Sweet darling, Sweet honey


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【眠れない夜】



 目がぱっちり覚めてしまった。時計を見ると、夜中の一時過ぎ。用意してくれていた水差しからコップに水を入れて、一気に飲み干した。ふぅ、と一息ついて、ごそごそと布団にもぐりこむ。だけど……変に目がさえて、眠れない。こういうときは無理矢理寝ようとしても眠れないのを知っていたので、あきらめてガウンをはおり、少し外の空気を吸いに行こうと部屋の鍵を持った。
 ふと隣へと続く扉を見たら、明かりがもれてきていた。アキ、まだ起きてるんだ。
 そう思いながら、静かに部屋のドアを開けて、鍵をかけて外へ出る。外に出て息を吐くと、白かった。
 そういえば昨日もこれくらいの時間に目が覚めたんだっけ。そう思ったらものすごく心細くなった。
 かさ、という音がしたのでびっくりして音のした方を見た。そこには、タバコを吸っているアキがいた。
「どうした? 眠れないのか」
 アキは灰皿に吸殻を押しつけて、わたしに近寄ってきた。
「アキは?」
「俺? 仕事してた。今は息抜きに外に出てタバコ」
 タバコ……。近寄ってきたアキにタバコのにおいを感じて、少し顔をしかめた。
「ちぃはタバコだめ?」
「うん。パパが吸わなかったから」
 わたしの言葉にアキは目を細め、
「ちぃがやめろっていうなら俺、今からタバコ吸うのやめるよ」
 アキの真剣な表情に、返答に困る。
「なあ……。どうすればちぃは俺のこと、好きになってくれる? ちぃが好きになってくれるのなら……俺、なんでもするよ」
 アキの苦しそうな表情に、なんと答えていいの? アキのそんな苦しそうな表情を見ていたら、わたしまで苦しいよ。少し変なことを言ってもいいから、アキ、笑っていて。
「アキの……苦しそうな顔を見ていたら、わたしまで苦しくなるから。ねぇ、アキは笑っていて」
「ちぃがそういうのなら、ちぃの前では笑っているよ」
 そう言ってアキはわたしの髪をなでて、微笑んでくれる。そんなアキを見て、微笑む。
「すぐに好きになれってのが難しいのなら……。今はそうやって俺の側で笑っていて」
 抱きすくめられ、さっきまで感じていた心細さを忘れた。アキのぬくもりに……心が癒される。パパでも深町でもない、温かさ。
「ちぃのこと、幸せにするから。だから。少しずつでいいから……俺のこと、好きになれ」
 前半のセリフはわたしとわたし以外のだれかに宣言するように、後半はわたしに向けて。命令口調に少し腹が立ったけど、さっきのアキの苦しそうな表情に免じて許すことにした。しばらくそうやっていたけど、寒さを感じて、部屋に戻ることにした。
「アキ、寒いから部屋に戻るね」
「寒い? 一緒に寝て、温めてやろうか?」
「いえ。遠慮します」
 なにされるかわかったもんじゃない。あわてて中に入る。入ろうとして扉を開けたら、ひょい、と身体を持ち上げられた。
「ちょっと!」
 焦っておろしてもらおうとする。
「そのままにしてて。ちょっとは俺のわがままを聞いてくれよ」
 こうやって抱いて歩くことがわがままなのかどうかわからないけど、これくらいならいいか、って……。なんだかだんだんわたし、アキのペースに乗せられている。だけどアキの腕の中も心地よくて。
「もうちょっと胸がある方が俺的には好みなんだけどなぁ」
「!」
 却下! さっき思ったこと、却下!
「こんの、変態!」
 思いっきりアキの背中をたたいた。
「だって、ちぃの抱き心地、最高なんだもん」
 いじけたようにかわいく言ったって、駄目!
「おろして」
 わたしの言葉に素直にアキはおろしてくれた。
「おやすみ」
 ぽんぽん、と軽く頭を叩かれた。わたしは部屋の鍵を開けて、中に入った。鍵をしっかりかけて、布団に入る。眠れるかと思ったら……全然寝付けない。何度か寝返りを打つ。
 そういえば、ひとりでさみしく寝るのって、実は初めてかもしれない。そう思ったらますます眠れなくなった。何度目かの寝返りの後、部屋に人が入ってくる気配を感じた。なんとなくだれかわかったから、身体を起こした。
「アキ」
 怒りを含ませて声を発したけど、アキは全然お構いなく、というよりわたしが起きていたことでうれしそうに寄ってきた。
「ちぃもやっぱり眠れないのか?」
 すりすりと寄ってこられても、困る。
「俺の寝付きの悪さは深町もあきれるくらいなんだよな。ちぃが起きてる気配がして、こっちに来たけど……よかった?」
「よくない」
 本当は不安だったけど、それを悟られないようにぶっきらぼうに答えた。
「添い寝してあげるよ」
 どうしてそういう結論になるのか、聞きたい。
「してあげる、と言っているけど、それはアキがしたいだけでしょ?」
「そう。よくわかったね」
 といって頭をなでなでしてくれたけど、全然うれしくない! むしろ子ども扱いされて、ちょっとムッとする。
 わたしはここでどうしてアキに子ども扱いされたことに怒っているのか、考えようとしなかった。同じ状況でパパか深町だったら、絶対に怒っていなかったのだ。
「じゃあ、寝ようか」
 そう言って当たり前のようにアキはわたしの布団に入ってくる。
「ちょっと!」
 あわてて布団から出た。
「なんで布団に入ってくるの!」
「なんでって。添い寝したいからに決まってるだろう」
 わたしが布団から出たことが気に入らなかったようで、拗ねたような響きを含んでいた。
「ひとりで眠れます! さっきまでひとりで寝てたわけだし」
「でも、目が覚めて眠れないんでしょう?」
 図星だから、なにもいい返せない。
「ほらほら。おいで」
 ぽんぽん、とアキの隣を叩いてくるように促された。
「……嫌だ」
「なんで? なにも毎日添い寝するって言ってるわけじゃないし。今日はたまたま眠れないみたいだから一緒に寝てあげる、って言ってるだけだよ」
「……じゃあわたし、朝まで起きておく」
 眠れないのなら、無理して寝る必要はないのだ。
「じゃあ、どうせ寝ないのなら、俺の横で一緒に布団に入って。そこにいたら、寒いよ」
 確かに。布団の中はとても温かかったから、外に出るととても寒い。そんな我慢をするのも馬鹿らしいと思い、アキに言われるまま、素直に布団に入る。
「うわ、ちぃ。冷たくなってる」
 アキは布団に入ってきたわたしを抱きしめ、そうつぶやく。アキの腕の中は、温かくて居心地が良かった。







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