『愛してる。』


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略奪!?01



「お見合いパーティ?」
「そう。平たく言うとそうなる」
 奈津美と蓮が高屋のお屋敷で暮らし始めてしばらくの頃。ブライダル関係の会社の立ち上げでお屋敷内の仮事務所で準備をしていた奈津美と蓮に秋孝がひとつ提案してきた。
「『婚活』といって最近ではこういったパーティをやっているらしいぞ」
 秋孝はとある雑誌のページを開いて奈津美と蓮のふたりに見せる。
「おまえたちふたり、このパーティに潜入してどんなものか見てきてほしいんだが」
 奈津美と蓮は顔を見合わせ、渋い表情をする。
「オレたち、夫婦だぞ。未婚の秋孝は行かないのか?」
 秋孝は艶消しのシルバーフレームに手をかけ、眼鏡をはずす。
「俺にそんな欲望にまみれた場所に行け、と言うのか?」
 秋孝は「特殊能力」を制御できるようにはなったらしいが、やはりまだ、人ごみは苦手のようだ。
「それに、ちぃがやきもち焼くだろう? 深町も投入するから、見てきてくれないか」
 仕事と言われると、断固拒否! と言えないのはかなりつらい。
「大丈夫だ。適当にあしらって様子を見て帰ってきて報告してくれればいいから」
 三人分申し込みした、と言われたら……断わり切れず、しぶしぶ参加、となった。これがまさか、騒動になるとは思わず……。

   *   *

 深町の運転でその『お見合いパーティ』の現場に乗り込んだ三人。深町と蓮に囲まれて、いい男を侍らせてなんであんたはここに来てるのよ、という周りの女性からの視線が痛い奈津美。一緒に会場に来たのは失敗だったかも……と少し後悔しつつ、受付を済ませる。
「女性と男性は入口が違いますので」
 と受付の女性が指さした方向に目を向ける。
 「男性」「女性」と書かれた扉の前でそれぞれの性別に別れて開場になるまでウェルカムドリンクを飲んで待っているようだった。
「蓮……」
 焦げ茶色の瞳に不安の色を乗せ、奈津美は蓮を見上げた。
「中に入ったらすぐに奈津美のことを見つけるから、心配するな」
 蓮は不安がる奈津美の頭に手を置き、ぽんぽん、と軽く叩いて深町とともに男性コーナーへと消えていった。奈津美は仕方なく、女性コーナーへ足を運ぶが……。
「ちょっと! 今のふたり、あなたのなんなの!?」
 早速、飢えた獣のような目をした女性につかまり、奈津美は戸惑う。
 蓮と深町と事前に打ち合わせしていた「嘘の関係」を説明する。深町は会社の部下で、蓮は仲の良い従弟(いとこ)??苦しい嘘だよなぁ、と奈津美は説明しながら苦笑する。
「あの黒髪の人とあなたが従姉弟なわけ、ないじゃないの」
 鋭い指摘をかわしつつ、奈津美はうんざりする。
 蓮は言うまでもなく美人だし、深町もしゃべらなければその柔和な笑みで女性はころっとだまされそうだ。口を開くとどこまでも続く毒舌な深町に、奈津美はたまにうんざりすることがある。蓮は深町との付き合いがそれなりに長いのもあり、そのあたりは適当にかわしている。
「あの茶髪の彼もあなたの部下だなんて、有り得ないでしょう!」
 別の見知らぬ女が参戦してきた。男を意識しすぎているのか妙に短いスカート丈で、見ているこちらが引く。
「あんなにいい男が身近にいながらここに来るなんて、あなたって最低ね!」
 さらに別の女が後ろから声をかけてきて、奈津美はため息をつくしかなかった。
「ああ、あなたみたいな人は相手にされないのよね。だからあの彼たちもここに来ているのね! アタシたちにもチャンスがある、ということよね!」
 この三人は友だちグループで来ているのか、奈津美を取り囲んでわいわいと言ってくる。最近、周りを男たちに囲まれて仕事していたから、すっかりこういう『おんな』を忘れていた。
 始まる前から帰りたい、と奈津美は泣きそうになりつつ、男性コーナーにいる蓮を探した。
 が。人ごみにまぎれてしまったのか、まったく見えない。
 ……こんなのですぐに見つけてもらえるのかなぁ。
 奈津美はすっかりやる気をなくしている。仕事、と割り切っても……これはもう、とてつもない拷問である。
「茶髪の彼も部下っていいながら上司の間違いでしょう?」
 蓮が従弟、というのは苗字が一緒なのを突っ込まれた時のための説明である。深町が部下……というのは、まあ、あながち間違ってはいない。深町は秋孝の秘書だけど、奈津美にとって深町は部下、という位置づけでいいのかなぁ、と少し疑問に思うけど……まあ、部下、なのだろう。蓮も部下、なのかな?
 奈津美は蓮を探した。だけどやっぱり見つけられず……。
 男性コーナーにいるクルミ色の髪の男と目があってしまった。向こうはウインクしてきた。うわっ! と奈津美は顔をしかめる。スーツを着ているが、少し着崩していて、いかにも遊んでます、という空気を醸す男に……奈津美は思いっきり苦手意識を抱いた。
 もともと、男性が苦手な奈津美である。
 秋孝と深町と一緒にいて特にそう意識しないのは、蓮が一緒にいるから、というのもあるが……このふたりはいい意味で男を感じさせない気安さ、というのを奈津美は感じていた。もちろん、奈津美は深町と秋孝ふたりを「いい男」と認識はしている。そしてそれは、それ以上でもそれ以下でもない。大切な仕事仲間、なのである。向こうのふたりもそう思っているようで、奈津美のことを必要以上に女扱いしてこない。要するに「心地よい関係」なのだ。思ったことをお互いが遠慮なく言い合うこともあるので、けんかはよくしている。深町など容赦なく、言いたいことを言ってくる。奈津美も負けずに言い返すので、よく険悪なムードにはなってはいるが、どちらかが折れる。たいていは意外なことに深町なのだが。それは奈津美が「女性」だから遠慮して、ではなく、奈津美の情熱に負けて、であるのだが。

 予定時刻より少し遅れて、開場となる。
 扉が開くと同時に、ものすごい勢いで中になだれ込んでいく人がいて、奈津美は深いため息をついた。
 ……みんな、必死なのね。
 中に入ると真ん中に仕切りがあり、まだ自由に行き来することができないらしい。こうやって分ける意味があるのだろうか、と奈津美は悩む。
 この「婚活パーティ」は毎回盛況で、今回で五回目の開催という。この「仕分け」にもその五回のパーティのノウハウのたまもの、なのだろうか?
 会場内に目をやり、奈津美は観察する。
 丸テーブルが置かれていて、それぞれに料理が乗っている。テーブルには椅子がない。どうやら立食形式のようだ。壁際には屋台も出ていて、その場で調理もしてくれるらしい。
 奈津美はテーブルに近寄り、料理を見る。……これで男三万円、女一万円の参加費を取られているのか、とかなりがっかりする。屋台に期待するか。
 しばらく奈津美は周りを観察していたが、飽きてきた。椅子がないのでなんとなく自分の身の置き場に困る。
 周りを見るとひとりで来ている人も多いが、仲の良い友だち同士が誘いあってきている人たちもそこそこいるようだ。
 どうせならちぃちゃんとくればよかったかなぁ、と思ったが……。あの子は顔が割れているから、ここに連れてきたらパニックになるよな、ということに気がつき、ため息をつく。ゆうもともくんがいるし、美歌は子どもも貴史もいる。まさか会場で蓮と深町と別れるなんて思っていなかったから、奈津美は心細くなってしまった。






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