Sweet darling, Sweet honey


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【駆け落ち?】



「秋孝!」
 深町さんの声に、わたしははっとする。思わず地の自分が出てしまったけど。
 深町さんはあわてて部屋に入ってきて、わたしをあきたかさんから隠すように後ろにかばってくれた。それがやっぱりパパそっくりで、わたしは深町さんの背中にしがみつく。
「深町。たとえおまえ相手でも、俺は容赦しないからな」
 あきたかさんはその精悍な顔に獰猛な表情を乗せて、深町さんを見る。その瞳に怒りを読み取り、わたしはさらにギュッと深町さんにしがみつく。
「秋孝、どういう意味だよ」
「どういうもこういうもない。俺は智鶴が気に入った。だから嫁にしてやる、と言ってるだけだ」
 あきたかさんの発言に、わたしはさらにおびえる。パパと深町さん以外の男の人は……怖い。
 あきたかさんはかっこいいけど、自分に向けられたあの瞳を思い出し、わたしはぶるっと震えた。力強いけど、少しうるんだ瞳。瞳の奥になにか揺れる物が見えた。
「おまえの妹なら、なおさら好都合だろう。親父も口ではあまり言わないが、お見合い写真を山のように用意しているのを知ってるし。なに、それとも俺に文句でもあるのか?」
 嫌だ。怖い……!
「僕は秋孝なら安心して智鶴を任せられるのはわかっているけど。でも、智鶴が嫌がっている」
 深町さん、嫌だ!怖いよ。お願いだから、安心して任せるなんて言わないで!
「嫌がっている?」
 あきたかさんと目があった。
 わたしはきっと、今にも泣きそうな顔をしている。わたしのその視線に、あきたかさんに動揺の色が見えた。
「ふむ」
 わかってくれたかな……?
「わかった。なら智鶴、俺のことを好きになれ」
 いきなり呼び捨てにされ、さらに命令口調。
 この人、なにさまですか!?
「なんであんた、そんなに高飛車なのよ! わたしの理想の人は、パパなのよ!」
 わたしは深町さんの後ろだからそれが心強くて、そう叫んでいた。パパみたいな人じゃないと、わたしは嫌だ!深町さんが……わたしのお兄ちゃんじゃなければよかったのに!そう思ったら切なくなって、深町さんの背中をギュッと抱きしめた。
「パパ? おまえの父親で深町の父でもあるあいつか?」
 わたしの言葉に、あきたかさんはあからさまに苦い顔をしている。
「あいつは俺からなんでも奪っていったからな」
「パパのこと、悪く言わないで!」
 パパのことを悪く言う人、大っ嫌い!
「まあいい。おまえは俺のことが好きになる。それだけは断言しておいてやる。いいな、おまえは俺の嫁だからな」
 乱暴にあきたかさんはそう言って、部屋を出て行こうとした。
「パパのこと悪く言う人、大嫌いよ!」
 わたしはその背中に、そう叫んだ。
 そうよ、大好きなパパのことを悪く言う人に、いい人はいなかった!
 わたしは泣きたくなって、深町さんの背中に顔をうずめた。
 少しして、深町さんがゆっくりとわたしに身体を向けた。
「智鶴、ごめんね。びっくりしたよね」
「な、なに、今のあの人」
 わたしは傲慢なあきたかさんが怖かった。
「あ、うん。高屋さまの子ども。で、僕の兄みたいな人、かな?」
「深町さんのお兄さん?」
 あれ、深町さんにお兄さんなんていたんだっけ?
「そうだね、少し詳しく話をしようか」
 深町さんのその言葉を待っていたかのようなタイミングで、食事が運ばれてきた。
「その格好だと少し寒いよね」
 言われて、そういえば少し肌寒いな、と感じていた。深町さんはタンスからガウンを出してきてくれたけど、袖を通すととても大きくて、深町さんは少し笑いながら袖を折ってくれた。
「朝食を取りながら話をしようか」
 落ち着いて部屋を見回すと、とても広い部屋。部屋の端にわたしがさっきまで眠っていたベッドがあって……そのベッドも大きくて、たぶんキングサイズだ……部屋のなかほどにテーブルがあり、そこに朝食が用意されていた。
 深町さんはわたしをテーブルまでエスコートしてくれて、椅子に座らせてくれて、深町さんはわたしの向かい側に腰かけた。
「食べようか」
 深町さんの言葉にわたしはいつものように手を合わせて、食事を始めた。
 食事は、どれを食べてもおいしかった。
 しばらく食べていたら、深町さんが口を開いた。
「父ときみのお母さんがカケオチした、ってのは知ってるかい?」
 駆け落ち? 深町さんの言葉に、わたしはびっくりする。だけど……。パパはなにかにおびえるようにいつも転々と住む場所を変えていて。あのアパート、ようやく落ち着いて暮らせるようになったと思っていたのに。
「パパ、駆け落ちだったの!?」
 そう口にして、妙にその言葉が真実をついていた。
「詳しい経緯は知らないんだけど。カケオチだよ」
 わたしは、口にしたオムレツを必死にかんで飲み込んだ。
「僕は、僕と母を捨てた父を……恨んだよ」
 穏やかな笑みを浮かべながら、深町さんはわたしの心をえぐるようなことを言う。
「ごめんなさい……!」
「どうして? 智鶴が謝ることじゃないよ? 最初は恨んだよ。でもね、僕は智鶴とこうして会えたから、恨みよりも感謝の気持ちの方が大きいんだよ」
 気がついたら深町さんが隣にいて、わたしの目線に合わせて横にいた。
「僕にはこんなにかわいい妹がいる。もうそれでいいじゃないか」
 深町さんは優しくわたしの髪をなでてくれる。
 ママそっくりな黒くてサラサラの髪。わたしの自慢。でも、昨日の火事で少し髪の先が焦げたりしているのに気がつき、悲しくなった。
「僕の大切な家族は智鶴ひとり。智鶴も……僕のこと、大切に思ってくれてるとうれしいな」
 にっこりとほほ笑む深町さんに、わたしはギュッと抱きついた。
「深町さんは……わたしの大切なお兄ちゃんだよ?」
「深町さんだなんて、他人行儀だな。さんづけはやめようか」
 深町さんの提案に、わたしは戸惑う。
「え……でも」
「深町、って呼んでよ。そうじゃないと、僕も智鶴のことを智鶴ちゃんって呼ぶよ?」
 別に智鶴ちゃんでもいいかな、と思ったけど。半分しか血がつながらないといっても、兄なのには変わりないから。
「わかった。深町って呼ぶよ」
 わたしの答えに、深町はにっこり笑ってわたしの頭をゆっくりなでてくれた。
「せっかくのきれいな髪が火事で台無しになっちゃったね。とりあえずお風呂に入っておいで。そのあとに髪を整えてもらおう」
 おもむろにドアがノックされ、先ほど朝食を持ってきてくれた人と一緒に別の人が部屋に入ってきた。
「辰己さま、お召し物をご用意いたしました」
「そこのソファに置いてくれる?」
 深町の指示に、大小さまざまな箱がソファの横に積み上げられていく。
「服を用意したよ。お風呂に入って好きなものに着替えて。僕はまたころ合いを見てここに来るから」
 優しく髪をなでて、おでこにキスをして深町は部屋を出て行った。朝食も片付けられ、さきほど服を持ってきてくれた人もいなくなり、わたしは部屋にひとりになった。
 お風呂って言われても……。わたしはドアを勝手に開けて、お風呂場を探した。湯船にはお湯がすでにはられていて、わたしはゆっくりとお風呂に入った。







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