろうなと思ってさ」
「まさか」
「取引を止めろって言われたらしいけど、一郷さんところ、専用のハウスを作ってまで琳子さんの実家に納品してるだろう? そんな訳の分からない理由で取引は止められないって断ったって」

 どこまで汚い手を使ってくるのだろう。

「まさか、会社にも……」
「んー、それはないかな」
「どうしてそう言えるの?」
「そこまでは手を回さないよ。というより、回せないよ、あの人。それに、言われたとしても、ボクは別にって感じかな」
「私は困ります」
「琳子は別に悪いことはしてないだろう? 普段も真面目に働いてるし、それにあの社長の態度、見てるだろう?」
「え?」
「まぁ、俺たちが琳子に迷惑をかけているのは事実だが」
「樹と悠太のせいではないでしょう?」
「間接的に迷惑をかけてるよね、全部、親戚が悪いんだけど!」
「悠太、どうにか出来ないのか?」
「うーん、出来ないことはないけど」
「けど?」
「父さんと兄さんに迷惑をかけることになるからなぁ」
「関係のない琳子に迷惑をかけてもいいのか?」
「いや、よくないけど」
「なら、やれ。全力でやれ」
「分かったよ」

 とそこで、悠太がずっと親戚と言っているが、名前を出さないことに疑問を持った。

「悠太、さっきからずっと親戚としか言ってませんけど」
「あー、男木愛香(おぎ あいか)さんって言ってね、……なんというか、ボクとは仲が良い? んだけど」
「はっきり元セフレって言え」
「あー、それ、言っちゃう?」
「そこをはっきりさせておかないと問題がどこにあるか分からないだろう」
「まぁ、そういう訳です」

 悠太が言いづらいことを樹がはっきり言ったので、確かに問題ははっきりした。
 だが。

「親戚とそういう仲になるものなの?」

 琳子は純粋に疑問に思って聞いたのだが、悠太はそうは受け取らなかったようだ。

「ゃ、そこは、そのっ、向こうからというか!」
「琳子、悠太ってこう見えていいとこの出のお坊ちゃんなんだぜ」
「えっ?」
「いや、それは実家の話で、ボクは二男で……」

 悠太の言い訳を遮るように樹が口を開いた。

「前に会った由良さん、覚えているか?」
「はい」
「由良さんの上に一太さんっていうお兄さんがいて、その人が中司家を継ぐんだが、かなり大きな屋敷に住んでいて、実家は地元でも有名な神社だ」
「そうなの?」
「しかも、中司家はその親戚の総元締めでもあって、だから悠太は昔から親戚やら悠太の実家の財力に目をつけたご令嬢たちから大人気なんだ」
「知らなかった」

 それで親戚付き合いが色々あるのかと分かったのだが。

「え、となると、まさか婚約者がいるとか?」
「一太兄さんにはいて、その人と結婚したけど、ボクにはいないよ!」
「いたらさすがの悠太でもふらふら遊ばないだろ」
「そうだよ、ボクはそんなに不誠実ではないよ! だから愛香ともきっちり別れたよ!」
「でも、愛香さんの関連している遊園地に私を連れて行ったわけだ」
「うー、紹介しようとしたんだけど……」
「それは逆の立場からしたら、信じられない行動だぞ、悠太。知っていたら、俺は止めていた」

 樹も詳しくは知らなかったらしい。

「それで、今回の部屋から出て行け問題なんだけど」
「うん」
「これも愛香さんがやってることなの?」
「ボクと樹の部屋はそう。愛香に頼んで見つけてもらったというか、愛香の両親の持ってるものらしくって」
「え?」
「ほぼタダ同然で住んでるんだよね、あそこ」
「…………」

 それは出て行かなくてはならないのではないだろうか、と琳子は思った。

「まー、それに便乗している俺も俺なんだが」

 なるほど、だからこそ女性と遊べていたのかというのが分かったが、かなり最低では、と琳子は思ったし、これは二人に三下り半を突きつけた方がいい案件ではとも思った。
 そうすればきっと、琳子はこの部屋から出なくて良さそうだし……と考えた。

「悠太、どう考えても俺たち、最低な男だな」
「えっ、どこが?」
「おまえ、この状況でまだそんなこと、言えるのか? 今まで散々、オンナを弄んできて、そのツケが回ってきただけではなく、琳子にまで迷惑をかけてるんだぞ。琳子から別れを切り出されても仕方がない状況だよな」

 樹の方が意外にも常識人なのかと思ったが、次の言葉で琳子は内心でずっこけた。

「ということで、二人がかりで琳子を襲おう」
「うん、そうだね!」
「いやいや、ちょっと待って! なんでそうなるの!」
「俺は琳子を諦めない」
「ボクも諦められないよ!」
「いや、今の話聞いて、最低、別れた方がいいって思う要素しかないですよねっ!」
「だからだ。琳子を孕ませれば、結婚を迫れる」
「うん、いい考えだね!」
「最低! 最低すぎる!」

 琳子は身の危険を感じたが、二人は今のところ、口だけで実行に移す様子はない。
 とはいえ、油断は出来ない。

「という冗談はさておき」
「冗談に聞こえませんでした!」
「お? ということは、現実にしても」
「いいわけあるかっ!」
「ですよねー」

 琳子は二人を睨みながら、口を開いた。

「とにかく、あなたたちのせいでここを出なければならないことは分かりました」
「悠太が愛香と復縁すればすべてが丸くおさまるよな?」
「ボクは嫌だよ!」

 樹の言葉に、琳子はモヤモヤとした気持ちが広まった。
 確かに樹が言うように、悠太が愛香に謝って、復縁、さらには結婚でもすれば丸くおさまるのかもしれない。
 だけどそれは……。

「嫌。嫌です!」
「え? 琳子さん?」
「悠太が他の女の人のところに行くのは、嫌だ!」

 悠太と樹のこと、最低だと琳子は思っている。別れた方がいいとさえ思っているのに、他の女の人とイチャイチャしているのを想像したら、ムカムカした。
 悠太を犠牲にして、前の生活が戻るのが嫌だし、悠太が琳子以外の女性を見るのも嫌だった。

「悠太も、樹も、私以外の人を見るのは、嫌です!」
「琳子……」
「琳子さん?」
「二人とも、最低だし、別れた方がいいって分かってるんです。でも、二人は私のことをきちんと見てくれた。それに、その」
「そんなに俺のキスが良かったのか?」
「え、そうなの、琳子さんっ?」
「ちっ、違いますよ! 二人といたら楽しいし、どちらかなんて、選べません!」

 二人のことを最低と言っているけれど、そんな二人と別れるのは嫌だと言っている琳子も自分は最低だと思った。