《五》変わりゆく世界09
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真珠たちの間をシュッと音がして、なにかが飛んできた。
間一髪で身体を反らし、どうにか避けることが出来たのは、今までの旅の成果だろうか。
くる。
硬質な音がして、地面に刺さる。
モリオンとルベウスは反射的に剣を抜くと、飛んでくる物を切り落としながら前進している。マリも短刀で跳ね返している。
飛んできている物──それは先端に炎がついた矢、だった。
「ったく、オレたちは敵じゃないっつーのにっ!」
モリオンは叫ぶが、今までの村での出来事を思えば、相手がだれであれ、関係ないのかもしれない。
真珠はとにかく矢に当たらないように、モリオンとルベウスの後ろについていくだけだ。
「ねえ、このまま建物に近づくのか?」
てっきり逃げるのかと思っていたのだが、前進している。
「逃げてどうする?」
真珠は返答に困った。
確かにこのまま逃げても仕方がないのは分かる。のだが、正面から行って入れるとは思えない。
真珠の目には、どう見ても堅牢な要塞のようにしか見えないのだ。
「このまま進んでも……」
「そうね。モリオンさま、ここは一度、引きましょう」
真珠はとっとと後退を始め、マリとルベウスも正面突破は無理だということをすぐに悟り、引き始めた。
「前に進むの……! みぃいいいっ!」
モリオンはそれでも前進しようとしていたため、矢が集中砲火となった。かろうじて矢をはたき落としたが、次に飛んできた時、防げるとは思えない。
「モリオン! 戻れ!」
矢が途切れた時を見計らい、真珠は叫んだ。
「ちっ」
モリオンは舌打ちをして、しかし、どう考えても無謀だということはさすがに分かったようで、素直に後ろに引いてきた。
「とにかく、向こうの視界に入らないところまで戻ろう」
真珠たちが遠ざかると、攻撃が止まった。どうやら向こうは近寄って欲しくないようだ。深追いはしてこない。
「近寄られるとなにかまずいものでもあるのか……?」
攻撃が止まったことに疑問に思ったモリオンの一言に、マリと真珠は思わず顔を見合わせた。
「もしかして……」
「もしかしなくても」
こちらから向こうの攻撃者の顔は外壁で阻まれて見えないが、向こうからこちらは見えていたかもしれない。そして、攻撃というよりかは前進を阻むように矢が打たれていたような気がする。
とすると……。
「シトリンさまがいらっしゃるのかも」
シトリンは楽園を探すために旅立ったという。ここにくればなにか手がかりがあるかもしれないと真珠たちも来たのだから、シトリンも来ている可能性は高い。
「だとしたら……」
モリオンはその先の言葉を飲み込んだ。
──どうして拒むのか。
モリオンが二十になった時、シトリンはモリオンを神様の屋根から追い出した。
本来の後継者であるアメシストも成長していたし、なによりもいつまでもモリオンを本来は男子禁制である神様の屋根に置いておけなかった。
モリオンが神様の屋根に少しでも近づくと、厳戒態勢に入られた。
シトリンは、本来ならば産まれてくることはなかったモリオンのことを、疎んでいたのだろう。
その証拠に、アレク一人にモリオンを押しつけ、一人で生きていけるまで成長をしたらとっとと一人、放り出されてしまった。
いきなりどんよりと落ち込んでしまったモリオンを見て、真珠はどう声をかければいいのか分からなかった。
よく分からないが、向こうがこちらにだれがいるのかが見えているという前提だが、あの建物の中にシトリンがいるとしたら、どういう理由かは分からないが、息子であるモリオンにさえ近寄ってきて欲しくないということだ。
モリオンは拒否をされた、と落ち込んでいるのだと思うと、なんと慰めればいいのか分からない。
「あー、また始まったよ、自分かわいそうが」
「ルベウス!」
真珠はモリオンの気持ちが分かる。
真珠の両親も仕事が忙しく、あまり構ってもらった覚えがなかった。
その分、貝守家が真珠の家であったし、琥珀と珊瑚の母にはよくしてもらった。それに、琥珀と珊瑚がいたから、両親がいなくてもあまり淋しい思いはしなかった。それでもやはり、実の両親にあまり構ってもらえないというのは、どことなく淋しいのだ。
真珠がモリオンと同じ立場だったら。
両親に拒否をされたら動揺するだろうけど、こんなに落ち込むことはないような気がする。
それには琥珀と珊瑚の存在が大きいのだが、モリオンにはそんな存在がいないということだろうか。
「好きなだけ落ち込め。地面掘って埋まっていてもいいぞ。それで炎が出てくれば、お手柄だなっ!」
ルベウスの憎まれ口にもモリオンは反応しない。それだけ精神的に打撃があったのだろう。
「……使えないヤツは置いておこう」
モリオンの気持ちは分かるが、今は落ち込んでいる場合ではない。
真珠はモリオンを気にしつつ、黒い壁を見やった。
真珠たちが近づかない限り、向こうは攻撃をしてくる様子はなさそうだ。
「あそこになにか手がかりがあるのか?」
真珠としても、必死になって上ってきたのに、ここにきてなにもなかったというのは嫌だった。些細な手がかりでもいいから、なにか欲しい。
「あそこにはシトリンさまがいらっしゃるような感じですし……なにかあるとしか思えません」
「でも、近づけないじゃないか」
急坂を上ると平らな場所があり、堅牢な外壁を持つまるで要塞のような建物があった。
を初めて認識した。
そう、まるでここだけ地球の巨大工場がやってきたようで……。
なにかよく分からないが、妙な違和感。
「なあ、ここに来れば楽園のことが分かると言っていたが」
真珠は考えついたことに対して、どきんと心臓が跳ねた。
もしかして、隣の国と言っているが……。
いや、まさか。
ここは明らかに地球とは違う場所。
それなのに──地球と地続きになっているなんて、あり得ない。
そうだ、そんなこと、あるわけがないのだ。
隣国が地球のどこかだなんて、そんなこと──。
「以前、ここに来たとき」
マリの声に真珠ははっとして視線を向けた。
「アラレヒベは地面から激しく炎を吹き上げていましたし、そこの建物も稼働していました」
今はかつては炎を吐いていたという地面と同様、黒い偉容は静かに佇んでいるだけだ。
気を発生させて、羽を動かしていました。その力で穀物の粉をひき、糸を作ったりしていました」
社会の教科書で見た蒸気機関ではないだろうか。まさかここで遭遇するとは思わなかった。
「ここで加工をして、商人たちが買い取り、村や町に売りに行くのです」
そのためにあの街道が整備されていたのかと思うと、真珠は納得した。
「ここの管理は神様の屋根が……つまり、アメシストさまがされているのです。本来はシトリンさまがされているのですから、いらっしゃっていても不思議はありません」
とそこでふと真珠は疑問が浮かんできた。
「商人たちはこの上まで上ってくるの?」
「いえ。麓に……あ」
ルベウスは真珠の気がついたことに対して、にやりと口角をあげた。