【自己嫌悪】
いつもと違う感じがして、わたしは目が覚めた。
「!」
目の前に見覚えがある顔がどアップに映り、驚いて飛び起きた。
「う……ん」
アキが寝返りを打った。
えーっと……。
昨日の記憶をたどる。寝ようと思ったけど眠れなくて、そうしたらアキが勝手に布団に入ってきて……。結局そのまま、寝ちゃったのか。
時間は何時なんだろう、と時計を見たら、朝の六時過ぎだった。
アキって何時から会社なんだろう。気持ちよく寝てるけど……起こした方がいいんだよね?
「アキ」
少し遠慮がちにアキの身体をゆすった。
「深町、まだ寝かせてくれ」
アキはわたしの手を払いのけて、丸くなって布団の中にもぐる。なんで深町と断言するんだ、このおたんこなすめ!
「アキ! 起きて!」
もう少し強くゆすった。
「なんだよ……」
「アキ、起きろッ!」
あまりにも起きないので、ゆっさゆっさとアキの身体をゆする。それでもうーんとか言ってまったく起きる気配がないので、顔をぺちぺち叩いた。そうすると布団の中にもぐりこんだので、意地になってアキをゆする。
「アキ、起きてよ! 仕事じゃないの?」
「仕事……?」
布団の中からくぐもった声がした。
「アキー!」
パパ並みに寝起きが悪いな、とちらりと頭をよぎる。
パパも朝に相当弱くて、なかなか起きてこなかった。起こすのはわたし担当。ママだと全然起きないけど、わたしだとまだましで、ほっぺにチュッとするとすぐに起きてくれた。今にして思えば、その朝の頬へのキスがほしくてわざと寝起きが悪いように演技していたんじゃないだろうか。だからってアキに同じようにして起こすなんて、考えただけで気持ちが悪くなる。
「うー、もうちょっと寝かせて……」
「もうちょっとってそもそもアキ、いつも何時に起きるのよ?」
ようやくアキも頭が起きてきたのか、もぞもぞと布団から顔を出し、
「あー、ちぃだ」
と幼子のような無垢な笑顔でわたしのことを見るから、わたしの心臓はどっきん、と急に高鳴る。その笑顔、心臓に悪すぎる!
「おはようのキスしてくれたら、起きる」
「……一生起きてこなくていいです!」
起こすのがばからしくなって、布団から抜け出す。タンスから今日の着替えを選んで取り出そうとして、昨日見たときより服が増えていることに驚いた。
え……っと。昨日見たとき、こんな服なんてなかったよね? タンスの前で悩んでいた。
深町が用意してくれた服とまた系統が違うけどしっかりわたし好みの服たちなんだけど。
「気に入ってくれた?」
さっきまであんなに起きるのを渋っていたアキがぼさぼさの頭で後ろに立っていた。
「おはよう、ちぃ」
後ろから抱きすくめられ、耳元で朝の挨拶をされた。もう慣れた、と思っていたのにいきなりそうされたからわたしの身体はびくり、と反射的に反応する。
「朝からちぃったら敏感ねぇ」
アキはわざとそうやってわたしの反応を見て楽しんでいる!
「アキ!」
怒ったけど、アキは全然お構いなしでわたしを抱きしめながらタンスの中の洋服を品定めしている。
「昨日は時間がなかったから既製品からちぃが好きそうな服をチョイスしてもらったんだけど、今度時間があるときにちぃの服はきちんと用意するから」
「これで充分です!」
既製品というけど、ほとんどがブランドものの服じゃないの! わたしが一生かかってようやく一着か二着を買うことができるかできないかってくらい服たちばかり。
「こんな高いもの、もらえないよ!」
「なんで? ちぃは俺の嫁だし。きれいでかわいい服を着てほしいわけよ、だんなさまとしては」
アキはその服の中から一着取り出して、
「今日はこれなんかいいんじゃないかなぁ」
淡いピンクのニットに白のハイウエストのタックフレアスカートに白のショートブーツ。アキはこういうかわいい系が好きなの?
「もしくはこっち」
今度は茶色のタートルネックシャツに黒のパンツ。
「俺はどっちも好みだなぁ。むしろ中身の方が」
朝っぱらからこの人はなにを言ってるんだ。
アキが選んだ茶色のタートルネックシャツと黒のパンツを選んだ。さすがにこれだけだと寒いので、なにか上に羽織るモノを後で考えよう。
「着替えるから部屋に戻ってよ」
「うん? 俺が着替えさせてあげるよ」
「遠慮します」
アキが部屋に戻ってくれないのなら、お風呂場の前の部屋で着替えようと思って下着なども取り出して持って移動すると、アキも後ろをついてくる。
「アキ」
怒りを込めてアキの名前を呼ぶと、ようやくわかってくれたのかがっかりと悲しそうに肩を落として部屋に戻ってくれた。ほんっと、あんなに見た目がいいのに、やることが子どもみたいで困る。
着替えて、上に羽織れるようなものを探す。室内はほどよい温度に調整されているからこの上に軽く羽織れるようなものでいいんだけどな……。ハンガーに掛けられた服をがさごそと探し、深緑のチュニックを発見した。これでいいかな。鏡でおかしくないことを確認して、ついでに髪をとく。
「ちぃ、朝ご飯たべよ」
隣へと続く扉からアキに呼ばれた。断る理由もないので、素直に扉まで歩いていく。
「こっちにもうご飯用意してもらってるから」
隣のアキの部屋に入るのを躊躇したけど、扉の横に立ったらグイッとアキに引っ張られたので仕方がなく入った。
アキの部屋は、思ったよりいろんなものが散乱していた。といってもわたしがいた部屋より広いからそんなに窮屈さを感じるわけではなかった。
「寝る直前まで仕事してたから、散らかっててごめんな」
こちらの部屋もやっぱりたたみ敷きで、部屋の隅に机がL字型に置かれていて、そこに仕事の資料だと思われるものがたくさん山積みになっていた。散乱している、といってもその一角だけが妙に散らかっているだけで残りの空間は生活感がまったくないほどきれいだった。
部屋の真ん中あたりにテーブルが出されていて、そこに朝食が乗せられていた。
「朝はご飯とパンのどちらがいいのかわからなかったからご飯にしたよ」
ほかほかのご飯に味噌汁、それにお魚。
これでアキの変な会話がなければ……最高だったんだけどな……。ああほんと、アキは口を開かなければかっこいいんだけどなぁ。
食後のお茶を飲みながら、ぼんやりそんなことを考えていた。
「今日はちぃのためにお願いした家庭教師がくるはずだから、顔合わせしてね。じいにお願いしてるから」
ぼーっとしている間にアキは着替えたみたいでスーツ姿になっていた。つけたての香水の香りが鼻孔をくすぐる。
朝食の食器を片づけにきた人をアキは見送ると、
「さみしいけど、仕事に行ってくる。部屋の中、別に見てもいいけど、あそこの机だけは勘弁な」
わたしはうなずいた。
「今日も早く帰ってくる予定。遅くなるようだったら携帯に連絡いれるから。肌身離さず持っておいてね」
そう言ってアキはわたしの頭を優しくなでて、出て行った。ひとり残されてさみしさを感じた。
こっちの部屋は広すぎて落ち着かないから、自分用にとあてがわれた部屋に戻る。
布団を片付けてないことに気がついて、布団を押入れにもどす。たたんだ布団からアキの匂いがふと香って、ちょっと切ない気分になった。アキと会ってからまだ二日しか経っていないのに、わたしはこんなに彼にとらわれている。それもこれもあんなにインパクトがあるからだ。ふとした瞬間に気がついたらアキのことを考えている。パパのことを忘れている自分に、自己嫌悪。
パパが生きていたら、こんなわたしを見てどう思ったかな?
そもそも……パパが生きていたらわたしは今、ここにいるわけがないし。木箱をちらっと見て、涙が出そうになった。
そういえば……パパとママのお葬式ってどうすればいいんだろう。お骨もどうすればいいのかわからないし。じいに聞いてみよう。
そういえばこちらからじいに連絡を取りたい時ってどうすればいいんだろう。
部屋のドアをそおっと開けて廊下をうかがってみる。この部屋に来るまではアキにずっと抱えられていたから玄関からここまでどれくらいの距離があるのかまったくわからない。それにこのお屋敷、とんでもなく大きそうだから下手に出たら迷子になりそう。ドアを閉めてどうしようか考える。
携帯電話を思い出して取り出してみたけど、アキと深町にしかかからないと言っていたような気がする。たとえ他の場所にかかったとしても今の私にはその他の場所の電話番号さえ知らない。
どうしよう、と悩んでいたらこんこん、とドアがノックされた。
ドアの前まで行き、返事をした。
「おはようございます、じいでございます」
その言葉にうれしくなって、すぐにドアを開けた。