『眠り王子─スウィーツ帝国の逆襲─』


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《第三話・どちらを選ぶ?編》五*楽しい遊園地デート





 コーヒーカップの次は、メリーゴーラウンドに乗ることになった。
 どちらと一緒に乗るかと樹と悠太が揉めていたが、琳子は断った。
 というのも、このメリーゴーラウンド、なんと馬車がついていたのだ。
 後ろ側に幌がついていて、そこには薔薇が巻きつけてあった。それが琳子の心を鷲掴みしたのだ。

「すごくかわいい! 私、あれに乗ります!」
「じゃあ、三人で」
「駄目です! 二人は馬に乗ってください!」

 思ったよりも強引に琳子は二人に馬に乗るように促した。

「王子さまは白馬に乗って来るんです!」
「琳子ってたまにメルヘンだよな」
「琳子さんのご要望どおり、白馬に乗った王子さまをやりますか!」

 馬車は外枠、馬は内枠になっていて、三人はそれぞれ好きな乗り物に乗った。
 軽やかな曲とともにメリーゴーラウンドが回り始める。

「わっ、思ってるより早い!」
「琳子さーん、ボク、今、白馬にぃぃって! どんどん琳子さんから離れていくぅぅぅ」
「あははは、おかしい!」
「お、琳子が近くなった」
「樹も悠太も白馬が似合ってます!」

 琳子のリクエストに応えた二人は、白馬を探して乗ったようなのだが、悠太は最初、琳子の近くだったが内側と外側の速度が違うせいでどんどんズレていき、後ろにいた樹が近づいて来たようだ。
 そうやって何周か回って、メリーゴーラウンドは終わった。

「次は?」
「そろそろ怖い系に行くか」
「怖い系?」
「フリーフォールって知ってるか?」
「なにそれ?」

 もちろん、遊園地が初めての琳子が知るはずもなく、樹に連れられてアトラクションへ。
 高い塔のような物に椅子がついていて、それがどうなるのかまったく分からず。
 右と左に樹と悠太が座り、琳子は真ん中。肩から腰にかけてガッツリとサポートの太めのガードされて、琳子は不安になった。
 ブザーの音とともに椅子が高くなっていき……。

 止まったかと思ったら、勢いよく落ちていく椅子。

「っ!」
「あははははっ!」

 突然の浮遊感に琳子は声を出せず、目を閉じることも出来ずにガードのアームを手のひら全体でしがみつくことしか出来なかった。
 それは数秒の出来事だったのだろうが、がくんと止まるまで永遠に続くのではと思った。
 隣の悠太は笑っているし、樹はいつもと変わらないのか、特に声はない。
 フリーフォールが止まったが、琳子はすぐには動けなかった。

「さすがに最初にこれはきつかったか?」

 アームが上がっても動けない琳子を見て、樹は手を差し伸べてくれた。琳子は黙ってその手を取った。
 グッと力強く引かれて、ようやく立ち上がれた。
 特に腰が砕けている様子はなく、普通に歩けたけれど、ビックリした。

「どんなものか説明してくださいっ!」
「いやー、あれは説明したら面白くないと思うよー」

 悠太は楽しそうに言っているが、心の準備というものがある。あれは不意打ちすぎた。

「あの、内臓がキューってなる感じがいいよね。それに、あれは説明されても分かんないと思うし!」

 悠太の言うとおりではあるけど、それでも説明が欲しかったと琳子は思う。

「まぁ、恐怖体験の後になんだが、飯にしよう」
「もうそんな時間か! 琳子さんといると、楽しくて時間があっという間に過ぎちゃうね」

 悠太の楽しそうな声に、琳子も笑みを浮かべた。

 お昼は遊園地内のレストランで食べた。
 と言っても、定番のカレーライスやうどん、サンドイッチといったものしかなかったし、特筆して美味しいものでもなかった。無難な感じではあったが、それでも三人は楽しかった。
 食べた後は少し休憩をして、それからまた、色んな乗り物に乗った。
 琳子は初めてのジェットコースターに驚き、空中散歩のようなスカイシップがなんだか落ちそうでちょっと怖かったり。
 後は定番のお化け屋敷は二人にしがみついて怖がった。

 閉園まで楽しみ、それから夕飯を食べて琳子は部屋まで送ってもらった。

「今日はありがとうございました」
「今日は楽しかったね」
「はい」
「また行くか?」
「そうですね。また三人で行きたいです」

 樹と悠太はその言葉に笑みを浮かべた。

「じゃあ、月曜日に会社で」
「はい」

 そう言って、別れたはずなのだが。
 日曜日の朝。

『琳子、ちょっと出てこられるか?』

 という樹からの電話に疑問を持ちつつ、外に出ると、部屋の下に昨日見た車が止まっていた。

「どうしたんですか?」
「ちょっとここでは話しにくいから」
「部屋に入ります?」

 と誘うと、樹と悠太が部屋に入ってきた。
 部屋の中はいつもより少し散らかっているが、見せられないというほどではない。

「すみません、今、片付けをしていて」
「あぁ、すまない。急に来て。外で話してもよかったんだが」

 琳子は樹と悠太にお茶を出した。

「どうしたんですか?」

 先ほどからずっと、悠太は黙り込んだままで、ずっと樹が喋っている。珍しいなと思っていたら、悠太がようやく口を開いた。

「今の部屋から出て行けって言われてさ」
「えっ?」
「怒りたいのはこっちなのに、なんかボクが悪いやつになっててさ」
「あの、全然意味が分からないんですけど」

 悠太が怒っているのは珍しいような気がする、と琳子は思って樹を見たら、困ったように眉を下げられただけだった。

「あそこの部屋、やっぱりボクの親戚のツテで借りてるんだけど」

 悠太の親戚はあのいちご狩りの一郷夫妻といい、旅館の女将に遊園地経営者といい、すごい人が多いな思っていたが、部屋もツテで借りていたのはビックリだった。

「その親戚っていうのが、あの不愉快な遊園地関係者だっけ?」
「そう。昨日、呼ばれて行かなかったし、琳子さんが入れないから帰ったら、なんかよく分からないけど、向こうがカンカンでさ」
「怒りたいのはこっちだってのにな」
「不誠実だとか、常識知らずとか言われて」
「そっくりそのまま返してやれ」
「まったくね。それで、あの部屋から即刻出て行けって言われて」
「それ、出来るんでしたっけ?」
「いや、確か借り手の方が強いから理由もなく出て行けは出来ないはずなんだけどね。家賃滞納もしてないし、綺麗に使ってるし」
「部屋にオンナを連れ込んでとかやってないしな」

 とにかく、常識外れなことを言ってきているらしい。

「まぁ、これを機会にあそこの親戚とは縁を切ろうかなと思ってて」
「えっ!」
「それでさ、琳子さん」
「はい」
「この際だから、ボクと樹、どっちを選ぶ?」

 話がまったく見えない。

「悠太、琳子が訳が分からないって顔をしてるぞ」
「あの、部屋を追い出される話とどちらかを選ぶ話は、どこでどう繋がってるんですか?」
「あー、それはね、部屋を出て、引越しをするのなら琳子さんと結婚したいなあと思って」
「と、唐突ですね」

 琳子は顔を引きつらせて、二人を見た。
 二人とも、ジッと琳子を見ている。

「……そんなこと、言われても」
「だよな。まー、俺はまた、部屋を探せばいいやと思ってるんだが」
「引っ越し費用とか、もったいないじゃないか! それに、これはいいチャンスだよっ?」

 部屋を追い出されるのがいいチャンスとは、悠太はずいぶんと前向きだなと思っていると、琳子のスマホが鳴った。
 ディスプレイを見ると、この部屋を借りている不動産屋からだった。
 このタイミングでかかってくることに嫌な予感を覚えながら、琳子は二人に断りを入れて出た。

『地海不動産です』

 いつもの担当者ではない声だったが、電話番号は間違いなかったので琳子は受け答えをした。

『今、入室されているお部屋なんですが、オーナーが変更になるため、急遽、退室していただきたく』
「……え? いつまでにですか?」
『すぐに使用したいとのことで、早ければ早いほどいいと』

 非常識このうえない申し出に、琳子は憤りを感じた。

「更新料を支払ったばかりですよね?」
『そちらに関してはお返しいたします』
「そういう問題ではなくて!」
『敷金に関しましては、全額、お返しします。また、お引っ越し代もご負担させていただきます』
「だから! お金の問題ではなくてっ! なんでオーナーが変わったからって追い出されないといけないのですか!」
『そこは、オーナーの一存でとしか』

 話にならないと思った琳子は無言のまま、電話を切った。

「それって」
「どう考えても悠太の親戚だな」
「なんなのっ?」
「となるとだ」

 樹はそこで、ニヤリと笑った。