『愛してる。』


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未来へ架ける橋05



   *   *

 あっという間に夕方になり、秋孝と深町が迎えに来てくれた。深町の運転する車でマンションに戻ると、ちょうど引っ越し業者がついたところだった。
「秋孝、あのあたりにいるんだけど」
 秋孝は蓮に外を指さしながら耳打ちされ、秋孝は少し眼鏡をずらしてそちらを見ている。
「ああ……困ったな」
 どうにも深町がターゲットではない雰囲気に、秋孝は目を細める。
「作業を急ごう」
 マンションの部屋に入り、業者に入ってもらい作業をお願いする。梱包されたものから運び出され、部屋がどんどんさみしくなっていくのを奈津美は悲しそうに見つめていた。
「蓮、いつでもここに帰ってこられるように……今はとりあえず、人に貸すことにしようか」
 もう帰ってこられないような気がしたけど、あきらめるのは負けを認めたような気がするから、そう思うことにした。蓮はちらりと時計を見て、管理会社に電話をかける。
 奈津美はさみしく外を眺めていた。その時、視界の端にきらり、となにか光った。
「危ない!」
 電話中の蓮は受話器を投げ出し、奈津美に体当たりする。
「え?」
 蓮にぶつかられ、奈津美はフローリングに転がる。パリーン、というガラスが割れる音の後、ドスン、となにかがフローリングに落ちた音がした。
「大丈夫か?」
 音を聞きつけた秋孝が部屋へ入ってきた。
「なっ……!」
 奈津美は自分がさっきまで立っていた場所を見て、震えた。そこには……なぜだか鉄球が落ちていた。
「ど、どこからこんなものが?」
「危なかった……」
 蓮は立ちあがり、奈津美を起こす。
「まりちゃん、やってくれるな」
 秋孝はにやりと笑っている。
「ちょ……ちょっと、なによこれ!」
 ここはマンションの最上階のはずだ。一体どこから……?
 秋孝は割れたガラスの向こうにヘリコプターが飛んでいるのを確認した。
「あれか……。やることがほんと、派手だね」
「や、やることが派手とかなんとかじゃなくて! どうしてくれるのよ、これっ!」
「まりちゃんに請求書回そうか?」
「回して! 下手したら私、死んでた!」
 こんな場面でも強気な奈津美に秋孝は笑う。ああ、これは……まりちゃんが好きそうだな。深町のこともあきらめず、奈津美もターゲットに入れた、ということか。
「まいったなぁ……」
 秋孝は困ったように頭をかく。
 深町も部屋にやってきて、惨状を見てすぐに思い当たる。
「あいつ……」
 深町は携帯電話を取り出し、どこかにかけている。
「真理、やることがひどくないですかっ?」
 深町が電話をかけている相手がわかり、奈津美と蓮はぎょっとするが、秋孝は慣れているようで、あーあ、という表情で深町を見ている。
「ふ、深町さん! ちょっと代わって!」
 深町のしゃべっている内容で奈津美は大体事情を飲み込んだらしい。深町から電話を奪い、
「ちょっと! うちのガラスとフローリング、きちんと弁償してよっ! 請求書、あんたの名前にしておくから!」
 と一方的に言って、深町に電話を返す。そして次の瞬間、携帯電話からかなり離れた距離でも聞こえるほどの大音量で爆笑する声が聞こえてきた。
『あははははは、支払うから請求書、こっちに回しておいて』
 深町は真理となにか話を始めた。
「奈津美……」
 蓮は奈津美を抱きしめる。
「蓮、怖かったよ……!」
 ようやく奈津美も冷静になったようで、蓮の腕の中で泣き始めた。蓮は優しく奈津美を抱きしめて、頭をなでる。
 電話を終えた深町はかなりのしかめっ面で奈津美と蓮を見た。
「今ので真理はますます奈津美さんのことが気に入ったみたいですよ」
「……はい?」
「真理から伝言。『必ず手に入れてやる』……って、あいつはなにを考えてるんだ!」
 激昂している深町を初めて見て、蓮は奈津美を強く抱きしめる。
「奈津美は絶対に渡さない!」
 奈津美は蓮の腕の中で蓮にギュッと抱きつく。
「蓮から絶対、離れない」
『もしもーし』
 遠くから、声が聞こえてくる。
「あ」
 蓮は電話途中だったのを思い出し、あわてて受話器を拾い上げ話を始めたが、どうやら交渉はうまく行ってないらしい。
「蓮」
 奈津美は蓮の服をくいくい、と引っ張る。蓮は電話口に少し待ってください、と言ってから奈津美を見る。
「ちょっと考えがあるんだけど、とりあえずその電話を終わらせて」
「? 分かった」
 蓮は疑問に思いつつも電話を終わらせた。
「ねぇ、ともくんとゆうにここ、使ってもらわない?」
 奈津美の言葉に蓮はきょとんとする。
「ゆうから聞いたんだけど、この間、プロポーズされたんだって」
「……はやっ」
「今、新居探してるって言ってたから、ここをあのふたりに貸すのってどうだろう?」
 奈津美の言葉に蓮は少し悩んでいる。
「んー、まあ……見知らぬ他人に貸すよりはいいかな」
「家賃はもちろん、いただきますっ!」
「そうだな。月々のローン返済額くらいは払ってもらおう」
 それでも普通に借りるよりは安いはずだ。
「あとは本人たちと交渉、か」
 奈津美は早速、友也に連絡をしている。
「あ、ともくん」
 話はすぐにまとまったらしい。
「ゆうと話をしてから返事するって」
 ここの処遇もほぼ決まったようなもので、安心した。
「この惨状、片付けようか」
 蓮は割れた窓ガラスと床を見て、つぶやいた。荷物はすべて運び出され、割れた窓ガラスと床も片付けられ、ガラスは段ボール箱を解体してとりあえずの補修をしておいた。
「また後で来て、ここの掃除をしよう」
 全部荷物が運び出されてがらんとした室内を見て、奈津美は悲しくなった。
 結婚して暮らし始め、思い出がたくさんつまった部屋。
 こんな形でもう二度と戻れないかもしれない……そう思うと真理に対してますます怒りの気持ちがこみ上げてきた。
「会ったらビンタしてやるっ!」
「まりちゃんを喜ばすようなことをやるのか」
「え? マゾなの?」
 そういう強気なところが真理好みだということを知らない奈津美は、少し見当違いな発言をする。
「まあ、マゾと言えばマゾ。サドと言えばサド」
 秋孝の言葉に奈津美は首をかしげる。
「お屋敷にいくぞ。夕食もまだ食べてないからな」
 言われて、急に空腹を感じる。
「早く行こうよ」
 奈津美は蓮の腕を引っ張って、部屋を出た。
「帰ってくるから、待っててね!」     *

 お屋敷につくと、すでに荷物は中に運び込まれたあとのようで、トラックはいなかった。
「お帰りなさいませ」
 少し禿げかけた白髪頭の男の人がにこやかに待っていてくれた。
「じい、先に夕食を食べたい」
「智鶴さまが食堂でお待ちです。準備はできておりますので、どうぞ」
 こんなに大きなお屋敷にじいがいる、というのを見ると、やっぱりお金持ちなんだな、と庶民代表な奈津美としては思う。これからここが自分の家になるのか、と思うと……まったく実感がわかなかった。ここなら住む場所には困らないけど、買い物に出社にどうすればいいんだろう。
 食堂に案内され、中に入ると智鶴ともうひとり、見たことのない人がいた。ひょろりと背が高く、ボーイッシュな感じの……女の子……だよね?
「蓮さん、お久しぶりです」
 どうやら蓮とは顔見知りらしい。
「こんばんは。今日からオレたち夫婦もお世話になることになりました」
 奈津美は蓮にだれ? と顔を向ける。
「深町の彼女の遙彼方(はるか かなた)ちゃん」
 蓮に言われ、試写会の時の名前札を思い出す。蓮とふたりで『親は狙ってこの名前つけただろう?』と話をしたのを思い出した。
「深町さんの彼女っていうからどんな人かと思っていたけど、かわいい~」
 さっそく抱きつこうとしていたのを蓮は察して、奈津美を止める。
「止めないでよ!」
「抱きついてキスしようとするのがわかるのに、止めないやつはいないだろう?」
「ばれちゃった?」
 てへ、とかわいく言っているが……。
「かわいく言ってごまかそうとしても、だめ」
「なーんだ、ちぇ。つまんないの」
 蓮と奈津美のやりとりを見ていた深町はにっこりと微笑み、
「彼方にキスしただけ、奈津美さんにキスしますから。それでいいならいくらでもどうぞ」
 それが冗談ではなく、本気でするのがわかったので奈津美はあきらめることにした。
 夕食を食べ、深町と彼方は帰って行った。

 じいに荷物を運ばれた部屋に案内されて、ふたりはびっくりした。ふたりのマンションの部屋より広いと思われるたたみ敷きの部屋で……戸惑う。
「すぐにお使いいただけるのはこの部屋だけでしたので。秋孝さまからはおふたりが今までのようにお暮らしできるようにと指示をいただいております。別の部屋をただいま改装しておりますので、しばらくはこちらをお使いくださいませ」
 改装ってどうするつもりなのか怖くて聞けなかった。部屋の鍵を渡され、じいは去って行った。部屋にはすでにベッドが設置されて、きちんと布団も準備されていた。マンションから運び出された荷物は部屋の隅に置かれていて、その中からすぐに必要なものを取り出したりしていたら、結構いい時間になってしまった。
「ところで、この部屋って屋敷のどのあたりなんだろう」
「知ったところで方向音痴な奈津美のことだから、どうしようもできないだろう」
 痛いところをつかれて奈津美は言葉に詰まる。
「どう考えても普通の生活には戻れないらしいから……諦めよう」
 諦めが肝心だ、と言わんばかりの蓮に奈津美は、
「そんなの、わかんないじゃん! まりちゃんだって諦めてくれるかもしれないし!」
 蓮は少し悲しそうな顔をして、
「智鶴ちゃんの両親のこと……」
 智鶴の両親のことはちらりとしか聞いていないが、秋孝が言っていた話が本当だとしたら、相当執念深いらしい。
「やっかいな人に目をつけられたな」
 ふたりはテレビで報道されていた真理を思い出して、深いため息をついた。







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