《第三話・どちらを選ぶ?編》三*まさかの展開
あっという間に、土曜日になった。
今日は琳子にとって初めての遊園地だ。前日から楽しみで、なかなか眠れなかった。だから、朝、起きられないかもしれないと思ったけれど、アラームが鳴る前に目が覚めてしまった。琳子はそんな自分に苦笑いした。
せっかく早く目が覚めたからと、シャワーを浴びて、念入りに準備をした。
七時に迎えに来るとのことだったので、五分前に部屋を出て階下を見ると、すでに見覚えのある車が止まっていた。慌てて降りると、運転席から降りてきていた樹が苦笑した。
「おはよう、琳子」
「おはようございます」
「そんなに慌てなくてもいいぞ」
機嫌のよさそうな樹の声に、琳子は赤くなりながら近寄った。
今日は黒いシャツに薄手のジャケットで黒のジーンズというラフな格好の樹は、朝の光がまぶしかったのか、サングラスをかけていた。
会社では見ることができない私服姿を改めて見て、琳子の心臓は心なしか、少しだけ鼓動を早くしているようだった。
あのいちご狩りの日以来、樹にも急速に惹かれている自覚がある琳子は、どうすればいいのか分からずに言葉に詰まった。
とそこで、助手席のウインドウが開き、中から悠太の元気な声が聞こえてきた。
「琳子さん、おはよう」
「おはようございます」
悠太もラフな格好をしていて、薄青の長袖Tシャツに濃い青色のパーカーを着ていた。
対する琳子は、ショッピングモールで購入したグレーのタートルネックのコットンセーターに、レギパンを組み合わせた。
「あ、琳子さん、この間買ったセーターを着てくれているんだ。すごい似合ってる」
目ざとい悠太はそういうと、嬉しそうに笑っていた。琳子にはその笑顔が少しくすぐったかった。
「琳子、荷物はそれだけか?」
樹は琳子が肩から掛けているバッグを受け取ると、そう聞いてきたのでうなずいた。
「このバッグもかわいいね」
なんでも褒めてくる悠太に、琳子は思わず首を大きく振った。
「悠太、琳子が戸惑ってる」
「琳子さんがかわいすぎて、僕も戸惑ってるよ」
「琳子がかわいいのは当たり前だ」
二人に褒められて、琳子は真っ赤になった。
それを見た二人は、嬉しそうに笑った。
「とりあえず琳子。後部座席に乗って」
赤い顔のまま樹に促され後部座席に乗り込んだ琳子は、どうすればいいのか分からず、うつむいた。
「その様子だと、あんまり寝てないだろう?」
樹はシートベルトをしながら、琳子に話しかけてきた。
まさか楽しみすぎてなかなか眠れなかったのを見抜かれるとは思わず、琳子はさらに顔を赤らめた。
「俺も楽しみすぎて、なかなか眠れなかったからな。遊園地に着くまで、少し寝ていろ」
「えっ、でも!」
「琳子さん、樹のことは気にしなくていいから、遠慮なく寝たほうがいいよ」
すかさずそんなことを言ってくる悠太に、琳子は顔を上げて反論しようとしたけれど、樹は前を向いたまま、首を振った。
「いいから、寝ろ」
「…………」
寝ろと言われても、興奮しているからなのか、それほど眠くない。
「ここから遊園地まで、結構遠い。そんなに気張ってたら、着く頃には疲れるぞ」
樹はそう言うと、エンジンを掛けた。
「悠太なんて、ここに来るまでの間でも、寝てたくらいだからな」
「そうそう、琳子さん。樹のことは気にしなくて大丈夫だから」
車は静かに動き出した。
助手席の悠太は、速攻で寝てしまったらしい。
樹の運転が丁寧なのは、いちご狩りで知っている。帰りに寝てしまったことだってある。腕を信用してないわけではないけれど、それでも、樹に任せて寝てしまうのは、申し訳ないと思った。
とはいえ、そう思っていたのは、高速道路に入るまでだった。
悠太に配慮してなのか、車内には音楽もラジオも掛かっていなかった。
いちご狩りに行った時は、ずっと喋っていたけれど、あの時もなにも掛かっていなかったような気がする。
「音楽、掛けないの?」
琳子の問いに、樹はバックミラー越しに琳子を見て、口を開いた。
「聞きたい曲でもある?」
「ううん、ない」
「なら、掛けない。俺、結構エンジンの音、好きなんだよね」
言われてみれば、曲がかかってないせいで、エンジンの音が聞こえてくる。
「車と会話してるみたいで、楽しんだよな」
樹の言葉に、琳子は後部座席にもたれ掛かり、目を閉じて、エンジンの音に耳を澄ました。
* * *
車が止まった気配に、琳子は目を覚ました。
「着いたぞ」
樹の声に、琳子は慌てて身体を起こし、左右を見た。
寝るつもりはなかったのに、寝てしまっていた。助手席の悠太は到着したのを察したらしく、もぞもぞと動き始めたのが目の端に映った。
「ごめんなさい、寝るつもりはなかったの」
「いや、気にするな」
樹は運転席で伸びをした後、シートベルトを外した。
「さぁて、楽しむぞぉ!」
いつもどおりの元気な悠太の声に、琳子は思わず苦笑した。
しかし。
その楽しい気持ちはすぐに萎むことになった。
三人は入場するために並んでいたのだが、悠太に気がついた遊園地関係者が声を掛けてきたところから不穏な空気が流れ出した。
「中司さま、こちらにどうぞ」
「え、ボク?」
訳が分からないのは悠太だけではなく、樹と琳子もだ。
列に並んでいるのは今回のプレオープンのために訪れている関係者か招待客のはず。
それなのにどうして悠太だけ呼ばれたのか。
さらには。
「お連れの宮王子さまもこちらへ」
と樹にも声が掛かった。
「もう一人、連れがいるんだが」
「そちらの方はこのまま列でお待ちを」
そう言って悠太と樹を連れ出そうとしたため、樹の機嫌が一気に急降下した。
「俺は行かないぜ」
「え? 樹が行かないのなら、ボクも行かないよ!」
「しかし」
「だれが呼んでるのか知らないが、琳子をここに置いて行けるか。用があるのなら来い」
そう言って、樹はそっぽを向いた。
こうなったら樹は動かないことを知っている悠太は困ったように呼びに来た人に苦笑を向けた。
「ということだから」
悠太は呼びに来た人を追い払った。
「ったく、なんだ」
「ボクも分からないよ」
三人は困惑していたが、周りにいた人たちはこの三人が何者なのか興味津々といった感じではあったが、そのまま無言で列を進んでいった。
そして、ようやく三人が入れるとなったところで、また、問題が起こった。
なんと、なぜか琳子は入れないと言われたのだ。
「は? この招待状で四人まで入れるって書いてあるじゃないか!」
「そうですが、決まりでして……」
樹は悠太が持っていた招待状を取り上げて内容を読んでみたが、確かに四人まで入場可能とあった。さらにはなにか注意点があるのかと見たが、家族限定などと書かれてはいない。
「その決まりとやらはどこに書いてある?」
「決まりです」
樹の質問に答えにならない答えが返ってきた。
「あ、私、車で待ってるから! 二人で」
行ってきてという言葉は樹の視線で止められた。
「それじゃあ、なんのために来たのか分からないだろう」
「そうだよ。樹と二人だなんて、それ、なんて罰ゲーム?」
「まったくだ。帰るぞ」
樹はそう言うと、琳子の腕を掴んで歩き出した。
「え? え、ちょっ、ちょっと……!」
「意味の分からない理由で琳子だけが入れないこんなところ、来る価値はない」
悠太も琳子の背中を押して、車を止めたところまで帰ることにした。
「あの、お待ち……」
「琳子さんも入れるのならいいけど、駄目なんでしょ? じゃあね!」
樹と悠太は不愉快さを隠さず、入場口から遠のいた。