《二》旅立つのも困難なのですっ06
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それほど待つことなく、モリオンは戻ってきて、その手には、服だと思われる物が握られていた。
「お待たせ」
モリオンは茶色い塊をマリに、真珠には紺色の塊を投げつけてきた。
「それに着替えろ」
笑みを浮かべ、モリオンはマリと真珠を見ている。
「モリオンさま?」
にやけた表情のモリオンを見て、マリは頬をひくつかせた。
「ん、なんだ? 早く着替えて」
着替えろと言われても、塀の向こう側は思いっきり、往来だ。こんなところで……と真珠が思っていると、マリも同じように思ってくれたようだ。
「ここで着替えるなんて、無理です!」
「無理と言われても、着替えないと街に入れないだろう?」
そのためにモリオンにお願いして、服を買ってきてもらったのだ。
もっともな意見だが、しかし。
「わたしたちは手前に戻って、茂みの中で着替えてきますっ!」
「虫(ビビ)がいるけど?」
「虫(ビビ)……です、か?」
「蛇(メナラーナ)もいるかもしれないぞ?」
虫に蛇という単語を聞き、真珠も青くなった。虫はともかくとして、蛇は苦手だ。
「塀にひっついて着替えれば、だれも見ていない」
「だれもとおっしゃいますけど、モリオンさまが見てますけど?」
「オレのことは、気にするな」
「気にしますっ!」
マリのツッコミに、真珠も大きくうなずいた。
マリがもじもじしているのを見ても、モリオンは動こうとしない。モリオンが移動してくれるのを待っていたが、一向に動こうとしない。しびれを切らして真珠がモリオンに言おうとしたところ、マリが先に口を開いた。
「モリオンさま、表で誰も来ないように警備をしておいてくださいっ!」
マリは思っていた以上に強い口調になったことに少し慌てたが、モリオンは二度ほどうなずくと、ゆったりとした足取りで塀の向こう側へと消えてくれた。
ホッとしている間もなく、マリは瞬く間に着替えていく。真珠があまりの素早さに見とれていると、マリがぎろりと睨んできた。
「早く着替えてください」
「うっ、わっ、はいっ!」
真珠は慌てて紺色の塊を解いた。
上衣は内側と外側で紐を使って結び、下衣は腰で縛り、裾も同じように紐で結ぶものらしい。真珠はできるだけ塀に張り付き、手早く脱ぎ着した。
着替えるとき、懐にしまっていた宝石図鑑と下穿きの裾に隠し持っていた短剣を見つけ、それらも同じようにまた、しまっておいた。頭にかぶっていた布も服と同じ布と交換した。
着替え終え、今まで着ていた服をまとめていると、モリオンが戻ってきた。
マリから着ていた服を受け取ると、茶色い粗い目の袋の中にそれらを放り込んでいた。
食糧などを入れていたはずの袋が見あたらないことに気がつき、真珠が焦っていると、モリオンは服を入れたのとは別の袋を真珠たちの前に置いた。
「入れ物も交換しておいた」
モリオンは食糧袋を担ぎ、服の入っている袋は真珠に投げてきた。
「さあ、行くぞ」
すっかり、モリオンが仕切っていく形になってしまっているが、真珠はまったく分からないし、マリも取り立てて不平のあるような表情はしていなかったため、任せることにした。
街道に戻ると、いつの間にか人通りが増えていた。真珠たちは街道の端を歩いているのだが、見たことのない動物が目の前を通り過ぎていった。地球の生き物に当てはめると、太古に滅びたという恐竜によく似た生き物だった。
前足というべきか、腕といった方がいいのか、二本の腕らしきものを左右に振りつつ、かなりしっかりした後ろ足で地面を蹴り、荷台を引いている。皮膚はかすかに産毛らしきものが見えるだけで、色は緑と赤のまだら模様だ。結構な速さで通り過ぎていった。
「いっ、今のは、なに?」
真珠は思わず、奇妙な生き物を目で追いかけた。
「スアヴァーリよ」
「スアヴァーリ?」
世界が違うのだから、生き物も違っても不思議はないが、あまりの違いについていけない。
「スアヴァーリが一頭でもいれば、楽になるけど……」
マリは歩きながら腕を組み、なにかを思案している。
その横を、結構な速さでスアヴァーリが荷台を引っ張って街を行き来していた。行き来しているスアヴァーリを観察していると、種類がいくつかいるようだ。
真珠が知っている馬に違い形と色をした生き物もいたり、二本足ではなく、四つ足で走っているものもいたりした。
「モリオンさま」
少し前を歩いているモリオンにマリは声を掛けた。モリオンは首だけひねり、顔をこちらに向けてきた。
「どこかで安く、スアヴァーリを手に入れられませんか?」
マリの質問に、モリオンは渋面を作った。
「スアヴァーリねえ……」
ちらり、と街道を行き来しているスアヴァーリを見て、マリに視線を戻し、大きく息を吐いた。
「あの大食漢を旅に連れて行く?」
「大食い……なんですか?」
「ああ。奴らはとんでもない量のブーザカを食べる」
モリオンにそう言われ、マリは残念そうに力なく肩を落とした。
「ところで」
モリオンは少し声を高くして、話題を変えた。
「街に入って、どうする気なんだ?」
モリオンに話をしていなかったことを思い出し、真珠は楽園の手がかりを得るために街に行くと説明した。
「楽園……ねえ」
かなり冷めた口調のモリオンに、真珠は首を傾げて見る。モリオンは腕を組み、しかめっ面をして、遠くを見つめていた。
「あるかどうかはっきりしない場所を探して、どうするつもりなんだ?」
「えっ……と」
真珠は返答に困り、救いを求めてマリを見た。マリはその視線を受け、拳を握りしめると、モリオンに力説する。
「楽園に行って、アメシストさまを救う手掛かりを得るのです!」
「楽園にたどり着ければ、なんでも望みが叶えられるというのに、手掛かりを得るだけでいいのか? 欲がないねぇ」
いささか馬鹿にしたような口調にマリはムッとしつつ、反論するために口を開こうとした。が、それはモリオンによって、阻止された。
「アレク曰わく、カッシーを生きたまま捕まえて帰ってくれば、アメシストは元に戻ると言われたんだが、おまえがなにか知ってるんじゃないか?」
いきなり名指しで言われ、真珠は目を丸くした。
真珠はてっきり、アレクに捕まったら一巻の終わりで、極端な話、問答無用でその場で首をはねられると思っていた。まさしく、真珠を追ってきたモリオンは容赦なく斬ろうとしていた。そう指摘すると、あれはあくまでも脅しだったとモリオンは開き直られた。
しかし、アレクの言っていることはまったく信じられない。
アレクの目的が分からないからなんとも不気味で、どうすればよいのか分からないが、アメシストをあんな目に遭わせた張本人の言うことだ。真珠を連れてこさせて、最終的には口封じに命を奪われる可能性が高い。
やはり楽園に向かい、そこにいるかもしれないモリオンとアメシストの母・シトリンを探し出すのが一番のような気がする。
「予定通り、街で楽園の情報を仕入れよう」
真珠の決定に、マリは力強くうなずき、モリオンはため息で答えた。