《第二話・楽しいいちご狩り編》五*男が女に服を買うのは脱がせたいがため?
お昼を食べた後、琳子が取ってきたパンフレットを眺めて、見て回るところを決めてから、三人は席を立った。食器の片付けは悠太が一手に引き受けてくれた。
悠太が片付けてくるのを、琳子と樹はフードコートの端に寄って待っていた。
「フードコートだからあまり味は期待してなかったけど、思ったよりは美味しかったですね」
琳子の楽しそうな声を聞いて、樹は安堵の笑みを浮かべた。
「そうだな。また来年、いちご狩りに来たらここに寄ろう」
「…………。はい」
琳子は少しだけ返事を躊躇した。
来年のこの時期もこうして樹と悠太と一緒にいるのだろうか。
「どうして返事が少し遅れたんだよ」
すねたような声に琳子は樹に視線を向けた。
「俺と悠太から逃れることが出来るとでも思ってるのか?」
「え、いえ……そういうわけでは」
「じゃあ、どういうことだよ」
思ったよりも強い口調で質問され、琳子は視線を落とした。
琳子は今まで、いいと思っていた男の人を姉の桃花にことごとく奪われてきた。
それもあり、いつかまただれかに奪われてしまうのではないかといった恐れと、長く付き合ったことがないため続けて行く自信がないのだ。
今はこう言ってくれているけれど、樹と悠太はもてるし、いい男なのだ。自分から離れていくかもしれないと思うと、自信がなくなる。
「樹も悠太もそのうち、私の前からいなくなるんです」
ぽつりとつぶやかれた言葉に、樹は眉間にしわを寄せた。
「あのな、琳子」
言葉を続けようとしたら、悠太が戻ってきた。
「お待たせ……って、あ、もしかして、空気読め?」
「……いや。ちょうど良かった、悠太。琳子が俺たちから離れて行く気でいるみたいだぞ」
その一言に悠太の瞳がきらりと光った。琳子はそれを見て、おののいた。
「ふーん、琳子。そんなにオレたちから離れたいんだ?」
突然の悠太のオレさまモードに琳子は逃げ腰になった。後ずさるが樹が控えていて、後ろから抱きしめられた。
「りーんこ」
耳元に息を吹きかけられながら囁かれ、琳子はぞわりと鳥肌が立つのが分かった。
「そういうつもりなんだ?」
前からは悠太。後ろは樹。逃げることが出来ない。
「琳子に嫌われても、俺たちは諦めないぜ?」
「本気だということを分からせないといけないようですね」
客観的に見なくても、樹と悠太が琳子をもてあそんでいるようにしか見えないのだが、二人からすれば本気らしい。飽きたり諦めてくれない限りは解放される気配はないと知り、琳子は諦めて身体から力を抜いた。
「観念した? ボクたちは絶対に琳子さんを離さないから」
悠太は笑みを浮かべて琳子の顔をのぞき込み、おでこにキスをしてから離れた。
「じゃあ、買い物に行きましょうか」
悠太の声に樹は琳子を離し、指を絡めて手を繋いだ。
***
C棟の二階。琳子が行きたいと言ったお店についた。店内は所狭しとワゴンが置かれ、服が山のように積まれている。三人は山をかき分け、物色していた。
「琳子はこういう色がいいんじゃないか?」
「こっちなんかもいいですよね」
樹と悠太が選んでは持ってきて、琳子にあてて違うと首にひねっては戻していた。
「琳子さんってはっきりした色も似合うと思うんですよね」
「ああ、あの赤いワンピース、似合ってたもんな」
琳子はそんな二人を置いて、マイペースで探すことにした。
とにかくこの二人と付き合うコツは、自分のペースを崩さないことであると気がつき始めた。
どちらかに合わそうとしても二人とも我が強くて、樹に合わせたら悠太が、悠太に合わせたら樹がとなり、そうなると片方が文句を言って琳子が疲れる羽目になる。自分を貫いて、二人に合わさせるのがいいようだ。
琳子は服をかき分けて、好みの物を手にとっては鏡の前であててみた。気に入った物を数点選んでレジに並ぼうとしたら、樹と悠太に奪われた。
「え、ちょっと!」
「俺たちが買ってやる」
「そんな、買ってもらうのは悪いですよ!」
琳子は遠慮をしようとしたが、樹はさっとレジに向かい、悠太に腕をつかまれて追いかけるのを阻止された。
「気にしなくていいですから」
「でもっ」
「隣のお店ものぞいてみましょうか」
悠太に引っ張られ、琳子はお店から強制的に出された。悠太はレジに並んでいる樹に合図をしていた。
隣のお店も同じように衣料品を扱っていたが、琳子が普段着るのとは少し違う雰囲気のものだった。
「琳子さんって楚々としたイメージがあるからさっきのお店みたいな服がいいとは思いますが、たまには違う物を着てみるのもありだと思うんですよね」
少し派手なデザインの中、悠太は一枚を選び、琳子にあててみる。
「ああ、やっぱり思った通りだ」
悠太は笑みを浮かべ、琳子と服を見比べた。琳子はどうなっているのか分からず、悠太の選んだ服を受け取って鏡の前に立った。
普段は淡い色を好んで着るため、モノトーンの服は着ない。が、鏡に映る自分を見て、意外に似合っているのを見て驚いた。
「ね、いいでしょ?」
「……はい」
ちらりと値札に視線を落とし、思っていた以上の数字に息をのみ、慌ててハンガーラックに戻そうとした。が、悠太がその手を止め、服を受け取った。
「サイズはこれで問題ないんですよね?」
「あのっ」
「さっきの服は樹が払ってくれた。ボクも琳子さんに買ってあげたいんだ」
金額を考えると、とてもではないけどお願いしますとは言えない。
「ボクが気に入ったんだから、気にしないで」
それにね、と悠太は続ける。
「男が女に服を買うのは、脱がせたいからって知ってた?」
「!」
琳子は真っ赤になって悠太を見た。
「……ってのは冗談だけど、この服を琳子さんに着て欲しいんだ」
とそこへ、会計を済ませた樹がやってきた。
「いいのがあったのか?」
「ああ、樹。これ見てっ」
悠太は樹に向けて選んだワンピースを見せた。
モノトーンだが花柄とレースが施されたクラシカルなデザイン。ハイウエストの切り替えでちょっと派手目だけど、琳子に合わせてみると意外にもマッチしていた。
「お、いいじゃん。今度これ着て、デートに行こうぜ」
「じゃあ、ボクはこれを買ってきますね」
悠太はレジに向かっていった。そこで店員となにか会話をして、数点付け加えていた。
「ありがとうございます」
と見送られて三人は店を出た。
「あの……二人とも、ありがとうございます」
琳子は深々とお辞儀をして、樹と悠太にお礼を述べた。
「次はこの服を着て、一緒にまた出かけようね」
と次の約束を取り付けられ、琳子は小さくうなずいた。
「次は?」
「あの……B棟に行きたいのですが」
「了解」
三人は一階に降り、B棟へと向かう。周りの視線から隠すように二人が歩いてくれる。守られているという安心感を知り、琳子はくすぐったい気持ちになった。
「あ」
悠太の声に琳子は顔を上げた。
目の前には他のお店よりもさらに輝いているように感じるのは、そこが宝石店だからだろう。
「はいろっ」
悠太に引っ張られ、強引にお店に入ってしまった。
「悠太っ」
琳子は戸惑い小声で呼びかけるが、悠太は琳子にぐっと顔を寄せ、囁いた。
「ボクたちの想いの強さを分かってもらえないみたいだから、それを示したくて」
「なるほど。それはいい考えだ」
樹はすぐに分かったらしく、手短にいた店員をつかまえる。
「ペアリングを二つ買いたいんだけど」
店員は三人を見て少しいぶかしげな表情を浮かべながら、笑顔を向けてきた。
「ありがとうございます。では、こちらにどうぞ」
三人は奥に案内された。琳子は逃げたくても逃げられない状況におろおろとするばかりだった。