Sweet darling, Sweet honey


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【秋孝の特殊能力】



「ちょっと疑問に思っていたんだけど」
「なに?」
 少し前から思っていたことをアキに聞いた。
「アキのその特殊能力って、制御できないの?」
「制御?」
 わたしの言葉は思ってもいなかったことのようで、アキはなんのこと? という表情でわたしを見ている。
「昨日わかったんだけど、アキのその能力、人の顔を見なければ大丈夫のような気がするんだけど……違う?」
 昨日、わたしがずっと顔を伏せているときはアキはわたしの見た過去を見ることができていなかったようだ。そこで、気がついた。アキは人の顔のなにかを見て、過去を見ることができるのではないか、と。
「あー……。うん、言われてわかったけど、そうかもしれない」
「その能力にはいつ頃、気がついたの?」
「物心ついたころには、もう見えていたから……。当たり前だと思ってたんだけど、違うんだよ……な」
 自信なさそうにアキは言っているけど、普通の人は目の前の風景しか見えないから!
「俺が変なんだよな」
「変というか……普通は目の前の風景しか見えないものだよ」
 わたしの言葉に、アキは首をかしげる。
「目の前のものって、たとえばだ、今日、ちぃは深町にキスをされて、舌を思いっきり噛んだ、というのも目の前に見えるんだが」
「そんなもの、見なくてよろしい!」
 嫌なことを思い出してしまった。
「そのあと……」
「あー。もう! アキ、思いだしたら腹が立つから、もういいっ!」
「良くない! 俺だって……目の前で繰り広げられているようで、正直気持ちよくないんだ」
 それはそうでしょうね。わたしだって目の前で見せつけられたら、嫌になるわ。
「それで、その力を制御できたら、見たい時に見たいものだけ見えるようにならないかな?」
「……考えたこと、なかった。見えるのがその、当たり前だったから」
 だれもそんなこと、考えなかったのかな?それとも……自分が見ていた秘密をアキに見られることを恐れて、怖くてだれも近寄らなかったのかな? そう考えたら、アキはわたしが思っている以上に孤独な人なのかもしれない、と思った。
 深町はそれを考えたら変な人だよね。端から見たら、わたしも変な人になるのか。
「俺にしてみればこの能力は特殊なものじゃなくて普通なんだけど、他の人間からしてみれば気持ちが悪いみたいで、高屋の家に生まれてなかったら俺、すっごいいじめられていたと思うよ」
 わたしの学校でされたようないじめなんてきっと、かわいいものなんだろうな、とアキのその一言で想像がついた。
「親父は普通に接してくれたけど、母親は……俺のこの能力を知ってから、一度も会ってないな」
「え? 一度も?」
「一度もというと大げさだけど、ふたりっきりになることはないな、あれ以来一度も」
 アキの口からお父さんのことは聞いたことがあったけど、お母さんのことは今、初めて聞いた。存命しているみたいなのに、アキの口から語られないお母さん。なにかあったんだろうな、とは思っていたけど、そんな態度をとられていたら、それは話したくないよね。わたしはパパとママに愛されて育ったから、まったく想像がつかなかった。
「この能力、なくなってほしいとは思わなかったけど、見たくもないものが見えるのは困るとは思っていた……。そうか、自分で制御できるようになればいいのか」
 わたしの言葉にそうだよな、ともう一度かみしめるようにつぶやいて、
「制御できるように努力してみる。そうすれば、もう少し人ごみも大丈夫なようになると思う」
 そういってアキは眉間に指をあてて、なにか悩んでいる。
「だけどなぁ……。具体的にどうすればいいんだろう?」
 さすがにそれは、わたしにもわからない。
「とりあえず、ありがとな」
 そういってアキはわたしの頭をなでてくれる。昔、このしぐさにわたしは子ども扱いだ! と腹を立てたことがあったけど、今はとても気持ちがよくてずっとそうしてほしいと思う。
「それでだな」
 アキの口から発せられた言葉に、わたしは絶句した。

 この後、わたしとアキは具体的な話し合いを進めた。といっても、わたしはなにをどうすればいいのかわからなかったので、アキがずっと考えていたことを聞いて、おかしいところや疑問に思ったところに突っ込みを入れる、という形ではあったけれど。
 アキは先ほどはずした眼鏡をかけ直し、
「そういえば、眼鏡をかけていたら少し見えにくいかも」
 そういう新たな発見もあった。
「明日から眼鏡男子になるかな」
 と言っているけど、眼鏡姿のアキもわたしは好きだから、それでアキが楽になるのなら、いいんじゃないかな。

 アキは自分の考えとわたしの指摘をノートに書き込んでいく。最初は夢物語のようだったけど、こうして紙に書いて目に見えるようにしていくと、だんだん現実的になってきた。すっかり夜も更け、日付が変わる頃になってわたしは急に眠気を覚えた。
「あふ……」
 アキはちらりと時計に目をやり、
「もうこんな時間か。明日もあるから、寝ようか」
 わたしは立ち上がり、自分の部屋に戻ろうとした。
「ちぃ?」
「おやすみなさい」
「部屋に戻るの?」
 アキは心細そうに、わたしの顔を見ている。
「うん、だってゆっくり眠れないでしょ?」
「別々に寝る方がゆっくり眠れない」
 駄々っ子のようなアキに、わたしは苦笑する。
「なにもしない?」
「……キスぐらいはしていいだろう?」
 それくらいなら、とうなずく。アキは眼鏡をはずして机の上に置き、机の電気を切ってわたしを布団にいざなった。部屋の電気は消され、真っ暗になった。暗闇に慣れると、アキのシルエットが浮かび上がって見えた。
「ねえ、アキ。こんな状態でも見えるの?」
 わたしの疑問にアキは、
「暗闇の方がはっきり見えるかも」
 なんだか不思議だな、と思う。
 アキと一緒にお布団に入って、アキはわたしを抱きしめて、キスをしてきた。そのキスはとても甘くて、嫌でもわたしの身体は反応してしまう。昨日、初めてだったのにもかかわらず、身体はしっかりとアキのことを覚えているようだった。
「ちぃ、駄目だよ」
 そう言いつつもアキも感じてしまったのか、わたしにゆっくりと手を伸ばしてくる。
「アキのうそつき」
 口ではそういうけど、身体は正直でわたしはアキに絡みついていた。

 結局、あの後すぐ眠ることができず、わたしはアキに抱かれた。我ながらなんだなー、と思いつつもアキから与えられる快感に確実におぼれている自分がいる。
「アキ、起きて」
 わたしは目覚まし時計で目を覚ましたけど、アキはその音に布団にもぐりこむ。
「アーキー」
 アキの頬にキスをしたら起きるかな、と思ってキスをしてみた。
「ちぃー。朝から積極的だな」
 そう言ってアキに組み敷かれた。
「やだ、アキっ」
 それだけで身体の芯が疼くなんて、わたしもどうかしている。
「あああ、食べちゃいたい!」
「アキ! 時間がないんだから! 起きて」
 わたしはアキの下でばたばたと暴れる。アキは仕方がなさそうな、そして残念そうな顔をして、起き上がる。
「着替えてくる」
 わたしはぱたぱたと隣の部屋に行き、制服に着替える。そしていつものように朝ご飯をアキとふたりで食べて、学校へ行く。テストの結果が返ってきて、しばらく学校を休んでいた割にはかなりしっかりした点数が取れていたことに満足した。これも彼方のおかげよね。だけど、本当にアキを手伝うとなったら、これで満足していてはだめなんだと気がつく。簿記の勉強ももっと頑張ってやって、アキが行っていたっていう大学の経営学部に行って初めてアキと同じフィールドに立てるんだ。そうしないと、いつまでたってもアキの隣に立つにはアンバランスだ。アキのことをなにも知りもしないし、ふさわしくないってミズキさんに言われた。

 ミズキさんが撮ってくれた写真を見たら、確かに未熟なわたしが写っていた。だけど、さすがアキが信頼しているカメラマン。未熟なわたしだけど、その未熟さも美しく切り取ってくれていた。
 あの写真は好評のようで、さらに問い合わせが増えた、と奈津美さんと蓮さんが悲鳴をあげているってアキが言っていた。なんでもその未熟さが初々しくていいんだって。世の中ってよくわからない。
 だけどわたしは今回のこのCM撮影と写真撮影で思ったのは、わたしにはこのお仕事、合わないなってこと。やっていて楽しいのはきっとママの血なんだし、やればある程度はできるってのも分かった。だけど、なんとなくわたしのやるべきことではないとわかった。
 そして、おのずと自分の進むべき道が見えてきた。少し時間はかかるけど、わたしはわたしがやるべきことをやって、アキの隣に立ってもおかしくないオンナになるんだって、心に決めた。そのことをきちんとアキに告げたら、アキはわたしを眩しそうに見つめて
「ちぃがやりたいようにやればいいよ。俺はいつまでも待つから」
 あ、またわたし、わがままを言っている。と思ったけど、こればっかりは仕方がない。
「蓮は飛び級して大学院も出てるんだぜ」
 と言われて、蓮さんがものすごい人だったのにも驚いたけど、日本の大学の制度にも飛び級があるって知って、わたしも頑張ろうと思った。
「大学に行って、浮気したら許さないからな」
 とアキは言うけど、アキ以上に魅力のある人がいるなんて、到底思えない。だけどこれは、アキには内緒。
「それはわたしも返す! アキ、浮気したら……深町に抱かれてやるから!」
 そんなのはこっちからお断りだけど、これが一番きついお仕置きかな、と思ったからそう言った。
「うわっ、冗談でも言うな! 鳥肌立つ」
 アキが浮気なんてするわけないのは分かっているけど、万が一という時があるからね。だけどそうなったってわたし、絶対に深町に身体を許すなんてこと、しない。
「わたしだって嫌だよ。アキ、そうならないように……わたしを守ってね」
 わがままかもしれないけど、これはわたしの切実なお願い。
「あいつになんて絶対渡さないから。ちぃ、なにかあったら俺に教えろよ?」
 アキの特殊能力はだいぶ自分で制御できるようになったようで、以前ほど頭痛を訴えることはなくなった。ただ、普段は制御している分、たまに意識して見ようとすると、以前より良く見えるようになったみたいで場合によってはあまりにもダメージがすごすぎて倒れることが何度かあったみたい。今度は制御ができたから出力をコントロールできるようにならないとな、とアキは笑っていた。だけど、今までずっとそうやって見て生きてきたものを簡単に制御してしまうアキってすごいな、と思う。どう見えているのかわたしには想像もつかないからイメージがまったくわかないんだけど、そう言うのってきっと、コントロールするのは難しい……はずだよね?
「俺は鉄壁の心を持っているから、大丈夫」
 と意味不明のことを言っていたけど、アキだからできるのかもね?
 ただ、深町にはそれは弱いみたいで……というよりも、深町はアキのその能力を知っているからわざと見せつけているらしく、そういうサドな部分を見て、若干自分に通じるところがあって、見ていて不愉快になってくる。同族嫌悪、とはこういうことを言うのか、と知りたくもない気持ちを知ってため息が出た。








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