『愛してる。』


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FragraNce*Lover04



     *   *

 蓮が田崎から聞き出した話を要約すると、こういうことになる。
 田崎厚二は田崎家の次男としてうまれたが、上には四人の姉と兄がいて、末っ子ということであまりかまってもらえた記憶はないという。
 それでも自分一人でなにもできない頃は手伝ってもらっていたが、できることが増えるにつれて、姉兄から世話を焼くことを疎まれるようになり、そして「いる」ということだけで邪険に扱われることが増えてきたという。
 狭い家だったので、身体が大きくてなにもできない田崎は邪魔と思われてしまったようだ。そのせいで田崎は自然と気配を消すことを覚えていったという。
 そうやって育ってしまったため、幼稚園の頃はまだしも、小学生になるとすっかり気配を消すことが染みついてしまい、よく存在を忘れられるようになってしまったというのだ。それは先生でもそうだったのだから、相当だろう。
 中学、高校、大学まで進学したが、やはり気配を消すことが田崎にとってはそれが当たり前となっていて、どこにいってもなじめなかった。
 それでも元々、一人でいることに関して苦にはならなかったし、なじめないといいつつも大学も卒業することができた。
 それから縁あってコーヒー専門店に勤務することができて、今でもそこに勤めていて、今では店長を任されるところまでいったという。
 しかし存在感の薄さは健在で、田崎は普通に立っているのに気がつかれず、本人がいるのに目の前で悪口を言われるということを何度も経験してきたという。
 存在感の薄さは自覚しているのでどうにかしようと思ったのだが、幼い頃から染みついたものというのもは簡単に直すことができず、今ではすっかり諦めている。

「悪いことばかりではないのです」

 と田崎はぼそりと呟いた。

「わたしが勤務しているコーヒー専門店は喫茶室も兼ねてまして、わたしはそちらを担当しています。あまり店員の存在が強すぎるとお客さまにリラックスしていただけないのですが、わたしの存在があまりにも希薄すぎて、逆にそれが気兼ねしなくていい空間になっているようでして、他の店舗に比べまして、立地条件が悪いにも関わらず、繁盛しています」

 田崎の言っていることは妙な矛盾が生じているのだが、どうやらそれが成立してしまっているらしい。

「それで……今回、こちらに依頼しようと思ったのは……」

 田崎はそれだけ言うと、またもや押し黙ってしまった。
 奈津美が担当したのなら、そこで「どうして黙るのよ! はっきり言いなさい!」と怒り出しそうだが、この手のタイプにはそういってしまうと返って引っ込まれてしまうというのを経験上知っていたため、蓮は田崎に合わせることにした。
 二人が黙ってしまうと、部屋は静まり返ってしまう。
 しかもロビーと違って打ち合わせ室には曲はかかっていないため、耳を澄ませば外の音が拾えてしまうくらい静かになってしまう。
 それでも蓮は辛抱強く待ち、そしてようやく田崎は口を開いた。

「かなり昔からの常連客の一人が、最近、こちらを利用していると聞きまして……」

 と言われ、蓮は首を傾げた。
 田崎は気配は希薄であるが、それ以外は普通にどこにでもいるような人間だと思う。しかし、その気配の希薄さというのはかなり厄介で、これまでの学生生活でも本人ははっきり言わなかったが、たぶん友だちと言われる人は皆無だったのではないかと思われる。
 それは一朝一夕で築いたものではないので、社会人になったからといって、いきなり改善されるとも思えない。だからといって、さすがに客商売であるからそれなりの交流というのはあるだろうが、しかし、田崎の今までの話からすると、常連客と仲良く雑談をするというのが想像できないのだ。

「その方から直接?」
「……いえ、珍しくお連れ様といらっしゃっていて、それで知りました」

 と言った後、田崎は焦ったように付け加えた。

「べべべべ、別に聞き耳を立てていたわけではないです! 注文された品を運んだときにちらりと聞こえたんです!」

 と言い訳を口にしていたが、たぶんだが、田崎はその常連客のことが好きなのだろう。

「でも……その方、かなり好みが激しいようでして、なかなかいい人と巡り会えないと」
「……あぁ」

 中にはそういうえり好みが激しくて、なかなかマッチングできないという人もいたりする。最終的に一人も紹介することができず、期間が過ぎてしまう……ということもないこともない。

「それで……その」

 と田崎はそこまで口にした後、またもや俯いた。

 蓮は田崎が言おうとしたその先を想像してみた。
 田崎のこの気配の薄さとそれに伴った引っ込み思案気味なところをみると、客と店員という関係もあり、個人的に声をかけるということができていないのだろう。
 そして、田崎が想う相手がフェアリー・テイルを利用していると知り、何度か資料を取り寄せて吟味して、勇気を出して紹介依頼をかけてきた……のかもしれないが。
 正直なところ、特定のだれかを紹介するという機能はないため、ピンポイントでの紹介はできないのだが、田崎はそれを願ってやってきたのか、そうでないのかはまだ本人が口にしていないから分からない。
 もちろん、そういう希望は聞き入れるが、実際に登録をして、プロフィールのマッチング段階で合わなければ紹介は成立しない。

「わたしがこちらを知ったのは、こちらができてしばらくしてからでした」

 田崎が言うように、フェアリー・テイルは立ち上げてからそろそろ二十年が経とうとしている。そして、田崎が最初に利用したのは、本人が言うようにフェアリー・テイルができてからそれほど経っていない時だった。

「あのとき、わたしはまだ大学生でした」
「……え、あ、そうですね」

 残っていたデータベースを見て分かっていたが、二十歳。大学在学中だった。

「わたしはあの頃、絶望していたのです」
「…………」

 メモしか残っていなくて、蓮の中にはどういう会話をしたのかという記憶は残っていなかった。しかし、反応が薄いということを書いていたということは、よほどだったのだろう。

「だれでもいいからわたしという存在をしっかりと認識してほしかったのです」

 そんな思いを胸にして、田崎はあのとき、蓮の向かい側に座っていたということなのだろうか。

「わたしは今日と同じように、あのときもずっとこうして俯いていたと思います」

 そういわれて、蓮はうっすらと思い出した。
 背中を丸め、自信なさそうに俯いたままの男。
 今思えば、あのときも気配が希薄だったかもしれない。

「こちらのシステムの話を聞いて、もしかしたらこんなわたしにも彼女が……上手くいけば結婚ができるかもと夢を見ることができました」

 今もその当時もシステム自体はそれほど変わっていない。だからそのような話をしたのだろう。

「だけど、当時のわたしには……とてもではないけれど払えない額でしたので、諦めました」

 二十歳の大学生からすれば、確かに払えない金額だろう。ましてや、百パーセント相手が見つかるわけではないのだ。

「だけど、ここで話をして、少しだけ前向きになれました」
「……それなら、よかったです」

 折り合いがつかないで去っていった者の中には、フェアリー・テイルを親の敵のように思って攻撃的になるものもいるのだ。それは商売でやっている部分なので、悲しいけれど仕方がないと諦めている部分でもあったのだが、そうではなく、前向きになれたと言われ、蓮も少し報われた。

「それからも恋人はおろか、友だちもできませんでしたが」

 田崎のその一言に、蓮は「あ、やっぱり」と思ったが、それは心の中だけにとどめておいた。

「仕事には恵まれました」

 田崎の話を聞くと、今の仕事は天職だったのだろうと思われる。

「だから悔いはないのです。ないのですが……ただ」
「ただ?」
「一瞬でもいいから、彼女が欲しいのです」

 え、一瞬でいいの? と思ったが、田崎にとってその人の「特別」になることは、今までの人生を思えば、贅沢な望みなのかもしれない。
 ……と蓮は思ったが、首を振った。

「一瞬でいいなんて、それはそれで相手に失礼ではないですか」
「……え」

 蓮の反論に、田崎はまたもや顔を上げた。細い目はそのままで、だけど困惑しているのは分かった。

「恋愛とは、一方の思いだけで成立するものではありません」
「……そ、そうです、ね」






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