《第三話・どちらを選ぶ?編》七*心地よい関係【完】
二人のことを最低と罵っているけれど、そんな二人から逃れられないばかりか、逃さないように必死な自分はもっと最低と凜子が思っていると、樹が口を開いた。
「琳子、言ってる意味、分かってるのか?」
「分かってます。どちらも選べない、不誠実な私なんです」
「いやまぁ、そう仕向けたわけなんだが……琳子、本当に大丈夫か?」
どうしてここで樹が戸惑っているのだろうか。
そんなことを思いながら、琳子は悠太を見た。
「ボクと樹はほら、ご存じのとおり、色々と遊んできたからね。彼女の共有なんてしたこともあるし」
「…………」
「あ、もちろん、ボクと樹がそうしたくてやったわけじゃなくて、向こうの女の子がボクたちが知らないと思って二股してたってだけなんだけど」
「あれはひどかったな。知ったときはびっくりしたが」
「あの子、他にも男と遊んでたみたいだし」
「あれがいわゆるビッチというやつか」
「そうだねー」
琳子の知らない世界だとクラクラしたけど、今はそうではなくて。
「まー、それならだ。シェアハウスを借りて、三人で住むか」
「シェアハウス?」
琳子は初めて聞く単語らしく、首を傾げた。
「複数人で一軒家なんかを借りて、共同生活をするんだ」
「え、でも」
「目をつけてる物件があってだな」
「今から行く?」
「そうだな、日曜日でも不動産屋は開いてるし」
とトントン拍子にシェアハウスを扱っている不動産屋に行くことになった。
担当してくれた人はなかなか良い人で、すぐに三人の要望を叶えてくれる物件を出してくれた。
場所は琳子が住む部屋からそれほど離れておらず、四人用のシェアハウスだが三人でも問題ないとのことだった。
元々は一軒家だったが、不動産屋が買い取り、シェアハウス用に改築したものだという。
「建物自体は古いですが、改築してますし、風呂場もキッチンも最新設備になってます。今から見に行かれますか?」
「見られるのなら、見せて欲しい」
ということで、見に行くことになった。
外観は少し古さはあるが、庭もあるし、なによりも今の環境からそう変わらないのもいい。
中は思っていたより広く、二階建て。一階に風呂場とキッチンと二部屋あり、二階には二部屋と広い屋根付きのベランダがついていた。
「ここに洗濯物を干したり、ベランダでご飯を食べたりできますよ」
「なかなかいいな」
「うん、ボク、気に入ったよ!」
と乗り気の二人。
一方で、琳子は色々と悩んでいた。
部屋を追い出されるから、次の部屋を決めなければならない。それは分かっている。
だけど、この二人と?
それっていいの?
実際のシェアハウスを見たら、いいかもと思ったけれど、同性とのシェアハウスならともかく、二人とも男なのだ。一つ屋根の下に住んで、なにもないとは思えない。
いちご狩りのとき、なにもなかったからといって、これからもないとは言い切れない。むしろ、なにかあると思った方がいい。
悶々と悩む琳子をよそに、二人は話を進めていく。
「いつから入居できますか?」
「そうですねー、すぐにでも入居は可能です」
二人はすっかりその気だけど、琳子はまだ、踏ん切りがつかない。
「事務所に帰って詳しいお話をしましょうか」
そう言われて、再度、不動産屋へ戻ることになった。
「あの」
「なんだ?」
琳子は樹と悠太と三人になったところで、口を開いた。
「つかぬことをお伺いしますが、これ、私の身の安全って守られますか?」
一番気になっていたことを琳子は思い切って聞いてみた。
「それは琳子次第としか」
「そうだね。ボク、無理強いするつもりはないし」
「私がいいって言えば」
「もちろん、喜んで!」
という返事が返ってきた。
「今までだって、いくらでもチャンスはあったけど、俺たちは琳子にキス以上のことは要求してこなかった」
「そうだね。いつもボクは女の子がいいって言わないと、やってこなかったし」
「それは俺も同じだな」
「だから、ボクは待つよ」
「え、待つんですか? 私、前も言いましたけど」
「じゃあ、俺たちが琳子以外に行っても?」
「いいわけないじゃないですか!」
そこまで言って、琳子は自分のひどいわがままに気がついて口を閉じた。
「……私」
「とにかく、俺は悠太と琳子とあのシェアハウスに暮らすと決めた」
「え?」
「ボクも! まぁ、樹とは今とあまり変わらないけどね」
「そうだな」
「あとは琳子次第だ」
「…………」
そう言われてしまえば、琳子は言葉に詰まる。
「私」
「言いたいことがあるのなら、今のうちに言っておけ」
「樹と悠太をだれにも渡したくありません」
「ボクたち、そこまで琳子さんに思ってもらえてるんだ」
「でも、一線を越えるのは、怖いんです」
「だから待つって言っている」
「……どちらか一方を選ぶことも、出来ません」
「あぁ」
「それでも、いいんですか?」
「いいんじゃないのか? 俺と悠太がそれを了承してるわけだし」
琳子が悠太に視線を向けると、強く頷かれた。
「ボクはね、琳子さん。だれにも期待されてない立場なんだ。だから今まで好き勝手してこられたし、これからもそう。でも、琳子さんのことは譲れない。けど、樹から奪ってまでっていう強い気持ちはないんだ」
「俺も琳子のことは譲れないけど、悠太から完全に奪いたいとは思わない」
「え、それって……。私、どうすれば」
「だから、俺たちにしてみれば、琳子がどちらも選べないってのは、心地いいんだ」
「うん、そう。ボクたちは琳子さんを共有できて、それでいいって思っている」
「そんなことって、そんな、都合の良いことって」
「あるんだよ、これが」
「だから、ここで三人で暮らすのはボクと樹の中ではベストな回答なんだ」
「悩む必要はない」
と樹は言い切った。
そして琳子が取った選択肢とは──。
結局。
琳子が選択したのは、シェアハウスで三人で暮らすこと、だった。
これから先、この関係が変わっていくかもしれないけれど、今はこれでいいと琳子は思ったし、なによりも二人を手放したくなかった。
それは向こうも同じように考えてくれていて、琳子のことを手放したくないと思ってくれている。
そして、二人はなによりも琳子を優先してくれた。
琳子のペースで、琳子の気分で、二人は動いてくれた。
甘やかされている、と思ったけれど、琳子はこれでいいと思うことにした。
そして──。
「ショッピングモールで頼んでた指輪が届いた」
そう言って、樹と悠太はそれぞれとおそろいのリングをはめてくれた。
琳子の左薬指にも二つのリングがはまっていた。
「これがいつか、本物の結婚指輪になることを願って」
「でも、重婚は出来ませんよ?」
「俺は琳子と結婚したい」
「ボクは事実婚で構いませんよ」
樹と悠太が言うことは琳子が想定していた逆だったけど、それぞれが琳子との将来を考えてくれていたようで嬉しかった。
「まぁ、その前に。琳子が俺たちを受け入れてくれないことには、だな」
「そうだね! ボクはいくらでも待つけどね!」
「俺は早く琳子との子どもが欲しい」
積極的な言葉にしかし、琳子はまだ、受け入れられなかった。
「そ、その話はまた今度で! そ、それよりも! ご飯、どうしますか?」
「んー、今日はボクの番か。なにが食べたい?」
「俺は琳子」
「なっ、なにをっ!」
「それはボクもですけど!」
「悠太まで!」
「カレーでいいですか?」
「カレー、いいですね! 悠太の作るカレー、好きですよ」
「じゃあ、カレーで」
こうして三人はワイワイと仲良く暮らしました、とさ。
【完】