『月をナイフに』


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《六》幻影世界へ02



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 暗くて色まで判別出来ないはずなのに、光のせいで真珠の髪の色が全員の目にはっきりと分かった。
 真珠も周りが急に明るくなったことに気がついた。

「おまえ……」

 それまでずっと静かだったモリオンの声に、真珠は慌てて頭に布を巻こうとしたが、モリオンに両手首を掴まれた。

「黒髪……」
「え……あ、えーっと」

 マリは真珠の髪の色は知っているので、特に驚きはない。
 ルベウスは少し驚いた表情をしていたものの、それだけだった。

「ラーツィ・マギエ」

 久しぶりに聞くその単語に、真珠はどうすればいいのか分からず、息を飲み込んだ。

「おまえが、ラーツィ・マギエだったのかっ」
「ちっ、違うっ!」
「違わないだろう! おまえがっ! おまえのせいで! アメシストが! 世界が!」
「モリオンさま、違います!」

 ものすごい剣幕のモリオンにマリは否定するのだが、モリオンは血走った瞳で睨み付けてきた。

「違わないだろう! 黒髪の乙女は、ラーツィ・マギエの」

 そこまでモリオンは口にして、ふと気がついたようだ。

「……乙女?」

 モリオンは自分が口にした言葉を繰り返し、真珠を見た。
 モリオンの瞳には、真珠はどう見ても成長不良の少年にしか見えない。
 本来の性別を知っているマリと真珠は、心臓がばくばくしていた。真珠は特に、モリオンに女だとばれてしまった時のことを思うと、今すぐにでも逃げ出したいくらいだ。

「黒髪だが……どう見ても」

 モリオンはじろじろと真珠を上から下まで見て、もう一度、顔を見た。
 少し女っぽい顔をしてはいるが、かわいらしい男というのもいる。それに女にしてはメリハリのない身体。
 モリオンは真珠を少年と認識した。

「しかし、黒髪……」
「ぼっ、ぼくが住んでいるところは、こんな暗い髪の毛の人が多いんだよ。ほら、ほんのり明るいけど、周りが暗いし、黒く見えるだけだって」

 真珠の手首を握っているモリオンの手の力が抜けたのを知り、慌てて腕を抜くと、真珠はそそくさと髪の毛を布でまき直した。するとほんのりと明るかった周囲から明かりが消えた。

「モリオンさま。もしもカッシーがラーツィ・マギエならば、精霊ファナーヒは近寄ってきませんわ」

 ほんのりと明るかったのは、精霊ファナーヒがたくさん集まってきていたからのようだ。

「そう……だな」

 モリオンはまだ警戒をしているものの、マリの言葉に少し納得したようだ。

「納得したのなら、早く入ろう。いつまでもここでぐずぐずしている時間はない」

 ルベウスの言葉に、真珠たちは罠としか思えないだれもいない裏口から、加工場チャーヌへと入った。

┿─────────────┿

 中は外とは違い、ほんのりと明るかった。真珠たちを中へと誘い込むように、通路には明かりが付いている。
 途中、通路は別れているところもあったが、巡回している人たちがいて、真珠たちは人がいない方へ行くしかなかった。
 明らかに誘導されている。
 人がいるところは行かれると不都合な場所なのだろう。その先に楽園パラディッサの手がかりがあるかもしれないが、しかし、真珠たちは出来るだけ穏便に済ませたかったので、あえて向こうの手に乗ることにした。
 そしてたどり着いたのは、加工場チャーヌの最奥だと思われる場所だった。

「扉がある」
「ああ、扉だな」

 真珠たちは来た道を振り返ると、そこはどこにも逃げる場所はなく、向こうから押し寄せてきたらつかまるしかない状態だった。してやられたと思っても、すでに遅い。

「これ、開くのかな」
「カッシー、むやみに触らないで!」

 マリの声に、真珠はすんでの所で手を止めた。

「なにか仕掛けられていたらどうするんだ!」
「……ごめんなさい」

 ようやくいつもの調子を取り戻してきたモリオンに叱られ、真珠は小さくなった。

「でもきっと、向こうはボクたちにこの中に入って欲しくて、誘導してきたんでしょ?」

 ルベウスは懐に手を突っ込み、小さな袋を取りだした。なんだろうと思って見ていると、ルベウスは袋の口を開け、なにかをつまむと扉の取っ手に取りだした物を振りかけていた。

「色が変わらないということは、特に罠が仕掛けてある様子はないみたいだな」

 取りだした袋をルベウスは元の通りに懐へと戻していた。

「しっ。足音がします」

 マリに言われ、全員が口を閉ざし、耳を澄ます。マリの言うとおり、こちらに近づいて来ている音がしている。

「どうあってもここに入ってほしいみたいですね。ここまで来たら、引き返せません。入りましょう」

 マリは率先して取っ手を掴み、扉を開いた。

「早く!」

 最初にモリオンが入り、次にルベウス。マリが続いて入ったが、真珠は入ることが出来ずに廊下に立ち止まっていた。

「カッシー!」

 マリの声にしかし、真珠は動けない。

「カッシー、なにをしてるんだ!」

 モリオンも気がつき、真珠の腕を引っ張り、中に引き入れた。真珠が入ったことを確認して、マリは急いで扉を閉めた。
 四人は全神経を扉の向こうへと向ける。
 カツカツカツという硬質な足音が聞こえる。

「異常なし」

 その声に、四人はしかし、扉の向こうの人物が扉を開け、中に入ってこないかとどきどきしている。
 再び足音がして、遠ざかっていったのが分かった。
 足音が完全に消え、マリはそっと扉を開け、外を確認した。廊下にはだれもいない。

「……大丈夫です」

 マリの声に、残りの三人は思わず、大きく安堵の息を吐いた。

「……どうしますか?」

 とりあえずの難局は去ったが、しかし、部屋に入り込んでしまった。
 部屋の中は廊下とは違い暗く、周りが見えない。

「どうすると言われても」

 選択肢は廊下に出て別の道を探すか、この部屋の中を散策するかの二つだ。そして、入ってしまった部屋を調べずに出るという選択肢は、この際、ない。
 罠だと分かっていても、もしかしたらこの部屋に探し求めているものがあるかもしれないのだ。

「ここになにもないということを確認してから、部屋を出よう」

 モリオンの言葉に、全員がうなずいた。

「明かりをつけた途端、部屋の中に警備兵がぎっしりと待ち構えていたら、どうしますか」
「そうなったらもう、観念するしかないだろう」
「そうですね。そうならないことを祈りましょう」

 暗闇に慣れた頃、マリは扉をうっすらと開けて、廊下の明かりで中を見回した。入ってすぐの場所に台があり、明かりが置かれているのを見つけた。すぐ側には明かりを付けるための道具も用意されているあたり、罠としか思えない。

「それでは、つけますよ」

 マリの断りに、だれも待ったの声を上げない。
 マリは明かりを付け、少し高めに持ち上げた。

「……人がいるようには、見えませんね」

 マリが明かりを右から左へと移動させ、部屋の中を見た。
 ぼんやりと照らされた部屋の中は、予想外になにもなかった。

「オレが隅まできちんと見てくる」

 モリオンはマリから明かりを受け取り、ゆっくりと部屋の端まで歩いていった。

「しかし、なんにもないな」

 どうやらここは空き部屋で、そのために鍵が掛かっていなかったのだろう。
 なにもないということに安堵を覚え、部屋を出ようとモリオンは口にしようかとした時、明かりがなにかを捕らえた。

「……なんだ?」

 三人の目にもそれが見えていた。
 白い布の端。

「……白?」

 マリには見慣れた白。そして、モリオンには懐かしい白。ルベウスにとっては馴染みのない白。真珠は神様の屋根サンブフィアラを思い出させる、白。

「どうして……?」

 マリのつぶやきに、モリオンは明かりをさらに高く掲げた。






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