『愛してる。』


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未来へ架ける橋03



「秋孝、だけどなんで急にそんなことを思いついたの?」
 奈津美の疑問はもっともだ。
「うーん、そうだな……」
 秋孝は少し考えてから、
「たぶん、おまえたちふたりに出会ってなかったら、こんなこと思いつきも考えもしなかったと思う」
 今回の新会社設立は「奈津美と蓮ありき」らしい。
「なんか前提条件が間違っているような気がするけど」
「え? ということは、オレたちがいなかったらこの話、立ち消え?」
「……そうだな、そうなるな」
 奈津美と蓮は顔を見合わせ、
「やっぱり秋孝、おかしくなっちゃった」
「そうだな。空気で酔っ払ってるな、あれは」
「どうすれば酔いが醒めるかな?」
 こそこそと話をしているが、秋孝には全部聞こえている。もちろん、聞こえるように話をしているのだが。
「私がキスでもしたら目を覚ますかな?」
「やめとけ。智鶴ちゃんが泣く」
「あー、それはよくないな」
 ちらちらと見つつ、話をしている。
「酔っ払ってもないし、正気だ」
「秋孝、考え直そうよ。確かに面白そうだけど」
「面白そう、と思ったんだな?」
 秋孝ににらまれ、奈津美はうっ、と詰まる。
「じゃあ、なにを渋っているんだ?」
 奈津美は秋孝に角谷のことを話す。
「おまえたちはもう充分に恩返しはしていると思うが。それともなにか、その部長になにか弱みでも握られているのか?」
「いや、それはないけど」
 秋孝に言われて初めて、奈津美はあの会社になにも未練がないことに気がついた。
 入社するときはこの会社しかない、と思ったのに。仕事はやりつくした、とは思っていない。まだまだやれることはたくさんある。
 しかし。昔ほど魅力を感じないのは、秋孝に提示された仕事の方が楽しそう、と思ってしまっているからだろうか。秋孝が言うように、もうすでに答えは出ているような気がする。
 だけど、今一歩踏み出せないでいるのは、自分に勇気と自信がないからだろうか。
 副社長? なんでいきなりそんなすごい役割と責任感を負わされることになっているんだろう。私にはそれが勤まるんだろうか。
「お先でした」
 そう言って智鶴がお風呂からあがってきた。
「秋孝、次入りなよ」
 蓮の言葉に秋孝は無言で立ちあがってお風呂に向かう。
「奈津美さん、難しい顔をしてどうしたんですか? アキになにか言われました?」
 奈津美はよほどしかめっ面をしていたらしい、智鶴にそう指摘されて初めて気がついた。
「あー、うん。秋孝、酔っ払ってるとしか思えないようなこと言うから」
 智鶴はくすり、と笑って、
「アキ、毎晩楽しそうでしたよ。あんなに楽しそうな顔、初めてみました。わたし、少し奈津美さんに嫉妬しちゃいました」
 智鶴の言葉に奈津美は目を丸くする。
「わたし、まだ高校生ですからお仕事するってよくわからないんですけど、いつもアキからお仕事の話を聞くときって渋い顔をしていることが多いんです。だけど、一緒にどうすればいいのかって考えているときのアキの顔、すごく生き生きとしていて楽しそうだったんです。そんな表情をさせているのは蓮さんと奈津美さんだと思ったらわたし、少し妬けちゃいました」
 智鶴の告白に、奈津美はギュッと抱きしめる。
「ちぃちゃん、ごめんね。そんな思いをさせてしまっていたんだね」
「奈津美さんのせいじゃないですよ」
 今は笑顔で話しているけど、智鶴はずっと苦しかったのかもしれない。
「それに今日一日、一緒にお料理作ったりお買い物に行って、わたしも早くおふたりと一緒に働きたいって思いました」
 智鶴の言葉に奈津美の気持ちは……ほぼ固まっていた。
「ちぃちゃん、ありがとう」
 奈津美はにっこり微笑んで智鶴に軽くキスをした。
 そのタイミングで秋孝が戻ってきて、ひと悶着あった。
「奈津美、前から文句を言おうと思っていたんだが、ちぃのファーストキスをよくも奪ってくれたなっ!」
「へーんだ、とっとと手を出さない秋孝が悪いんでしょう!?」
 子どものケンカだな、と蓮は苦笑して見ていた。
「オレ、風呂入ってくるね」
 だれに言うともなく蓮はつぶやき、お風呂へ向かった。

 全員お風呂に入ってしばらくリビングで話をしていたものの、そろそろ眠くなってきたのもあり、それぞれ寝室へと向かった。
「ねぇ、蓮」
 一緒の布団に入り、奈津美は蓮の腕の中で蓮を見上げる。
「蓮の個人的意見としては、秋孝の話、どう思う?」
「秋孝といい、奈津美といい、なんでオレの個人的意見を聞きたがるんだろうね。オレは奈津美がいいって思ったらそれに従うまでなんだけどな」
 その言葉に奈津美はぷーっと頬を膨らませる。
「自主性がなさすぎだよ、蓮!」
「そうか? 反対するときは反対するだろう?」
「めったにないじゃん、反対すること!」
 反対されたことは片手で数えられるくらいしかない。
「そもそもオレは奈津美と考えが近いんだと思うんだけどな。だから、反対することがめったにない」
 言われてみれば確かにそうだけど、と奈津美は思う。それでもさみしいと思うのは、欲張り過ぎなんだろうか。
「とりあえず、蓮個人の意見は?」
 分かっていながらも聞いてしまうのは、わがままなんだろうか。
「オレ個人の意見ねぇ……。面白そうだとは思うよ。だけどオレも奈津美と一緒で、角谷部長のことを思うと、ね」
 蓮の言葉に奈津美はくす、と笑う。
「蓮もブライダル課の将来よりも角谷部長のことを心配するんだ」
「ブライダル課なんて正直、残っただれかが課長をやっても問題ないだろう? それに、シーツも軌道に乗ってる」
 蓮の言葉はもっともだ。
「角谷部長も……私たちが心配するほどの人じゃないしなぁ」
「うん。秋孝も言っていたけど、オレたちは充分に部長には恩返しした……とは思っている」
 恩返し、というとなんだか変だけど、角谷の期待には充分応えてきた、と思っている。
「そろそろ潮時だった、ってことか」
 とっくに心は決まっているらしい奈津美に、蓮は苦笑する。
「まあ、奈津美がどうして渋っているか大体わかってるんだけどね。やらないうちから尻ごみするのは奈津美のよくないところだぞ」
「そうは言うけど……」
「秋孝はなんのために奈津美とオレとセットでと言っているか分かってるか?」
 奈津美はこくり、とうなずく。
「じゃあ、もう答えは決まっているよな?」
「……うん」
 蓮は奈津美の頬をぷに、と引っ張る。
「ほら、笑え」
「にゃにふりゅにょ」
 頬を引っ張られて変な発言になり、蓮はくすくすと笑う。
「奈津美はいじり甲斐があるなぁ」
「もう、なにするのよ」
 蓮に引っ張られた頬を押さえ、奈津美は抗議する。
「素直じゃないからお仕置き」
「えー、すごい素直だと思うけどなぁ」
「やりたければやる。だれに遠慮することもない。秋孝も言っていただろう、フォローするって」
「やりたいようにやればいいって言われても……。正直、困るよ」
 と言ってもすでに奈津美の中にそれなりのビジョンが見えているのに蓮も気がついている。すでにブライダル課と角谷のことは、忘れている。そうでないとな、と蓮は思う。
 秋孝がどれくらいから始動するのかわからないけれど、この調子だと奈津美の返答次第ですぐに動き始めるんだろうな、と思った。
 ふと見ると、奈津美はいつの間にか眠っていた。相変わらず寝付きがいいな、と感心する。
 枕元の明かりを消して、蓮は奈津美の頬にキスをして眠りについた。








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