『愛してる。』


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FragraNce*Lover05



     *   *

 田崎は俯くかと思ったが、顔を上げたままだった。だから蓮は続けた。

「お互いの思いが通じ合い、初めて成り立つもの。あなたは失礼ながら、幼い頃から周りから必要ないと思われていたと思っていらっしゃるみたいだけれど、果たしてそうでしょうか」
「……え」
「四人の兄と姉、それに加えてご両親、確かに家族が多いから、上手くやりくりしないと衝突が起こりやすいですね。ところで、あなたが引くことで上手くいっていましたか?」

 蓮の質問に、田崎はすぐさま首を振った。それからなにか考えた後、口を開いた。

「たぶんわたしは……今、振り返って考えてみると、変にかまわれるのが嫌だったのではないかと思います」

 田崎の言葉に蓮は思い当たるところがあり、思わず大きくうなずいてしまった。
 蓮の家庭も、あまり普通とはいえないものだった。だから家の中でできるだけ気配を殺してという部分も分からないでもない。
 だけど田崎ほど極端に気配を消していないものになるということをしなかったのは、自分以外に頼りになるものがなかったから、というのが大きい。その点、田崎は家族がたくさんいたため、どうにかなっていた部分なのだろう。むしろ、気配を消さないとやっていけなかったとも取れる。

「染みついた習慣というのは自分が意識して改善しようと思っても、なかなか上手くいかないものです。ましてや、今までこれで淋しい思いはしましたが、どうにかなってきたからなおさら……」

 田崎はなにかを吹っ切ったのか、それまでと違って急に饒舌になった。
 驚いたのは蓮だ。しかし、蓮はこれはいい機会だと捉え、田崎を促した。

「仕事をしていて、お客さまと接して、色々と学びました。わたしはあまり喋る方ではありませんし、存在感が希薄とはいえ、常連さんとはそれなりに話せるようになりました。そうしてきっと、欲が出たんだと思うんです」
「欲、ですか」
「そうです。常連さんの中に、ここを利用しているという彼女がいるのですが、彼女も少なからずわたしのことを思っていると……あのときまで思っていたのです」

 そうしてまたもや田崎は俯いてしまった。

「好みの激しいあの人ですが、ここ何年も週に何度か足を運んでくださっているということは……少なくとも嫌われていないと思っていたのです」

 なんとなく雲行きがあやしくなってきたと思ったが、蓮は黙って聞いていた。

「だから……勇気を出して声をお掛けしたのですが」
「…………」
「あなただれ、と」

 予想どおりの反応に蓮はため息をつきたくなった。

「そう言われてしまったら、それ以上、名乗ることもできず……。わたしはあの人がお店にいらっしゃると、今まで以上に気配を消してしまい……」

 それはそれで意識して気配を消せるのはすごいと蓮などは思うのだが、田崎にしてみれば苦しいことなのだろう。

「先日、閉店後、わたしはまだ店内にいるにも関わらず、消灯され、鍵をかけられてしまいました」

 ぉぉぅ、と蓮は心の中で呻いてしまった。
 それはそれですごいの一言なのだが、本人からすれば辛くて悲しい出来事なのだろう。テーブルに一粒、雫が落ちた。

「彼女とどうこうなるというのはもう望みがありません。だけど……同じところを利用して結婚相手を見つけたい、というのは未練がましいのでしょうか」

 これに対してなんと返せばいいのか蓮は分からなかった。

「こんなわたしとでも付き合ってくださる方を……探していただきたいのです」

 田崎の希望に対して、蓮はうなずいた。

     *   *

 その後、蓮は田崎に対してなんと言えばいいのか分からず、淡々と事務的に話を進めることしかできなかった。

 この仕事をしていると、とっかかりの話はかなり重いものが多い。
 そもそもが普通に生きていて、問題なく相手に巡り会えるのなら、フェアリー・テイルのような相談所を利用しようと思わないだろう。
 依頼に来た客の話は聞くが、それに引きずられていては仕事が成立しない。だからある程度、感情を排除して対応しなければいけない部分もある。
 今回の話も例に洩れず重たく、自分と重なる部分もあって思わず引きずられそうになったが、蓮はどうにか自分を取り戻すことができた。

 疲労困憊で田崎を送り出し、ふらふらとみんながいるフロアに戻ることができず、蓮はそのまま社長室へ戻ると、訳知り顔で奈津美が待っていた。

「お疲れさま」
「あ……うん」
「長引いてるから手こずってるんだろうなと思ったけれど、予想どおりだったのね」

 そういって笑う奈津美を見て、蓮は自分が救われたというのが分かり、仕事中にも関わらず、奈津美を抱きしめていた。
 奈津美は驚いていたけれど、蓮の表情を見て分かったのだろう。特に拒否をすることなく、優しく抱きとめてくれた。

「恥ずかしいけど……帰ったら私からその……キス、してあげる、から。元気出し……ちょ、蓮!」

 蓮の耳元で囁かれた内容は今の蓮には凶悪すぎて、思わず奈津美の首元に顔を埋めていた。

「れ、蓮! 今、仕事中!」
「奈津美がデレるからいけないんだ!」
「デレてない!」

 これがデレでなければなにがデレなんだ! と蓮は心の中で叫び、奈津美の首元にキスをしてから、気力を振り絞って離れた。

「奈津美、今夜は覚悟しておけよ?」

 と壮絶な色気とともにそのセリフを残し、蓮は颯爽と部屋から出て行った。
 朝もそうだったが、決定的な言葉に奈津美は腰を抜かし、椅子に座り込んだ。

     *   *

 蓮は奈津美の一言ですっかり元気を取り戻したあたり現金であるが、好きな人の一言で一喜一憂できるのは、まだまだ相手のことが好きであるという証拠なのだなとも思う。

 蓮は事務エリアで田崎から書いてもらったものを入力して、それからマッチングをかけてみた。
 田崎の希望は少ないため、それなりに引っかかるかと思ったのだが。

 蓮は検索結果画面を見て、思わずため息を吐いた。
 というのも引っかかったのは一件のみという淋しい結果だったからだ。しかも検索結果の表示には薄い赤の下地がついているというおまけ付きだ。

「蓮さん、どうしたんですか?」

 フェアリー・テイルでは奈津美と蓮に次ぐ古参の一人である矢住乃理絵(やずみ のりえ)が声を掛けてきた。

「あー、うん。さっきまで話を聞いていた人を登録して、さっそくマッチングしてみたら」

 そういって蓮は画面を指さした。
 乃理絵は画面を見て、「うわぁ」と声をあげた。

「この人、確か今、矢住さん案件だったよね?」
「えぇ、そうですけど……」

 戸惑った乃理絵の声に、蓮は視線を向けた。

「その人には五人ほど紹介したんですが、会うなり『嫌』と一言言って、去っていくような人なんですよ」
「あぁぁ……それは、なんというか」
「うちも半年以内、紹介は五人までという取り決めがあるじゃないですか」

 そういう取り決めをして、フェアリー・テイルでは紹介をしている。そうしなければいつまでも決めないでずるずると居座る人がいて、上手くマッチングがいかなくなるのだ。
 乃理絵はもう一度画面を見て、ため息交じりに思ったことを口にした。

「残り期限が一ヶ月以上三ヶ月未満、あるいは紹介人数が四人の人は警告の黄色、期限が一ヶ月を切っていたり、紹介人数が上限の五人の人は薄赤。その薄赤しか出なかったってのはそれはそれですごいですね」
「残り期限はまだ三ヶ月以上あるのにもう五人も紹介済みなのか」
「なかなか押しが強いというか、強引な人でして。とっとと五人紹介して駄目なら駄目、上手くいくならそれはそれでいいと思っていたんですよ」

 という乃理絵の本音に蓮は思わず苦笑した。








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