『眠り王子─スウィーツ帝国の逆襲─』


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《第二話・楽しいいちご狩り編》四*楽しいお昼ご飯



 樹が起きたのもあり、一郷夫妻にお礼といちごの感想を言い、三人は一郷農園を後にした。

「さて、お昼になったわけだが。お腹は空いてるか?」
「私は少し、空いてます」

 思っていたよりいちごをたくさん食べたがお腹を満たすものではなかったようで、言われてみると空腹を覚えた。

「悠太は食べられるか?」
「ボクはご飯は別腹、デザートも別腹」
「……あれだけいちごを食べておいて、まだデザートを食べる気でいるのか?」
「いや、さすがにデザートはもういいかなぁ」

 食べると言っていたら悠太の胃の作りを疑うところだったが、さすがにそれはなさそうだ。琳子はほっと安心した。

「アウトレットモールが近くに出来たらしいから、そこに行ってみるか。食べるところもあるだろう」

 アウトレットモールと言われ、琳子はちょっとだけテンションが上がった。
 これから春を迎えようとする季節、新しい服を数枚、ほしいと思っていたところだ。

「あの……そこで服を見てもいいですか?」

 琳子の遠慮がちな声に樹はバックミラーに視線を向ける。

「もちろん、そのつもりだけど」
「ほんと? ありがとう」

 琳子のうれしそうな笑みを見て、樹は目を細めた。

「ああ琳子さん……そういう表情もかわいいなぁ」

 助手席の悠太は後部座席に身を乗り出し、琳子をのぞき見てきた。琳子はのけぞり、悠太を避けた。

「悠太っ、危ないから前をむいておけっ」

 樹に怒られ、悠太は大人しく前を向いた。

 車を走らせること約三十分。アウトレットモールに近づくにつれ、建物がどんどんと少なくなってきて不安になっていた頃、ようやくそれらしき物が見えてきた。
 目的地に着いたのはいいが、さすが土曜日。駐車場は混んでいて、止めるまでにもさらに三十分はかかった。
 車内では他愛のない会話が交わされ、油断するとシモ方向に向かう二人の会話を軌道修正するのに琳子はそろそろ疲れてきた頃、ようやく車を止めることができた。
 車から降りた琳子は思いっきり伸びをして、気持ちを切り替えた。

 アウトレットモールに入り、案内板を見る。広大な敷地には大きな建物が三棟ほど建っていた。
 A棟はイベントホールなどがあり、毎日なにかが催されているようだ。ショッピングエリアはB・C棟にある。

「先にご飯を食べるか」

 樹の提案に食事のできる場所を探すと、どの棟にも飲食店がある。そして、三人がいるのはC棟。

「今がここで……こっちにあるのか。とりあえず、行ってみよう」

 琳子は案内板の下に置かれていたパンフレットを手に取り、悠太と樹の後ろを追いかけた。

「琳子、ほら」

 樹が手を差し出してきた。琳子はその手を見つめ、首をかしげていると、強引に樹が琳子の手を取り、繋いできた。琳子は樹の手の温かさに戸惑った。離すことも出来ず、されるがままでいると、悠太がふてくされた声を上げた。

「あ、樹。ずるいよっ」
「悠太は反対の手を繋げばいいだろう」
「あ、そうだね」
「ちょっと待ってください! そうやったらバッグがっ」
「ボクが持つよ」

 悠太側に持っていたバッグをするりと抜きとられるとすかさず手首をつかまれて、腕を絡められた。反対の手は樹が指を絡めて繋いでいる。

「あのっ、歩きにくいです」
「大丈夫だ、そのうち慣れる」

 しかし、横に三人が並んで歩くのは他の客に迷惑で、樹と琳子が並び、その後ろに悠太が琳子の手首をつかんで歩く形になった。どうやらこの状況は目立つようで、琳子は視線を感じる。

「あの……気のせいか、すごく見られてませんか?」
「ん? 気のせいだ」
「うん、いつものことだから」

 そう言われ、琳子は周りを観察してみると、女性客が樹と悠太を見ているというのが分かった。どうやら自分に向けられた視線ではないと気がついてほっとしたのも束の間。

「……ったく、気にくわないな」

 いきなり樹がいらだたしげにつぶやくと、琳子を隠すようにして歩き出した。悠太も気がつき、そっと琳子を周りの目から隠す。

「…………?」

 周りが急に見えなくなり、琳子は少しだけ不満顔を二人に向けた。

「琳子もそんなにきょろきょろしないの。男たちが琳子を見てるだろっ」

 意味が分からなくて、琳子は樹を見上げた。

「俺と悠太が歩いてると目立つからか、よく見られるんだよ。それはもう、慣れた。だけどっ」

 樹は憤った表情を通行人に向けて、威嚇した。

「いつもはこっちを見ない男たちが視線を向けてるのは、琳子を見てるからだっ」
「だけどさ」

 と悠太が後ろからのんびりと声を上げる。

「琳子さんが注目を集めてるのは、樹のせいだと思うよ?」

 樹は立ち止まり、悠太をにらみつけた。

「さっき、車の中でさんざんあおるようなことを言っていたから、琳子さんの色気がダダ漏れって感じ?」
「!」

 琳子はその一言に車でのやりとりを思い出して真っ赤になり、樹は悠太に噛みつきそうな勢いで苦情を告げる。

「俺だけのせいじゃないだろっ。悠太だって便乗してたじゃないか」
「……まあね」

 悠太はバツが悪そうに樹から視線を逸らし、周囲へと視線を向けた。

「よし、先を急ぐぞ」

 樹の不機嫌な声に琳子は樹と繋いでいる手をきゅっと強く握り返した。

「……ああ、すまなかった」

 琳子が不安そうな表情を見せたので、樹は安心させるために少しだけ表情を緩めた。

「大丈夫、心配することはない」

 その一言に琳子は強ばっていた顔に小さく笑みを浮かべた。
 その笑みに樹は思わず見とれてしまい、足を止めた。

「……樹?」

 いぶかしげに首をかしげる琳子。長い髪がさらりと音を立て、琳子の顔に流れた。樹は思わず、琳子に抱きついた。

「それ、反則過ぎだろ」

 ぎゅうっと力強く抱きしめられ、琳子は息が止まりそうになった。樹の腕の中でもがくとようやく離してくれた。

「……琳子はほんと、俺を翻弄する天才だと思うよ」

 樹は大きくため息を吐き、手を繋ぎ直して歩き出した。

「いっつも樹が美味しいところをさらっていくよね」

 不満そうな悠太の声に琳子は振り返り、見上げた。

「私から言わせれば、二人とも私で遊びすぎだと思います」

 不満そうな琳子の声に樹と悠太は顔を見合わせ、笑う。

「遊ばれてるのは果たしてどっちだろうな」
「ほんとにそう思いますよ。ボクは本気ですからね」
「俺も本気だからな、琳子」

 二人が向けてきた視線は明らかに甘く、琳子は身の置き場をなくしてもじもじとすることしか出来なかった。

     ***

 三人はようやくフードコートに到着した。全面ガラス張りのそこは春先の穏やかな日差しが差し込んでいて、気持ち良さそうだ。
 しかもお昼のピーク時から外れているからか、混雑はしているものの探せば座れるほどの混み具合だ。
 とそこへ、タイミング良く窓際にいた集団が席を立った。いなくなったのを見計らい、席を取る。そして交代でそれぞれが好きなものを注文して持ち寄った。もらったり上げたりしながらわいわいと三人はお昼を楽しんだのだった。