『愛してる。』


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略奪!?02



 会場が急に薄暗くなり、ステージにスポットライトが当てられる。
『みなさーん、お待たせしましたーっ!』
 妙にテンションの高い女性が現れる。「オー」とか「きゃー」という声があがり、妙に興奮気味の人が多くなる。司会者の女性は耳にキンキンと響く声で今日のパーティ内容を解説している。とにかく奈津美は一刻も早くここから帰りたくなった。「婚活」に必死な年齢って、自分とあまり変わらない人たちばかりだと思っていたから……これはかなり引くんだけど。
 奈津美は周りを見るけど、そう思っているのは奈津美だけのようで、女の子同士のグループはきゃっきゃとはしゃいでいる。ひとりで来ている人たちも隣の人とはしゃいでいる人も中にはいる。なんだろう、このテンション。奈津美は疑問に思う。
『それでは、乾杯といきましょう!』
 司会者の声に、各々テーブルの上のグラスを手に取り、ビールを注いだりワインを注いだりしている。奈津美はアルコールを飲みたくなくて、テーブルの上のウーロン茶をコップに注ぐ。
『いい出逢いに、かんぱーいっ!』
 司会者の乾杯の音頭とともに、男と女の間にあった仕切りが静かに取り払われた。乾杯に夢中になっている人たちは気がついていないが、仕切りが取り払われたことに気がついた人たちは乾杯が終わると同時にゆっくりと近寄っている。
 奈津美は蓮と深町を探そうと移動を開始しようとしたが、真ん中のあたりに人がものすごい集中してしまっていたのでいったん諦め、気になっていた屋台料理を探りに行くことにする。……一応これ、お仕事の一環よ! と言い聞かせて。
 ほとんどの人が必死になっていい人を見つけよう! としているので屋台は思った以上にガラガラだった。ゆっくりと見て回ることができて、せっかくだからといくつかの料理をもらい、手短なテーブルを見つけて食事を楽しむことにする。
 蓮と深町が気になったけど、先ほどの女性三人組の態度からあのふたりはたぶんいろんな人につかまってるんだろうな、と予想出来、少し不愉快な気分になる。
 ひとりだけでも目立つと思われるのに、そのふたりが揃っていれば嫌でも目を引く。きっとあのふたりはお互いパートナーがいなければこういう場で思いっきり楽しむんだろうなぁ。蓮はともかく、深町は彼方がいながら、ってさすがにそこまでひどくないか、あの人も。
 せっかくきたんだから料理くらい楽しまないと損だわ、と考えを切り替えることにした。
 もう少ししたらあの真ん中の塊もばらけてふたりを探しやすくなるような気もする。
 しかもこうしてひとりでのんきに料理を食べていたらきっと、蓮も探しやすいだろう、と思ってみたりもする。なんといっても奈津美がいるテーブルには奈津美以外、だれひとりとしていない状況なのだから。
 奈津美が思いのままに料理を楽しんでいると、ちらほらと脱落したのか、屋台へ向かう人たちが現れ始め、ようやく真ん中のものすごい人波が崩れてきたようだった。
 それにしても、と会場内を見て思う。かなり高額の参加費にも関わらず、結構な人が集まっているのを見ると……本当に『出逢いの場』がないんだな、と思う。奈津美は一度も参加したことはないけど『合コン』も三十歳すぎると需要がなくなってくるんだろうし……。社内での出逢いも限りがある。だからって紹介所を利用するのも気が引ける。見合いもなんだか抵抗がある。そういう人たちのニーズにこれはマッチしてるのかなぁ、とぼんやりと見ていた。
「こんにちは」
 奈津美はぼんやりと会場内を見ながら料理を楽しんでいると、急に声をかけられた。そちらを見ると、先ほど入口で蓮を探していたときに目があってウインクされたクルミ色の髪の彼が後ろに立っていた。……やっかいなのが現れた。無視するのも今の状況的に無理なのが分かったため、奈津美は諦めて対応することにする。
「こんにちは」
 少しため息交じりに返事してしまった。
「乗り気じゃないんですね」
 クルミ色の髪の男は奈津美の横に立ち、手に持っていたグラスとお皿をテーブルに置くと、黒壇色の瞳に少し好奇の色を乗せて奈津美の顔をのぞきこんできた。
「なにかご用ですか?」
 せっかく食事を楽しんでいたところを邪魔され、奈津美は不機嫌だった。その態度が面白かったらしく、クルミ色の髪の男はくすくすと笑う。
「あなたは面白い人ですね。みんな必死に未来のパートナーを探しているというのに、あなたは落ち着いてまったく探そうとしない。そればかりか……料理をひとりで楽しんでいる」
 未来のパートナーではなくすでにパートナーならいますよ、と心の中で突っ込みを入れる。仕事じゃなければ絶対に自らすすんでこんな場所になんて来るわけがない。たとえ蓮という素晴らしいパートナーとめぐり逢えてなくても。
「ボクはそんなあなたに一目ぼれしましたね」
「そうですか。間に合ってます」
 この手の輩は相手にしないのが一番だ。相手にしてしまった自分に奈津美は腹を立て、中断された食事を再開させようとフォークに手を伸ばしたところ、腕を掴まれた。
「そんな冷たいところもボクの好みですね」
 M男かいっ!? と心の中で奈津美は男に突っ込みを入れる。
「ね、佳山奈津美さん」
 耳元でそう囁かれ、奈津美ははじかれたように男を見上げる。
「驚きましたか?」
 黒壇色の瞳に剣呑な光が宿る。奈津美は掴まれた腕を引っ張るが、まったくびくともしない。
「離してください」
 これはまずい、と奈津美の中で警告音が鳴り響く。
「ついてきてくれますよね?」
 奈津美は思いっきり首を振るが、男はお構いなく奈津美をぐいっと引っ張り身体を引き寄せ、腰を抱きかかえるような状態で歩き始める。奈津美は抵抗するが、男の力は相当強いらしく、強引に歩かされる状態になる。
 蓮、助けて──!
 バタバタと暴れるが、男はまったく気にしていないようだ。
「そうそう、ボクの名前は古川蒼馬(ふるかわ そうま)。真理さんの使いだよ」
 こんな場所で真理の名を聞くとは思っていなかったので、奈津美は驚いて蒼馬の顔を見上げる。この男もかなり身長が高いようで、奈津美が顔を見ようとすると必然的に見上げる形になってしまう。
「最初見た時、なんで真理さんがこんな人を、と思ったけど……。あなたのその勝気なところ、真理さん好みですね」
「離しなさいよ」
 このままでは真理のところに連れて行かれる……!
 奈津美は恐怖にかられ、足を突っぱねて止まるようにするけど、そのままずるずると引きづられる。周りの人たちはまったく意に介せず、会話に食事にと楽しんでいる。
「叫ぶわよ」
「どうぞ。ボクは構いませんよ」
 奈津美が叫ぼうと口を開いた時、蒼馬は立ち止まり、奈津美のあごに手をかけ、いきなり唇をふさがれた。
「!」
 突然の出来事に、奈津美は目を見開き、動きを止める。目の前に黒壇色の瞳を見つけ、奈津美はにらみつける。奈津美は唇を離そうと顔を動かそうとするが、あごを掴まれているせいで動かすことができない。しかも叫ぼうと口を開いたところにキスをされたので、蒼馬は遠慮なくその口の中に舌をねじ込んできた。奈津美は戸惑うことなく、その舌にかみついた。蒼馬は少し痛そうな表情をしたが、それでも唇を離すことなく、奈津美の口の中を味わうように舌を動かしている。奈津美はあまりのことに涙目になった。
 蓮以外の男とキスだなんて、気持ちが悪い……!
 奈津美は蒼馬の足をはいていたヒールで思いっきり踏みつけた。
「!」
 さすがにそちらは痛かったようで、蒼馬は驚いてようやく奈津美の唇から離れる。
「いきなりなにするのよ!」
 奈津美は唇をぬぐい、腕を伸ばして蒼馬の身体を押して離れる。
「なにって、あいさつですが?」
 蒼馬の黒壇色の瞳に憎悪の炎が見えたが、奈津美は見なかった振りをする。 とそこへ、ものすごい賑やかな集団が近づいてきた。
「ちょっと頼むから……」
 その声を聞き、奈津美はパッと顔を輝かせた。蓮の声だ。
「もう帰るなんて言わないでくださいよ~」
 思っている以上の女に囲まれているようで、その中心部から蓮の声が聞こえてくる。
「頼むから、どいてくれないか」
「蓮!」
 奈津美の声に蓮の周りに群がっていた女の視線が一斉に向く。
「奈津美? ああ、ようやく見つけた」
 蓮の横に深町もいるらしい。見覚えのある黒髪と茶色の頭に奈津美は安堵する。
 蒼馬は奈津美の後ろに近寄り、腕を掴んで後ろ手にひねり上げた。
「痛いっ!」
 奈津美の悲鳴に蓮はあわてて女性の囲いから出てくる。
「奈津美!?」
 後ろから深町が出てきて、蒼馬を認めて嫌な顔をする。
「真理のおともその一か」
「お久しぶりですね、深町さん」
 深町は薄い茶色の瞳で蒼馬をにらみ、奈津美を見る。
「奈津美さんを離してもらえますか」
「嫌だね」
 蓮と深町についてきた女性たちはこのやりとりを遠巻きに見ている。
「三人一緒ならちょうどよい。おとなしくついてきてくれますよね?」
 蒼馬に言われ、とんでもない状況だということに気がつく。
「嫌だ、と言ったら?」
 深町の言葉に蒼馬は笑う。
「ご自分たちの立場が分かってないようですね。奈津美さんがどうなっても……いいんですか?」
 蒼馬は掴んでいる奈津美の腕をさらにひねり上げる。
「手を離しなさいよ!」
 奈津美は痛さのあまり顔をしかめる。
「奈津美!」
 蓮は奈津美に駆け寄ろうとするが、蒼馬がけん制をかける。
「僕は奈津美さんがどうなったところで知りませんが……あなたはそれでいいんですね」
「深町!」
 蓮の悲鳴に近い声に深町はにっこりとほほ笑み、
「僕は自分の身が一番かわいいですからね。秋孝と違って僕はひとりで逃げますよ」
 それは口だけではなくて本当にやりかねないから蓮は深町を睨みつける。
「腕の一本や二本折れたところで真理は奈津美さんさえ手に入ればいいみたいですからね」
 そう言うなり深町は大股で奈津美と蒼馬に近寄り、蒼馬が奈津美を掴んでいる腕を掴んでひねり上げる。
「ちょっと! 深町! 痛いって!」
 蒼馬の腕を掴んで深町がひねり上げるものだから、それにつられて奈津美の腕も後ろに引っ張られるような形になる。
「痛いから離してよ!」
 奈津美の悲鳴を聞くことなく、深町はさらに蒼馬の腕をひねる。
「あなたも早く奈津美さんの腕を離しなさい。僕はこのままあなたの腕がどうなっても責任も取りませんしどうでもいいことです」
 蒼馬は深町の薄い茶色の瞳に本気の色を見て、奈津美を掴んでいた腕を離した。奈津美はその反動で前につんのめり、蓮があわてて駆け寄って抱きかかえる。
「蓮……!」
 奈津美は蓮の腕の中におさまり、ほっと安堵した。
「さて、あなたはどうされたいですか?」
 深町は先ほど奈津美がされていたのと同じように腕を後ろ手にして、蒼馬の後ろから囁くように聞く。
「僕は真理のこと、大嫌いです。行く気は全然ないですよ。それは蓮さんと奈津美さんも一緒です。ここでおとなしく帰ることをお勧めします」
 柔和な微笑みでそんなセリフを吐くものだから、蒼馬の顔はなぜか青ざめる。深町の声にも怒りの色がまったく見えず、どう出ればいいのか考えていると、蓮が立ち上がり、蒼馬の目の前に立った。
「深町はおまえが帰る、と言ったらそのまま素直に帰すのかもしれないが」
「蓮さん、僕は暴力は嫌いですよ」
 今にも殴りかかりそうな蓮に深町がけん制を入れる。
「奈津美に怖い思いをさせておいて、そのまま帰せるか!」
 蒼馬はにやりと笑い、蓮を見ながら
「奈津美さんの唇、美味しくいただきましたよ」
 蓮は自分の頭に血が上るのを自覚した。自覚はしたが……止めることができず、蓮は蒼馬の顔面を正面から殴っていた。ぐしゃり、という音がしたような気がした。
 きゃー、という悲鳴が上がった。その悲鳴を聞いて、人が集まってきた。







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