『怨人─オニ─』


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十一章・前



 今日は土曜日で、本来なら隔週で週休二日制を取っている蓬莱谷ほうらいや高校は登校することになっていたのだが、生徒三人と教師を切りつけた犯人をまったく捕まえることができず、やはり今日も生徒たちの安全を考えて休みとなっていた。そんな中だが、胡桃たち四人は喫茶店に集まっていた。昨日と同じテーブルで同じ席配置で座り、朔也と将司は昨日のお見舞いの話を改めて胡桃と淳平にする。胡桃など話を聞いて、憤っている。
「信じらんない!」
 昨日、壮一に言われていじめられる側にも問題があるからだと言われてはいたものの、やはりいじめている側を許せない。
「野尻か。あいつもなぁ、嫌なら嫌だって言えばいいのに」
「でも!」
「胡桃が怒るのも分かるし、オレも腹を立てているよ。だけど、助けてもらったことをチャンスとして嫌な状況を抜けださなかった野尻にも責任があると思うんだよな」
 壮一と同じことを言っていて、胡桃は淳平なら一緒になって怒ってくれると思っていたので、余計に憤りを覚えた。
「いじめる方が悪いじゃん!」
 胡桃は食ってかかるが、
「おまえは野尻の保護者か? いじめられていたら助けるのか? 一生、野尻の後ろについてあいつを守るのか? 助けて過保護になるのは、野尻の人格を否定することだし、なによりもそれは野尻のためにならないだろう」
 淳平の大人な答えに胡桃は言い返せなかった。
「胡桃が助けたことは間違ってないと思う。オレも話には聞いていたけど、そういうのは現場を押さえないと効果がない。それに、現場に立ち会ったとしてもなかなか助けられないよ」
 下手に助けて今度は自分がいじめのターゲットになってしまうかもしれない、そう思うと助けないとと思いつつも助けられない。なのに助けたことはすごいと淳平は胡桃を褒める。
「でも」
「そこで胡桃が落ち込むのは間違ってるって。そのチャンスをものにしなかった野尻が悪い」
「そうだな」
 胡桃と淳平のやり取りを黙って聞いていた朔也が口を開く。
「昨日、将司がいなかったらあの三人を俺もある意味、いじめていた。止めてくれて、今になって感謝しているよ」
 将司は照れている。
「朔也が意外に熱い人ということを知れて、昨日はよかったけどね」
 朔也は照れくさそうに笑っている。
 胡桃は昨日、壮一から聞いた切られるまでの経緯の話をする。
「今までの話をまとめてみると、野尻さんが絡んでいるというのは分かったけど」
「そうだな」
 四人は頭を抱える。
「どうして突然、怨人が現れたのか、そしてその怨人はどうして野尻をいじめた人間に対して復讐のようなことをしているのか」
「それに、お父さんも」
「そしてなぜか俺たちも狙われているようだ」
 無言になった男たち三人を胡桃は見回し、口を開く。
「じゃあさ、今からみんなで野尻さんの家に行こうか」
 胡桃の提案に、残りの三人は一斉に胡桃の顔を見る。注目を集めてしまった胡桃は少し照れくさそうに、
「だってここで考えたって答えはでないじゃない?」
「まあ、そうだが」
「本人に聞くのが一番じゃない?」
 男三人は胡桃の提案に呆れている。
「じゃあ、すぐに行こうよ」
 胡桃は今日は百衣に緋袴、いわゆる巫女装束を着ている。土曜日となると、そこそこ参拝客が来るので、社務所で壮一の手伝いをしている。
「おまえ、手伝いは?」
「そんなのあとあと。大丈夫、そんなに時間、かからないでしょ?」
 胡桃は紅茶を飲み干し、調理場に持っていく。まだ朝も早い時間なのもあり、お店には胡桃たち以外、客の姿はない。
「お母さん、ちょっとあたし、出かけてくる」
「手伝いは?」
「用事が終わったらするから。さ、行こう!」
 胡桃の言葉に男三人は呆れ、止める言葉も見つけられずに同行することとなった。

     *

 四人が喫茶店を出たところで、壮一とばったり出会った。
「あ、お父さん。ちょっと今から出かけてくる。すぐに戻るから」
 にこやかな胡桃に対して後ろ三人のさえない表情を見て、壮一はため息をつく。胡桃がなにかとんでもないことを言ったんだろうなと壮一は思う。
「ちょっと待っていて」
 壮一は社務所へ向かい、長いなにかを持ってきた。
「なにこれ?」
 胡桃は布で包まれた棒状のものを受け取った。
「宝物庫から出てきたんだ」
 布をはずすと、そこには一本の木刀があった。木刀を動かす度に鈴の音がする。どこからするのかと思って見てみると、柄の部分からだった。柄頭を見ると、そこに穴が開いて、鈴が入れられていた。
「桃の木でできた木刀だ。その鈴は怨人の動きを止めるためにつけられているらしい」
「お父さん、ありがとう」
 胡桃は布に包んで大切に木刀を抱える。
「じゃあ、行ってきます」
 胡桃は壮一に告げ、万代の家へと向かう。
 万代の家に着き、そこで胡桃は改めて、なんと言えばいいのか悩む。勢いで来たのはいいが、いきなり犯人扱いするのも失礼極まりないし、証拠がない。たまたまだと言われれば、それまでだ。
「考えなしだったかな」
 ぼそりとつぶやく胡桃に、男三人はやはりとため息をつく。
「なにか秘策でもあるのかと思ったら」
「あるわけないじゃん。来たらどうにかなるかなと思って」
 付き合いの長い淳平は予想通りで頭を抱える。朔也と将司はなにか考えがあってなのかと思っていたので唖然としている。
「とりあえず」
 胡桃はなにも考えていないと言いつつも、万代の家のインターホンに手をかける。
「あっ、馬鹿っ!」
 淳平が止める間もなく胡桃が押しているのを見て、あせっている。男三人はピンポンダッシュよろしく状態で家の角を曲がって遠巻きに胡桃を見ている。しばらく待っていたが、中からだれかが出てくる気配はなかった。よかったとほっとしたのもつかの間。家の角から胡桃を見守っていた三人は同時に身体に異変を感じる。そう、それは怨人が近くにいるときの三人の身体に起こる異変だった。
「胡桃、ヤツが近くにいる」
 朔也の声に胡桃は三人の元へ駆け寄ろうとしたところ、緑色の怨人が間に現れた。黒板を爪で引っ掻いたような耳障りな声をあげ、胡桃を威嚇している。新たにまたもう一匹現れ、二匹でこちらを馬鹿にしたように跳ね、奇声をあげている。胡桃たちが鈴を取り出すと同時に玄関から人が出てきた。そこには、暗い瞳をした万代が立っていた。
「野尻さん」
「あんた、目ざわりなのよ。犬伏先輩と仲良くして」
 万代の言葉に胡桃は気がついた。万代とそして万代のことをいじめていた三人の共通点。それは、朔也の熱烈な追っかけをしているということである。
 胡桃は朔也と同じ剣道の道場に通っていて、練習試合や大会などによく出ているのだが、その会場に万代たちは必ずいた。万代は一人で来ていたが、その近くにいつもあの三人がいた。胡桃などは黄色い声援を聞く度に犬伏先輩はやっぱり人気があるんだと見ていたので、いつでも見かける万代と三人のことは目についていた。
 胡桃も朔也のことは憧れてはいたが、追いかけてまで見ていたいほどの強い憧れを持っていたかというと、そこまでではなかった。だから休みの日にわざわざ練習試合だの大会だのと応援に駆け付ける情熱はすごいと思って見ていた。
「あんたがいなくなれば、犬伏先輩はわたしのことを見てくれる」
 万代の言葉に呼応して、緑色の怨人二匹は胡桃に襲いかかる。胡桃は壮一に渡されていた木刀を布に包まれたまま構える。くぐもった鈴の音が聞こえる。その程度の音では怨人は気にならないのか、鋭い爪を振りおろしてくる。角で様子を見ていた三人は胡桃の元へと駆け寄ろうとするが、胡桃を襲っていた一匹が立ちふさがる。
「犬伏先輩!」
 万代は朔也に気がつき、声を上げる。三人は、ショートカットを通りこして刈り上げたかのような万代の髪型を見て、虫がついていたから切った、というのは明らかに嘘だと分かった。
 万代は朔也だけではなく淳平と将司がいることに気がつき、三人がいることに悩んだ。
「野尻さん!」
 胡桃の声に家の奥からだれかが出てくる気配がする。万代がそちらに気を取られた時、緑色の怨人が音もなくいきなり消えた。
「だれか来ているの? 母さん、昨日遅かったんだから外に出てちょうだい」
 万代はあわてて靴を履き、家を飛び出す。
「野尻さん!」
 胡桃は、真横を通ってどこかへ走り去っていく万代を捕まえようと、手を伸ばした。しかし、思ったより素早く抜けて万代は走り去った。胡桃はあわてて万代を追う。朔也たちも胡桃を追いかける。淳平が先頭に立ち、その後ろを三人は必死に走る。線路の方面へと向かい、駅とは逆に線路沿いを走っているようだった。線路の上に架かる橋を通り過ぎ、少しひらけたところに、肩で息をしている万代が立っていた。
「なんで追いかけてくるのよ」
 泣きそうな表情で万代は淳平を見ていた。
「どうして? そう聞かれると返答に困るんだけど」
「野尻さん!」
 ようやく追いついた胡桃も肩で息をしながら、淳平の横に立つ。
「野尻さん、待ってよ」
 朔也と将司も追いつく。
「野尻さん、その髪」
「うるさいわね。ほっといてくれない? あんたの余計なおせっかいのせいで」
 万代はそこまで言って、唇をかみしめる。
「あたしのしたこと、おせっかいだったの?」
「おせっかいに決まってるじゃない。あんたはわたしを助けたと自己満足しているかもしれないけど、迷惑だったのよ」
 万代に正面から言われ、胡桃はショックを隠せない。
「正義の味方気取りなのかもしれないけど、ほんと、迷惑よ」
「野尻、おまえな」
 淳平はたまらず間に割って入る。
「おまえ、仮にも助けてくれた胡桃に対してそれだけ言えるんなら、なんでおまえをいじめていたとかいうヤツに言い返さないんだよ」
「あんたたちになにが分かるって言うのよ、うるさいわねっ!」
 万代の叫びに呼応するようにどこからか、あの緑色の怨人が現れる。胡桃は布を取り去り、木刀を構えた。
「わたしにはこれがあるわ。あんたたちなんて大っ嫌い。みんな死んでしまえばいいのよ」
 怨人は不快な声を立て、襲いかかってくる。胡桃は木刀を持っているが、朔也たち三人は素手だ。しかも、これだけの怨人が突如現れ、それぞれにあの不快な症状が出る。胡桃は鈴を鳴らしながら襲ってくる怨人を次から次へと額に突きを食らわせ、粉砕している。しかし、キリなく現れている。武器を持たない三人は鈴を振りまわして威嚇するしかない。
「野尻さん、やめてよ!」
 万代はうっすらと笑みを浮かべて胡桃たちを見つめている。
『われに害をなすもの、すべて滅びるがよい』
 先ほどまでの万代の声ではなく、かすれた低い声に胡桃は万代を見る。憎悪と怨念のこもった暗い声に背筋が凍る。
 万代が手をあげて振りおろすと、ようやく減った怨人が数えられないほどに増える。胡桃たちは怨人に囲まれることとなった。





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