《第三話・どちらを選ぶ?編》四*穴場な遊園地へ行こう!
三人は車に戻り、樹は無言で車を出した。
樹はしばらく車を走らせた後、ようやく口を開いた。
「悠太」
「なに?」
「今のはなんだ?」
それは悠太も聞きたいところだ。
まさか琳子だけ入場拒否されるとは思わなかったのだ。
「なんの理由もなく琳子だけ入れないのはおかしくないか?」
「うん、おかしいよ」
「あの……」
琳子がおずおずと声をあげた。
「やっぱり私……」
「却下」
「樹、まだ琳子さん、なにも言ってないよ」
「言わなくても分かってる。俺たちは別にあそこの遊園地に固執しているわけではない。どうせ悠太の親戚の中に俺たちのことを恨んでいるのがいて、邪魔をしているだけだ」
「それを言われると痛いよ、樹」
「そうとしか思えないだろう」
「まー、前にも似たようなことがあったからねー」
「あれも酷かったな。並んで待つと言ってるのに、無理矢理、別ルートから入場させようとしたり」
「さらには、ボクと樹の間に割り込んできたりね」
今回のことがどうやら初めてではないようだ。
「悠太、親戚だからといって、むやみやたらに付き合うのも考えものだ。付き合い方を考えた方がいいぞ」
「んー、そうだね。そうするよ」
信号で止まったところで、樹はバックミラー越しに琳子を見た。
予想どおり、琳子はうなだれていた。
「琳子に嫌な気分にさせたくて誘ったわけじゃないんだがな。悪かった」
「ほんと、琳子さん、ごめんなさい! ボクが悪かった」
「まったくな」
樹の言っていることは正論なので、悠太はなにも返せない。
「こんなこともあろうかと思って、遊園地を調べておいた」
「おお、さすがは樹! 頼りになる!」
「人があまりいない遊園地ってことで察してくれるだろうが、最新の乗り物があるわけでも、目新しいアトラクションがあるわけでもない。でも、俺はなかなかいいと思ってるところだから、琳子を連れて行こうと思っている」
「樹、微妙にディスってない?」
「ディスってない。俺が好きな遊園地なんだ。本当は琳子をそこに連れて行きたかったのに、悠太が……」
「あー、それについては悪かったって思ってる! で、そこはどこ?」
「少し移動する形になるが、いいか?」
「いいよ! 琳子さんは?」
「私は……」
「行くよな?」
「……はい」
「じゃあ、行くぞ」
そうして移動すること一時間ほど。
駐車場に車を止めると、樹は二人を連れて、歩き始めた。
車の中から分かっていたのだが、樹が連れて来てくれたのは、思いっきり街中だった。商店街を歩いて行くと、いきなり目の前に入口が見えた。
「まさか、ここ?」
「まさかのここだ」
商店街の一番奥に突如と現れた入場口。
「菊花邸」と書かれた看板が掛かっていて、そこがまさか遊園地だとは思えず、琳子は眉間にしわを寄せた。
「なかなか渋い名前だろう」
「名前は知ってたけど、やっぱり遊園地としては渋すぎるよね」
「ここ、本当に遊園地なんですか……?」
入場口前で琳子と悠太が呆けている間に、樹はフリーパスを買ってきたようだ。
「これ」
「フリーパス! ということは、乗り放題!」
「そうだ。今、聞いてみたら、それほど人はいないようだから待ち時間はほとんどなく、乗り放題だぞ」
わーい、と喜んでいる悠太の隣で、琳子は渡されたチケットを不思議そうに見た。
「あぁ、琳子は遊園地は初めてだからシステムが分からないか」
樹はフリーパスをひらひらさせながら口を開いた。
「アトラクションの係員にこれを見せれば、別料金を払わないで何度でも乗り物に乗れるチケットだ」
「へー」
「というわけで、疲れるまで遊び倒すぞ!」
「おー!」
樹と悠太は琳子の手を取ると、中へと入った。
もちろん、ここでは特に咎められることもなく、普通に入れた。
「ここに来たらやっぱりこれだよな」
そう言って最初にやってきたのは、コーヒーカップ。
「まず、俺と琳子からな」
「えー」
「悠太は後」
「分かったよ」
だれも並んでいなかったため、三人はチケットを係員に見せて、中へと入った。
コーヒーカップの形をした乗り物らしき物が置いてあり、琳子はこれがどんなものか分からず、首を捻った。
「ほら、琳子。こっち」
樹に手を引かれて、琳子はコーヒーカップの割れ目から中へと入った。
コーヒーカップ内は広いのに、何故か隣り合わせに座る樹。
「樹、ズルーい!」
「おまえも後で同じように座ればいいだろう」
「あ、そうか! そうだよね!」
三人がコーヒーカップに座って入口が閉められたところでブザーが鳴り、動き出した。
床の上をするする動き始めたコーヒーカップ。よく見ると地面が回転していて、さらに琳子と樹が乗っているコーヒーカップも回っている。
「あははは、琳子さーん! 真ん中のバーを回すともっと楽しいよー!」
少し離れたところで一人乗っている悠太は、楽しそうに真ん中のバーをすごい勢いで回していた。
「これ、回したらどうなるの?」
「やってみるか?」
樹に促され、琳子はバーを回してみた。
「っ!」
ぐるり、とコーヒーカップが回った。
「やややや、これ、やめます!」
「その方がいい」
樹は琳子の肩を抱いて、頬にキスをした。
「い、樹っ?」
「こうやって好きな人と一緒にコーヒーカップに乗るのが夢だったんだ」
「そ、それはさっきの」
「もちろん、キスをするのもだ」
意外にもかわいらしい夢を語る樹に、琳子はクスッと笑った。
「これで夢が叶った」
「……良かったです」
「まぁ、まだこの遊園地でやりたいことはたくさんあるから覚悟しておけよ!」
「え? まだあるの?」
「あるある、たくさんな」
楽しそうな樹を見て、琳子は先ほどの嫌な気持ちが消えてなくなるのが分かった。
「今日は色々とありがとうございます」
「まだ始まったばかりなのに」
「お礼を言いたかったんです」
「その調子だと、今日は何回『ありがとう』って言わなきゃいけないんだろうな」
「何回でも言いますよ」
そう言って、顔を見合わせて笑い合う。
琳子は、この何気ない日常が愛おしいと思った。
コーヒーカップの一回目が終わり、次は悠太と乗ることになった。
「悠太、回すなよ」
「分かってるよ、琳子さんとイチャイチャしたいから回さない」
イチャイチャって、と琳子は思いながら、今度は悠太と一緒にコーヒーカップに乗った。
悠太もやはり、琳子の横に座り、思いっきり頬にキスをしてきた。
ここまでは樹と一緒だが、手を握ってきたのは違っていた。
「琳子さん、樹と楽しそうだったよね」
「そうですね」
「樹の夢の話、聞いた?」
「聞きました」
「ボクは樹ほどロマンチストではないから夢はないけど、琳子さんと一緒にこうやって遊べて、良かったって思ってる」
「私もです。ありがとうございます」
樹は悠太と違い、一人でコーヒーカップに乗ることはなく、悠太と琳子がコーヒーカップに乗っているのを外から見ていた。
「私、こんなに幸せでいいんでしょうか」
「いいに決まってるじゃないか」
「いい男を二人も侍らせて、遊園地もなんだか独占してるみたいで」
「ボクがすごいお金持ちだったら遊園地を貸切にして琳子さんを思いっきり遊ばせてあげられるんだけど」
「今で充分です」
「うん、ボクも良かったって思ってる」
悠太は琳子の手を強く握り直し、真面目な顔になった。
「ボクを選んで欲しいけど、樹のこと、よろしくね」
「悠太?」
「あ、もちろん、二人を選んでくれてもいいんだよ!」
「…………」
琳子は悠太に苦笑を返すことしか出来なかった。