『月をナイフに』


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《六》幻影世界へ03



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 モリオンは明かりを高く掲げ、よく見えるようにした。
 暗闇の中、明かりに照らされて浮かび上がる、白い布。天井まで明かりが届くようにすると、真珠が気を失って寝かされていたあの白い天蓋のようなものが見えた。

「どうしてここに」

 マリの掠れたような声。

「白は……白は神聖な色で……どうして」

 真珠はマリが街に入る前に言っていたことを思い出した。
 白は神聖な色で、許可された人以外は着ることが出来ない、と。白は目立つから着替えようと、仲間になったばかりのモリオンにわざわざ、調達してきてもらった。

「この天蓋は、ラーヴァが身体を休めるための場所で……」

 ガシャンと音がして、視界がまた暗くなった。

「ま、さか」

 真珠以外の三人は、今の状況がどれだけ異常かということが分かっているようだ。それでもルベウスはモリオンが落とした明かりを拾い、高く掲げた。
 なにもないと思われた部屋の端に、白い天蓋。
 その意味することは、真珠には分からない。

「マリ……中に入って、確認してくれないか」
「わ……わたし、が、ですか」

 マリの声が震えている。

「わたしは……出来ません!」

 マリは即座に拒否をした。

「なあ、どういうことだよ」

 真珠は一人、訳が分からない。疎外感に耐えられず、真珠は質問をした。
 マリとモリオンは首を振り、答えてくれない。

「なあ、ルベウス、知っているのなら教えてくれないか」

 真珠のお願いに、ルベウスはちらりとマリとモリオンを見て、それから真珠へと視線を向けた。

「ボクは神様の屋根サンブフィアラのことは詳しく知らない。だから今の二人の会話から推測するしかないのだが、そもそもが白というのは神聖な色で、だれでも身につけられる訳ではない。ラーヴァ神の乙女イジレウと許可された者のみが身につけることが出来る、特別な色なんだ」

 そこまでは真珠にも分かった。

「ところが、だ。その神聖な白で、しかもラーヴァが身体を休めるための白い天蓋がどうしてこんなところにある?」
「あ……」

 真珠はそこで思い出した。
 シトリンが楽園パラディッサを探すために、極秘で神様の屋根サンブフィアラから出ていたことを。
 ここにその白い天蓋があるということは、ラーヴァであるシトリンがいるということを意味していて……?

「それじゃあ」

 シトリンが真珠たちをここに招き入れた、ということだろうか。

「この中に」

 シトリンがいるというのだろうか。
 それにしても、これだけ真珠たちが話をしていても、中からだれかが出てくるような気配がない。しかも、だれかがいるようにも思えない。
 もしかして、真珠たちがここに入ったことを確認してから後からシトリンがやってくるのだろうか。
 シトリンが真珠たちが来たのを知り、ここに密かに誘導したというのならなんとなく納得する部分もある。
 それならば、招き入れたのならどうしてシトリンは現れない?

「……中にだれも入っていないときは、入口が開かれ、中が見えるようになっているのです」

 ルベウスは円蓋に明かりを近づけた。
 布は垂れ下がり、中が見える状況ではない。

「ということは」

 シトリンが中にいる、ということを示している。

「じゃあ、中に」

 マリは小さくうなずいた。
 シトリンが神様の屋根サンブフィアラからいなくなったのは、マリの証言から約一年前。神様の屋根サンブフィアラからここまではどれだけのんびり進んだとしても、一年もかかるわけがない。
 ということは、シトリンがここについ最近、着いたというのは考えられず……。

「どういう、こと、だ」

 意味が分からない。
 白い円蓋は、ラーヴァが休むための場所。中にいなければ、入口は開き、中が見える。しかし、今は口は閉じられ、中にいるということを示している。
 そしてこれだけ真珠たちが話をしていても、中から出てくる気配がまったくない。

「い……祈りを捧げている、とか?」
「それはありえません」

 マリは即座に否定した。

「この中はあくまでもラーヴァが身体を休める場所。そこで祈りを捧げるとは、ダイアンとディーナに対しての愚弄です!」

 真珠の言った可能性はまったくないようだ。

「そ、それじゃあ、熟睡している?」
「それもない」

 今度はモリオンが否定した。

「ここはあくまでも、祈りと祈りの合間に身体を休める場所。軽く眠ることはあるかもしれないが、熟睡することはあり得ない」
「それじゃあ、中にはいないけど、入口を開けておくのを忘れた、というのは?」
「その可能性はまったくないとは言い切れませんが……短期の不在時なら、開けずに出ることもあるかと」
「それでも、これほど長期で不在というのはおかしい」

 この部屋の中に隠し通路や隠し部屋がない限り、出入口は一か所。そして、真珠たちが廊下を通ってこの部屋に入ったとき、だれともすれ違っていない。真珠たちの後を追ってだれかはやってきたが、部屋の中には入ってこなかった。
 ということは、円蓋の中にはシトリンがいる、ということになる。

「ぼ……ぼくたちに恐れて、中から出てこられないってのは?」
「それはありません」

 それでは、どういうことなのだろうか。

「じゃあ、どうして中にいるはずなのに、出てこない?」
「……分かりません」

 マリは円蓋に視線を向け、首を振った。

「怖いけど、開けて確認を……しよう」

 マリは強く首を振り、否定した。

「出来ません! そんな無礼なこと、わたしには!」

 マリからモリオンへ視線を移すと、モリオンも首を振った。ルベウスを見ても、首を振っている。

「じゃあ、どうすればいいんだ? 出てくるのを待っているのか? その間に異変を感じただれかが来たら、どうするんだ」

 真珠の言葉に、三人は首を振り続けるだけだ。

「それなら、ぼくが開けるよ」
「だ……ダメです!」
「どうして?」
「そ、その……っ」

 マリはなにかを言いたそうにしているが、しかし、まごまごしているだけだ。

「今は非常事態だ。そのことは中にいるシトリンさまも分かってくださる。それに、なにか理由があって出てこられないのかもしれない」

 真珠はふと、アメシストのことを思い出した。
 地面が揺れ、巨大水晶が粉になったとき、アメシストは苦しそうに胸を押さえて床に倒れていた。もしかしたらシトリンも中でそんな状況になっていて、出たくても出てこられないのかもしれない。
 どうしてすぐにそう思い至らなかったのだろう。

「中で倒れているのかもしれないじゃないか」
「しかし!」

 それでも止めようとするマリの声を振り切り、真珠は円蓋へと近寄った。

「あの……失礼、しま、す」

 勢いで目の前まで来たものの、いざ入口に立つと、若干、勢いを失ってしまった。
 それでももしかしたら中で苦しんでいて、助けを求めたくても出来ないのかもしれないと思うと、勇気を出して一歩を踏み出すしかないと思う。
 真珠は円蓋に手を掛けた。
 ひらりと一枚捲っても、まだ白い布。反対の手で奥の布を掴み、捲る。その先にもまだ、布があった。
 一枚布かと思っていたら、どうやら複数枚が重なっているようだ。
 真珠はかき分けるようにして布を捲った。
 そうしてようやく、ぽっかりと空間が広がった。

「あの……どなたかいらっしゃいますか?」

 真珠は真っ暗な向こう側に声を掛けた。






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