Sweet darling, Sweet honey


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【怒涛の展開】



 合格発表があってからそれほど経たない日。わたしは夕刊を読もうと一面を目にして、目を見開いた。
「な……なに、これ!?」
 一面トップに「タツミホールディングス 社長逮捕」と出ていた。
「アキ!」
 驚いてアキの携帯電話にかけた。
『どうした、珍しいね。ん? 新聞? 見たよ』
 部屋にテレビはあるものの、ほとんどつけたことがない。あわててテレビをつける。夕方のこの時間、ニュース番組はどこの局もやっていて、適当にチャンネルを合わせるとタツミホールディングスの話題をやっていた。
『ちぃに協力してもらったおかげだよ』
 アキの言っていることがわからなかった。
「なんのこと?」
『帳簿』
 アキの一言に、青ざめる。
「あれって……」
『うん、そうだよ』
 けろりとアキは言うけど、タツミホールディングスって言ったら……!
「ふ、深町は?」
『ああ、深町から提供されたものなんだよ、あれ』
 アキの言葉に気が遠くなった。
『ちぃ? いいか、これだけは言っておく。これは正しいことをやったんだ。ニュースを見て本質をきちんと見極めろ』
 アキはそれだけ言うと、電話を切った。
 相当青ざめていたらしく、彼方が心配して顔を覗き込んできた。
「大丈夫?」
 力なく座り込み、茫然とテレビを見ている。彼方はなにも言わないで同じようにテレビを見ている。タツミホールディングスの話題は終わり、CMに入った。
 テレビを消した。静寂が訪れる。
「智鶴ちゃん」
 彼方はわたしを気遣うように声をかけてきた。
「今の報道を見る限りでは、深町さんは困ってないよ」
 驚いて顔を上げる。
「詳しくは帰ってきた深町さんと秋孝に聞いてごらん」
 そういう日に限って、アキと深町は戻ってこなかった。
「あの報道で対応に追われてるんだと思うよ。智鶴ちゃん、不安ならアタシ、泊って行こうか?」
 彼方の申し出はありがたかったけど、少しひとりで考えたかったので断った。
「なにかあったらじいに言うんだよ?」
 彼方はそれだけ念を押して、帰って行った。
 わたしは……眠れない夜を迎えることになった。
 何か月か前にアキから渡されたあの帳簿の数字を思い出す。簿記を勉強した今、どうしてわたしがあそこに違和感を覚えたかわかる。巧妙に隠されていたけど、あれは二重帳簿か簿外帳簿の存在を暗示していたのだ。これから詳しく捜査されていろいろ情報が出てくると思うけど、ペーパーカンパニーの存在もかなり濃厚だ。あの数字の大きさがどれだけの大事件かわたしにはわかり……ことと場合によってはタツミホールディングスがなくなるかもしれない。そうなったら……深町はどうなるんだろう。
 結局、眠れないまま一夜を過ごしてしまった。自分の身体をできるだけこの世から隠すように布団の上で膝を抱えていた。抱えた膝の上に顔をうずめていたら、
「ちぃ」
 とそっと呼びかけられた。アキが帰ってきたことに安堵して、思わず抱きついていた。
「ちぃ、ごめん。心細い思いをさせてしまった」
 アキのにおいとぬくもりを感じて、ほっとした。アキは優しくわたしをなでてくれる。
「眠れなかった?」
 小さくこくり、とうなずいた。
「添い寝しないと眠れない?」
 アキの少しからかいを含んだ言葉にも、今のわたしには安堵の気持ちの方が大きかった。
「深町はかなりすがすがしい顔をしていたぜ」
 アキの言葉にのろのろと顔をあげ、アキを見た。
「でも……」
「どこから話そうか」
 アキは帰ってきてすぐだったらしく、スーツの上着を脱ぎ、ネクタイを外した。
「その前に、ご飯食べさせてもらっていいか? 昨日の昼から食べられてないんだ」
 びっくりしてアキから離れようとした。
「でも、もうちょっとこうしていて」
 しばらく、アキの腕の中にいた。アキは気が済んだらしく、ゆっくりと立ち上がって
「シャワー浴びてから朝ご飯にしよう」
 脱ぎ捨てたスーツとネクタイを持って、隣の部屋に戻って行った。立ち上がり、布団を片付けてから顔を洗い、着替えた。
 アキの部屋に行って待っていると、お風呂からあがってさっぱりしたアキがお風呂場へと続く部屋から出てきた。アキは部屋着を着て、濡れた髪をタオルでごしごしと拭いていた。その姿だけを見たら妙に色っぽくて、わけもなくドキドキしていた。
「うん? 水も滴るいい男?」
 そういうつまらない一言がなければ……アキはほんと、文句をつけるところがないほどいい男なんだけどなぁ。がっかりして、ため息をついた。
 食事をしながら、アキは話をしてくれた。
 アキの話によると、
・あのアパートの火事は九十九%の確率でタツミホールディングスの社長がかんでいる。
・わたしも死んでいると思っているらしい。
・このまま社長の座にいるとアキも深町も困るので不正を見つけ出して社長の座から引きずり下ろした。
 という話をかいつまんでされたんだけど、なんでわたしとパパとママの命が狙われたのかいまいちわからない。
「わからない? ちぃはどうしてそういう部分は鈍いんだか」
 アキはあきれた顔でわたしを見る。
 最近わかったのが、アキはわたしのことを対等に見ている、ということ。年齢は十も離れているけど、きちんとひとりの女性として扱ってくれる。たまにからかいでわたしのことを子ども扱いしているけど。大人の余裕を感じてそんな時はムッとするけれど、それを言うのは悔しいから我慢している。
「タツミホールディングスの今の社長、だれか知ってるか?」
「辰己真理(たつみ しんり)さんでしょ?」
 タツミホールディングスについて少しは調べたのでそれくらいならわたしでもわかる。
「そう、まりちゃん」
 アキはにっこり笑って、
「そのまりちゃんだけど、深町のおじって知ってた?」
 え……?
 アキはテレビのリモコンに手を伸ばし、テレビをつける。ちょうど朝のワイドショーやニュースをやっている時間帯らしく、ポチポチとアキはチャンネルを変えていく。
「お、ここがいいかな」
 合わされたチャンネルを見ていると、ぱっと画面が切り替わり、昨日何度も見た建物の外観が映し出された。タツミホールディングスの本社ビルだ。こんな朝早くなのに黒山の人だかりで、驚いた。
『辰己真理社長の身柄が確保されたようです』
「まりちゃんも往生際が悪いよねぇ」
 アキは目を細めたまま、テレビを見てそうつぶやいている。
 パシャパシャ、とひときわカメラのフラッシュがたかれ、カメラは人だかりの合間をぬってそのフラッシュの先を映そうとしているけど、なかなか映せないようだ。アキはちっと舌打ちをして、チャンネルを変える。他の局はさっきとは微妙に角度が違う位置だったけど絶好のポジションみたいで、フラッシュの先の人物がよく見えた。
 その先には、嫌ってほど見慣れた……でも数か月前にこの世からいなくなったはずの人……が映し出されていた。
「パ……パパ!?」
「ちぃ、よく見ろ」
 アキの言葉にわたしはテレビ画面を目を凝らしてよく見る。そこには確かにパパが……ううん、違う。パパにそっくりだけど全然違う人が立っていた。少しフラッシュを眩しそうに目を細め、それでも口元には笑みをたたえて笑っている。パパは絶対にこんな表情、しない。悪いことなんてしてませんよ、という顔をして……その人、真理さんはフラッシュの海を楽しそうに歩いている。
 アキはわたしの顔を確認して、テレビを切った。
「あいつは摂理の双子の兄さ」
 初めて聞く事実に、倒れそうになる。パパに……兄弟がいたなんて、知らなかった。
「やつはまだ独身なんだ」
 アキはいつの間にかわたしの横にいた。
「深町はちぃの十六の誕生日におまえたち家族を呼び戻そうとしていた。まりちゃんはそれをされると困るから……おまえたちを殺そうとしたんだ」
「どうして? 真理さんはだって、パパのお兄ちゃんなんでしょ?」
「ああ。兄であるんだが……。駆け落ちしたとはいえ、摂理の方がいまだに人望に厚くてな。双子でありながら……双子だからか? 火と水の関係で、なにかあるごとににらみ合っていた」
 穏やかなパパからはまったく想像ができなかった。
「おまえの母である唯花は……実はまりちゃんの婚約者だったんだ」
 わたしはアキの言葉に驚いて、アキを見上げた。
「まりちゃんはとにかく、おまえたち家族をこの世から消すことに執心した。深町はそれを知っていながら、止めることはできなかった」
 アキは苦しそうにわたしにそう告げる。
「深町が話すって言ったんだけど。あいつには負担が大きすぎるから……俺が代わりに話してる。深町から聞きたかったか?」
 アキの悲しそうな瞳に、首を振る。深町の口から聞いたらわたし、たぶん泣いている。だから……アキでよかった、と思っていた。
「かわいさ余って憎さ百倍……というのかな、こういうのを」
 アキはふぅ、とため息をついた。
「朝から重い話をして、すまないな。本当は昨日の夜にしようと思ったんだが、その、なかなか帰れなくて」
 ふるふると首を振る。
「ちょっとこの件が落ち着くまでしばらく戻りが遅くなると思うけど、ごめんな。これが落ち着いたら、本来お願いしようと思っていた仕事と、学校登校を再開させるから」
 アキの言葉にわたしは泣きそうになった。でも、ここで泣いてもなにも始まらない。だから……ぐっと我慢した。
「まりちゃんが逮捕されたことでまあ、あの火事のことなんてこれっぽっちもなんにも情報が出てこないのは明白なんだがな。あいつを社会的地位のある人間から引きずり下ろすことでちぃの身の安全を確保できるわけだよ」
 よくわからないけど、アキがそういうからそうなんだろう。
「よし、ちぃの顔をたくさん見れたし、たくさん話もできたから、がんばって仕事に行ってくるよ」
 アキはスーツに着替えて、会社へ出かけて行った。また考えないといけないことができて、頭がパンクしそうだった。
 パパのお兄ちゃんが……わたしたちを殺そうとしていた? あの火事は……やっぱりわたしたち家族のせいだったの? パパとママは……真理さんから逃げていたの?
 聞きたいことがたくさんあったけど、その問いに答えてくれる人はもう、この世にいない。







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