Sweet darling, Sweet honey


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【彼方の気持ち】



 ぼーっとしていたら彼方がくる時間だったようで、こんこん、といつものように部屋がノックされた。彼方なのを確認して、ドアを開けた。
「智鶴ちゃん、大丈夫?」
 相当青い顔をしていたのか、彼方はわたしの顔を見るなり、心配そうに聞いてきた。
「うん、大丈夫だよ」
 心配をかけさせまいとにっこりほほ笑んだ。
「今日はちょっとのんびりしようか」
 彼方の提案に不満を漏らす。
「大丈夫だよ! 彼方がつかれてるってのならのんびりでもいいけど」
 彼方は口角をあげて、にやりと笑う。
「思ったより元気だな。じゃあ、いつも通りで」
 勉強している間は余計なことを考えないで済むから、少し気が楽になった。
「ねぇ」
 あの日に見せられた帳簿を思い出しつつ、少しアレンジして彼方に聞いてみた。
「うん、うん。言われてみれば確かにおかしいけど……。智鶴ちゃん、そんなのよくわかったね」
 彼方は感心して聞いている。あのとき、まったく簿記の知識がなかったのにどうして見つけられたのか、説明した後でも彼方は納得いかないらしく、説明のために書いたなんちゃって帳簿をうなりながら眺めている。
「これ、アタシが見ていたら見逃してるくらい、ほんとすごく巧妙に操作された帳簿だよ」
 これを見つけてから今日の逮捕までかなり時間が経っている。たぶん、裏付けだとか確認に時間がとられたんだと思う。本当にそれほどまで巧妙で狡猾な帳簿で……自分でもよく見つけられた、と感心する。
「もともとは深町が見つけたらしいんだけどね」
「深町さんは、もともとこっちが専門らしいからね。家業があれだし」
 深町の穏やかな表情を思い出して、とても似合ってるなと少し微笑んだ。

 以前から思っていたことを彼方に思い切って聞いてみた。
「彼方は……深町のことが好きなの?」
 単刀直入の問いに、彼方はぼっという音がしそうなくらいの勢いで顔を真っ赤にした。
「ちょ、ちょっとなに、いきなり!?」
 その顔を見て、そうなんだと確信した。
「深町はわたしの兄だけど……わかってるけど、わたし……」
 その先の言葉は怖くてわたしには言えなかった。パパに抱いた以上の気持ちを……深町にわたしは抱いている。この気持ちが異常なのはよくわかっている。だから忘れようと思っても……深町は優しく、甘く、わたしを抱き寄せる。忘れたくても、忘れさせてくれない。こんな気持ちのまま、アキのことを好きになるなんて、とてもじゃないけど無理。
 アキはきっと、わたしの気持ちもすべてわかっていて、そんな気持ちを持っていてもきっと、受け入れてくれる。だけど、わたしにはそんなのは無理で。
 ここ数か月でわたしはすっかりアキに心が傾いていた。知れば知るほどアキに惹かれている自分に最初、戸惑った。パパみたいな人が理想だったのに、アキはまったくの正反対。それに、変なことばっかり言うし。それでもたまに見せる優しさと誠実さにどんどん惹かれていた。メロメロにしてやる、と言ってたけど、今のわたしはそれ以上だと思う。それでも、アキへの気持ちをわたしはまだ告げることができないでいる。
 アキを想う以上に……わたしは深町を想っている。たまにそのことを意識すると、眠れなくなる。
 彼方は落ち着いたらしく、それでもまだ余韻を残していたけど、
「智鶴ちゃん、深町さんのこととっても大切に思っているの、知ってる。だけど……智鶴ちゃん、ごめんね。アタシも深町さんのことが、好き」
 彼方の言葉に、ようやく……心の奥で引っかかっていた不快な気持ちがすとんと抜けていくような気がした。
「秋孝みたいな変態はお断りだけど……ってごめんね、智鶴ちゃん」
「ううん、アキが変なのはわたしもわかってる」
 彼方は苦笑してわたしを見つめ、
「幼いころから深町さんのこと、ずっと好きだったの」
 そういった彼方はいつもの中性的な雰囲気ではなく、恋する乙女そのもので、その様子が眩しくて、目を細めた。
「でも……深町さんも……、あ、いや。なんでもない」
 彼方の言葉にわたしは首をかしげた。
「なに?」
「ううん。アタシ、駄目もとで深町さんに告白してみる」
 彼方にほほ笑んだ。
「大丈夫、うまくいくよ」
 深町は絶対に彼方の告白を受け入れる。そんな自信があった。







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