《六》幻影世界へ01
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真珠たちがアラレヒベの加工場の周りでうろうろしている頃。
アレクは真珠たちがアラレヒベへたどり着いたことを加工場にいる護衛から連絡をもらい、知った。
もっと早くにたどり着くと思っていたが、こんな非常事態だ、手間取ったのだろう。仕方がないのかもしれないが、世界の変化の速さを思うと、ここでただ待つことしか出来ないアレクは苛立ちを覚えずにはいられなかった。
加工場から届いた手紙には中に入らないように威嚇はしたとあった。
中に入られて『アレ』を発見されるのは困るが、だが、いつまでも隠し通せるとは思っていない。見つけられると困るが、早く見つけて楽にしてほしい。いっそのこと、真珠たちに見つけられた方がいいのではないかとアレクの中でせめぎ合っていた。
アレクはマリに楽園に行けばアメシストを救えると伝えた。マリはアレクの言葉を素直に受け取り、実行に移してくれたようだ。口にした時、アレクは覚悟をしたはずだった。
それなのに、どうしてこんなにも心が揺れるのだろう。
楽園なんてどこにも存在しない。
アレクにとって、シトリンの側が楽園だった。彼女がいれば、彼女のためなら、アレクはなんでも出来た。
それなのに、アレクにとっての楽園の象徴であるシトリンは、今は側にいない。
シトリンを取り戻すため、そして──。
アレクは白い円蓋に視線を移す。
「……どうして、あなたは」
中に眠る人に対して、アレクはまた、問いかける。もちろん、答えは返ってこない。
アレクは届いた手紙に視線を戻し、この先の指示を逡巡した。
楽園へ行く近道はアラレヒベにある、とまことしやかに囁かれている。楽園などないと思っているアレクは、しかし、この噂を逆に利用した。
真珠たちをどうしてもアラレヒベに誘導したかったのだ。
そして、そこに隠しているあるものを発見してもらい、そして……。
真珠たちが『アレ』を見つけた時、アレクの仕業だと思うだろう。
アレクはそれでいいと思っている。
もしも真相が知れたとき、モリオンの悲しみと驚きを思うと、胸が痛む。
今までの待遇を思えば、モリオンはアレクに対していい印象を持っていないだろう。だからアレクがやったことだと思われた方がいい。
シトリンに託され、大切に育ててきた人。シトリンの次に大切な人。
その彼が出来るだけ傷つかないように。
そして、アレクのもっとも大切な人であるシトリンを取り戻すために。
もう後戻り出来ないところまで来ているのだ。
アメシストが真珠をこの世界に喚んだ時、この世界の行く末は決定されていたのだ。
そうとなれば、アレクがすることは自ずと決まってくる。
加工場は広い。しかも、入る口によっては行けない場所もある。
となると、裏口から中へ入るように誘導すれば、行って欲しい場所へ真珠たちは移動してくれるだろう。
そして、加工場内を探り、どこにも楽園はないと知ればいい。
この世界以上に素晴らしい場所などないというのに、なぜ人々は楽園を探そうとするのだろう。
真珠たちがこの世界が真の楽園であるということを見つけ出せばいいのだ。
アレクは筆記具を手に取り、真珠たちを裏口から中へ入れるよう、指示を書き付けた。
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そんなことを知らない真珠たちは、すっかり暗くなったのを確認して、動き始めていた。
ている。
脳天気な真珠とすれば、どうしていつまでもモリオンがうじうじしているのか分からない。
端から見れば、モリオンもいい加減に浮上すればいいのにと思うが、悩まなすぎる真珠もどうかと思う。それはともかく、これくらい強かでなくては異世界に突然飛ばされて、世界を救って欲しいなんてとんでもないことを言われて、なにがなんでもやらなくてはならないという状況で問題なく生きて行くには、これくらいの脳天気さがないとやっていけないのは確かであるから、これはこれでいいのだろう。
真珠たちは暗闇に紛れ、加工場に近づいた。のだが、木の扉の前には二人ほど人が立っているように見えるのだ。
「……奥に行くしかないようだな」
「でも、奥にも人がいたら?」
「木の扉からかなり離れているし、向こうはもしかしたらボクたちが裏口を知らないと思っているかもしれない。とりあえず、行ってみよう」
できるだけ音を立てないように真珠たちは萎れた植物に隠れながら、奥にあるという裏口へと向かった。
木の扉とは違い、こちらには人の気配がまったくなかった。
「……上手く行き過ぎじゃないか?」
「罠だとしても、行くしかないだろう」
なんとなく誘導されているような気配があるが、ここで引き下がるという選択肢はないようだ。
ルベウスは周りを慎重に確認すると、裏口に近寄った。真珠たちは離れたところから様子を窺っている。
ルベウスは裏口に軽く触れた。するとそれは簡単に開いてしまった。
「あれ、明らかに誘われてる……よな?」
なんと分かりやすいのだろうと思うのだが、こうなったら乗ってやろうと半ば自棄気味になっている。
ルベウスがこちらに来るように合図を送ってきた。真珠たちは素早くルベウスに近づいた。
「向こうはどうやら、ここから入って欲しいみたいだな」
「入りましょう」
マリもこれが罠であるのは重々承知しているようだ。それでも、入ることを選択した。
「モリオンは?」
返事は返ってこないとは思ったが、真珠は最後の悪足掻きでモリオンにも話を振った。
「オレは……」
モリオンは逡巡して、すぐに顔を上げた。
「オレも、行く」
行かないと言えば、ルベウスはあっさりとモリオンを置き去りで中に入っただろう。真珠はそうならないことにほっとしたが、絶賛落ち込み継続中のモリオンが中に入って戦力になるのかは、微妙なところだった。
「そんな調子で大丈夫なのか?」
その言葉に対して、モリオンは真珠を一瞥しただけだった。
真珠は他人のことよりも、足手まといにしかなっていない自分のことを心配しなくてはならないのだが、この際、棚に上げた。
「中はどうなっているのか分からない。自分のことは自分で守れ。もしもつかまっても、切り捨てていく」
気がつけばルベウスが仕切っていたが、だれも文句は言わなかった。
「マリちゃんはつかまっても心配はない。モリオン……おまえも大丈夫だな。仮にもアメシストさまの兄だし。問題は、カッシーか」
真珠は自分に視線が集中したのが分かった。
「ぼくは」
もちろん真珠は他の三人と違い剣も使えないし、今回の件の首謀者と思われている。アレクはあえてここに誘い込み、捕まえようとしているのかもしれない。
「ぼくの願いは、元の世界に戻ること……だから」
アメシスト直々に世界を救って欲しいと言われたが、真珠にしてみれば、この見知らぬ世界がどうなっても関係ないと思っているのが正直なところだ。世界を救わないと地球に戻れないというのなら、なにがなんでも救おうと思っている。
「この世界を救わないと戻れないというのなら、ぼくは」
そこでルベウスは真珠の頭を軽く叩いた。それは激励の意味だったのだが、真珠の頭に巻いていた布がはらりと取れて、落ちた。
「あ……」
今まで強い風が吹こうが、がむしゃらに走ろうが落ちなかった布が、簡単に取れた。
周りは明かりがなく真っ暗だ。闇に沈み、輪郭でかろうじて相手がだれであるのかが分かる程度だ。だから真珠は布が外れてもそれほど慌てなかった。
「ルベウスは乱暴だなあ」
苦笑交じりに真珠は告げ、落ちた布を拾うために上半身を前に傾けた。
途端。
どうしてだろう。明かりを付けていなかったはずなのに、真珠を中心として、柔らかな光が徐々に広がっていく。そのおかげで真珠はすぐに落ちた布を見つけることが出来た。
地面に落ちて土が付いたのを叩き、かぶり直そうとした。
「……髪が、黒、い」
モリオンの一言に、真珠の動きは止まった。