『眠り王子─スウィーツ帝国の逆襲─』


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《第二話・楽しいいちご狩り編》三*樹のお昼寝



 悠太は動けない琳子のために紙カップに新たにお茶を注ぎ、渡してくれた。自分用にも用意して、琳子の隣に座ってお茶をすすっている。
 琳子は熱いほうじ茶を口に含んでため息をつくと、膝の上で気持ち良さそうに眠っている樹が見えた。
 悠太は樹の頭をつついて遊んでいる。樹はがっちりと琳子にしがみついて眠っていた。

「これ……起きるんでしょうか」

 琳子の疑問に悠太は笑みを浮かべながら口を開いた。

「そういえば、眠り姫って話があるよね」

 脈略のない言葉に琳子は首をかしげ、悠太に視線を向けた。

「あれは魔女の呪いをかけられたお姫さまの話だけど、樹って油断するといつでもどこでもこうやって寝ちゃうんだよ。だからつけられたあだ名が『眠り王子』。ほっといても満足すれば起きてくるんだけど、途中で下手に起こすと機嫌が悪くて手がつけられなくなるんだ」

 その話を聞き、うかつに寝かしてしまったことを後悔したが、後の祭りというものだ。

「でもね、確実に起こす方法が一つだけあるんだ」

 そういって悠太は珍しく人の悪い笑みを琳子に向けた。

「眠り姫ってどうやって起きたか知ってるよね?」
「え……と、王子さまの、キスで」
「そう、正解」

 少し大きめの目を細め、琳子の頭を優しく撫でた。悠太はさらに瞳を細め、とんでもないことを口にした。

「こいつ、すっごいキス魔で、キスして起こせばご機嫌なんだ」
「う……えっ」

 琳子は思わず、眉間にしわを寄せた。

「たまにこうやって一緒に出かけて、油断してると樹は寝てしまうんだ。時間に余裕があったら起きるまで待つんだけど」

 悠太はそこで一度、言葉を句切り、樹の頭をつつく。まったく起きる気配がない。

「先を急ぐとき、無理矢理起こすとそれはもう、大惨事になるから……どうすると思う?」

 琳子の中にまさかという思いが駆け巡る。恐る恐る、悠太を上目遣いで見た。

「琳子さん、そこでそういう視線をボクに向けるの? ほんっと、樹がいなければ今すぐ襲うレベル」
「じょっ、冗談はっ!」
「冗談じゃないよ、本気だよ?」

 にっこりと微笑まれたが、琳子は本能的に身の危険を感じて悠太から遠ざかろうとしたが、膝の上には樹がいる。しかも、思いっきり腰をつかまれていて動くことが出来ない状況だ。
 悠太は琳子の肩をつかみ、唇を重ねてきた。さっきはついばむような口づけだったのに、今度は舌を絡めるキス。琳子は鼻から息を抜くが、驚くほど甘い吐息となり、恥ずかしくなった。

「琳子さんって、なにげにキスが上手だよね」

 瞳をのぞき込まれながらそんなことを言われると、恥ずかしくて視線を逸らしたくなる。

「もっとキスしたい、ずっとしていたいって思わせるのが上手だよ」
「そ、そんなつもりはっ」
「きっと樹も、ボクがするよりも琳子さんのキスの方がもっと気持ち良く目を覚ますと思うんだよね」

 それよりも琳子は今、悠太の口から聞いた衝撃の事実に目を見開いたまま、固まった。
 樹を起こすために……悠太が樹にキスをした?
 琳子の脳内にはアブナイ妄想がもやもやと浮かぶ。
 見目麗しい二人のキスシーン。を想像しようとして、理性がブレーキをかけた。
 琳子は見る見る間に真っ赤になり、その場であたふたとしている。

「琳子さんがなにを想像しているのかなんとなくは分かるけど、今のは冗談だよ」
「……え?」
「まあ、酔っ払って冗談で唇が触れる程度のキスならしたことがないとは言わないけど、いくらなんでも樹にはそんなこと、しないよ」

 琳子の中のアブナイ妄想はそれでも止まらない。
 触れる程度のキス?
 ……するのならどっちからだろう。
 仕事帰りにどこかに寄って飲んで、ネクタイを緩めてなんとなくちゅっとやっちゃったのだろうか。
 悶々と浮かんでくる光景にやっぱり琳子は赤くなったままだ。

「琳子さんって結構、想像力豊かなんだねっ」

 悠太はおかしそうに笑い、琳子の耳元に顔を近づけてきた。

「樹を起こすには、こうするんだよ」

 耳に息を吹きかけられ、なんとも言えない感覚が全身を襲ってきて、琳子は身を縮めた。悠太はさらに耳に口を近づけ、囁く。

「『起きないとキスするぞ』ってね」

 その一言に琳子はぞくりと身体を震わせた。腰に響くその声に思わず、悠太にしがみつく。

「……あれ? 琳子さん?」

 さらにたたみかけるように囁かれる声に琳子の息は荒くなる。

「もしかして、感じちゃった?」
「ちっ、違いっ。あ、やんっ」

 また甘噛みされ、琳子は身をよじった。

「琳子さん、敏感っ」

 悠太は面白がり、琳子の耳元でわざとくすくすと笑う。
 悠太の声はお菓子のように甘い。耳元で囁かれると脳みそがとろりと溶け出しそうな感覚に陥った。

「耳だけでそんなに気持ちよがっていたら、どうするの?」
「あっ、はっ、んんっ」

 琳子はどうすることも出来ず、悠太から離れて膝の上にいる樹の頭を握った。結構な力が入っていたため、樹もそれで目が覚めたようだ。

「ん……。ああ」

 うっすらと開いた瞳で悠太を認識したらしい樹だが、つかまれた頭の痛みに顔をしかめた。

「って、琳子?」

 真っ赤な顔をして息の荒い琳子を見て、樹はいぶかしげに悠太を見た。

「状況を見ると、悠太が琳子をもてあそんでるってことか」
「ひどいなぁ、もてあそんでるなんて。ボクは琳子さんと交流を深めていただけだよ?」

 どこが交流を深めていたというのだろう。琳子は驚き、目を見開いて悠太を睨み付けた。

「相変わらず、悠太はサディスティックってことか」
「琳子さんの反応がかわいいんだもん。つい、いじめたくなるだろ?」
「……気持ちは分からんでもないが、人が気持ち良く寝ているところでなにをしてるんだよ」
「樹が起きないのが悪いんだよっ」

 樹は琳子のお腹のあたりに顔を埋め、それから大きく伸びをして上体を起こした。

「んー、琳子の膝の上は最高だなぁ。ほんっと、気持ち良く眠れたっ」

 樹は腰を浮かし、琳子の正面から顔をのぞき込む。

「俺が寝てる間、悠太にキスをされまくってたんだろ?」

 その質問に、琳子は視線を逸らす。

「あたりか。油断も隙もあったもんじゃないな、ほんと」
「それはこちらのセリフだよ。ちゃっかりと膝枕してもらったりしてさ」
「悔しかったらしてもらえよ」
「ボクは膝枕よりもいっぱいキスをする方がいいなぁ」

 琳子はどっちがキス魔なんだろうとぼんやりと思ったが、どちらにしてもこの二人の相手をまともにしていると、身が持たない。

「琳子」

 樹に名前を呼ばれ、視線を向けるとあっという間に顔が近づき、唇をふさがれた。

「あっ……」

 わずかに口を開くと、迷うことなく舌が入り込み、絡められる。
 悠太とは違うキスの仕方だが、とろけていきそうな感覚に陥る。琳子は怖くなって、樹の腕にしがみついた。すると、樹は身体を寄せ、腰を抱いてきた。

「この数時間で琳子、なんか妙にキスが上手になった?」
「あ、やっぱりそう思うよね?」
「うーん、これは……調教のしがいがあるな」
「やっぱり、ベッドの上で啼かしたい」

 二人の嗜虐的な言葉に琳子は首を振り、樹から慌てて離れた。

「どうしてすぐにそうやってそっちに話を持っていこうとっ」
「仕方がないだろ。俺たち男だし、そしてなによりも好きな女が目の前にいれば、そういう妄想はいくらでもするのが男のサガであるわけだ」

 樹にぐっと身体を近づけられ、琳子は反射的に後ろに下がった。

「とにかくっ」

 琳子は樹と悠太を見て、宣言する。

「あなたたちとはキス以上の関係にはなりませんっ」

 その一言に二人は落胆するどころか、笑みを浮かべた。

「琳子がキスのお許しをしてくれたぞ」
「よし、一歩前進だねっ」

 前向きな二人に琳子は喜ばしてしまったことを知り、思わず、頭を抱えたくなった。